第5話 レベルアップ

翌朝、教室に入ると、すでにクラスはいつもと違う空気に包まれていた。

田中 一樹が教室の中心で大声を上げ、クラスメイトたちが彼を取り囲んでいた。

彼の声は一段と弾んでいて、何やら自慢げな様子だ。


「おいおい、みんな聞いてくれよ。昨日、俺、ダンジョンでレベルアップしたんだぜ!」


田中が得意満面の顔で叫ぶと、クラス中がどよめいた。


「すごいじゃん、田中くん!」

「どれくらい強くなったの?」

「まさか魔法とかも使えるようになったとか?」


次々に飛び交う声に、田中は満足そうに頷き、力強く拳を握ってみせた。


「ま、魔法ってほどじゃないけどな。俺は力が一気に上がったんだよ!何か重い物を持ち上げるときでも楽勝になったし、腕力なら今じゃ他の奴らなんか目じゃないぜ」


彼は片腕で机を軽く持ち上げて見せた。

それを見たクラスメイトたちは拍手喝采し、ますます彼を褒めそやす。


僕は教室の隅から、その光景を静かに見つめていた。

確かに、ダンジョンでのレベルアップは誰にとっても憧れだろう。

けれど、僕たちはまだダンジョンに入ったことすらない。

田中とは完全に別世界の人間のように感じられる。


田中がふとこちらに目を向け、にやりと笑った。

その笑顔は、嫌な予感を漂わせるものだった。そして、ゆっくりと僕たちの方へ歩いてきた。


「おい、デブオタ、お前らもダンジョンに行きたいとか言ってたよなぁ?」


田中が冷ややかに僕たちを見下ろしながら言った。


僕は視線を逸らしそうになったが、意を決して田中を見返した。


「行きたいとは思ってるけど、まだ準備が整ってないから…」


すると田中は軽く鼻で笑った。


「準備だ?お前らみたいな奴らが何を準備するんだよ。ダンジョンに入る度胸もないくせに、どうせオタク趣味で遊んでるだけだろ?」


その言葉に、僕の隣にいた洋介が顔を赤くして反論しようとした。


「俺たちはただ遊びでやってるんじゃない!ちゃんと計画的に進めているんですぞ。むやみに入るよりも、リスクを把握して…」


田中は洋介の言葉を遮り、嘲笑を浮かべた。


「リスクだ?そんなの気にしてたらレベルアップなんて一生できないぜ。お前ら、リスクを怖がってビビってるだけだろ?で、ダンジョンに行かない理由をもっともらしく言ってるだけじゃねえか」


その後ろでは、田中の取り巻きである大野と山口がにやにやと笑っている。

藤崎も同じように僕たちを見下して


「ほんと、あんたたちって口だけよね」


と冷たく言い放った。


拓也が冷静な表情で口を開いた。


「田中、お前がレベルアップして得たものは何なんだ?ただ力が上がっただけか?僕たちは、慎重に計画を立てて、装備も万全にしてから挑もうとしている。準備を怠ることが一番の危険なんだ」


田中は


「ヒョロナガにそんなこと言われたくねぇよ」


と吐き捨てるように言う。


「俺は実力で、ちゃんとレベルアップして力を得たんだぜ。お前らみたいに机に向かって小賢しいことをやってる暇はねえんだよ。実際、ダンジョンでモンスターと戦わなきゃレベルなんて上がらないんだ。お前らみたいな弱っちい奴らは一生ビビってろって!」


僕たちは黙ってその言葉を受け止めるしかなかった。

確かに、田中はすでにダンジョンに入ってレベルアップを果たし、身体能力が向上している。

僕たちはまだダンジョンに足を踏み入れたこともないし、彼が言うように、ただ安全な場所で計画を練っているだけかもしれない。


「ま、俺たちレベルアップした奴らとは、世界が違うんだよ。お前らオタク連中が一生かかっても到達できねえところに、俺は立ってるんだ」


田中はそう言い放ち、再びクラスの中央に戻っていった。

彼の後ろ姿が、いっそう遠く感じられる。


僕は拳を握りしめ、自分の弱さを実感する。

田中の言葉が胸に突き刺さり、悔しさが込み上げてきた。


「健太、大丈夫か?」


洋介が心配そうに僕の肩に手を置いた。彼も悔しそうな表情を浮かべている。

拓也も黙って頷き、僕に目で励ましの気持ちを伝えてくれる。


「…あいつの言うことなんか、気にしなくていいよ。僕たちは僕たちのやり方で、ダンジョンを攻略しよう」


僕はそう言って自分を奮い立たせた。


田中がクラスの中心でレベルアップの話をしているのを横目に、僕たちは再び小さな決意を新たにした。

彼らが今は遠い存在に感じても、僕たちはいつか、彼らとは別の道で、自分たちの力でダンジョンを攻略し、成長してみせるんだと心に誓った。

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