第3話 誤解と孤立
週明けの朝、いつものように僕たち3人は教室の端で集まり、ラットの改良について話していた。
まだ課題は山積みだけど、少しずつ改良を重ねて、いつかあのダンジョンを探査することができる日を夢見ていた。
すると突然、教室が一瞬静まり返り、僕たちの前に大きな影が立ちふさがった。
「おい、デブオタ!」
低い声で呼ばれて顔を上げると、サッカー部のエース、田中 一樹が僕を睨んでいた。
彼の隣には派手なギャルファッションに身を包んだ彼女、藤崎 美穂がいて、僕たちを冷ややかな目で見下している。
その後ろには、田中の取り巻きである大野 拓真と山口 大輝も立っていた。
「な、何の用?」
僕は少し怯えながらも、なるべく冷静を装って返事をした。
だが、田中はそんなことお構いなしに怒りの表情を見せた。
「何の用じゃねえだろ?お前ら、やらかしたんだってな」
田中が声を荒げると、藤崎が腕を組んで一歩前に出てきた。
「そうよ、あんたたち、私の下着盗撮したでしょ、ブタ!」
藤崎は、僕に向けてきつい視線を投げかける。
「はっ?そんなことするわけないだろ!」
僕は必死に否定したが、田中と藤崎の険しい表情は変わらない。
周りのクラスメイトたちもこちらに注目し始め、教室がざわつき出した。
「とぼけんなよ、デブオタ。お前ら、変なロボットを体育館で動かしてただろ?で、女子更衣室の前を這い回ってたって聞いたんだよ」
田中は鼻で笑いながら、僕を小馬鹿にしたような視線を投げてくる。
「いや、だから、それはただの実験で――」
必死で弁明しようとする僕を遮るように、今度は藤崎が言った。
「何が実験よ?女子更衣室の近くでなんか、メガネもヒョロナガも怪しいことしてるから、さっさと白状しなさいよ!」
藤崎の強い口調に、洋介と拓也も戸惑った顔をしている
僕たちはお互いに顔を見合わせ、絶対に誤解だということを感じながらも、どう弁明していいのか分からなかった。
「お前ら、マジで気持ち悪いんだよなぁ。女子更衣室に変な機械を這わせて、何考えてんだよ?」
田中が冷笑しながら続けた。
その隣で大野も腕を組んで睨みつけ、山口は後ろでくすくすと笑っている。
「いや、違うんだ。本当にそんなことはしてない。俺たちはただ、科学部の実験をしてただけで、女子更衣室なんて関係ない」
洋介が必死に弁明するが、田中たちは聞く耳を持たなかった。
「いいから言い訳すんなよ、メガネ。お前らみたいな変人オタクが集まって、つまんねぇことしてるんだろ?」
田中がバカにしたように言うと、藤崎も
「あんたたちが気持ち悪いって、みんなも言ってるしね。もう私たちに近づかないでよ!」
と冷たく言い放った。
「じゃ、俺たち、もうお前らとは関わらねえから。クラスの端っこで勝手にやってろよ、デブオタ」
田中は吐き捨てるように言うと、大野と山口を連れて教室を出ていった。
藤崎も振り返りもせずに彼らの後を追い、廊下へと消えていった。
彼らが去った後、教室には冷たい沈黙が残った。
クラスメイトたちがじっとこちらを見つめている。
みんなが僕たちを「気持ち悪い」と思っているかのような視線が突き刺さり、僕は息苦しくなった。
「おい、マジであの3人、女子更衣室覗いたんじゃねぇの?」
「ほんと?やっぱ、変わってると思ってたんだよな」
「近づかないほうがいいかも…」
周囲のひそひそ話が耳に入り、僕の心臓が早鐘のように鳴り始める。
自分たちはただ科学への好奇心で実験をしていただけなのに、どうしてこんな目に合わなければならないんだろう。
僕は洋介と拓也に向かって
「ごめん…僕が、こんなこと提案したから」
と謝った。
洋介は軽く笑って
「気にするな、健太。俺たちがこんなことでやめるようなやわじゃないですぞ」
と言ってくれた。
拓也も
「僕たちには、やり遂げなければならないことがある」
と真剣な顔で言う。
彼らの言葉に救われる思いだった。
僕たちはクラスメイトたちから孤立したが、それでもこの3人で一緒なら、どんな困難にも立ち向かえる気がする。
その日の放課後、僕たちは学校の屋上に集まり、話し合いを始めた。
教室での屈辱や誤解を受けた悔しさを胸に抱きながらも、僕たちの結束は揺らがなかった。
「もうこれ以上、あんな誤解をされないようにするためにも、ラットをもっと完璧にしよう」
僕は決意を込めて言った。
洋介も
「科学部の名誉のために、完成させるのですぞ」
と拳を突き上げた。
「そうだね、今回の失敗を糧にして、もっといいものに改良しよう」
拓也も真剣な表情で頷いた。
その日の放課後、僕たちは屋上での話し合いを終え、重い足取りで校舎を出た。
教室での出来事が頭から離れず、心の中にはどす黒い塊のような感情が渦巻いていた。
自分たちの計画のせいで、こうしてクラスから孤立してしまうとは思ってもいなかった。
僕はなるべく急いで帰ろうと、下を向きながら校門へ向かって歩いていた。
そのとき、ふいに目の前に影が差し、顔を上げるとそこには橘さんが立っていた。
「佐藤くん」
彼女は、いつもと違う、どこか悲しげな表情で僕を見つめていた。
橘さんの視線に、僕の心臓が強く脈打つ。
彼女にまで、今日の一件でどう思われたかを考えると、胸が締め付けられるように痛んだ。
僕はその視線に耐えられず、横をすり抜けて去ろうとする。
「待って!」
橘さんの声が僕の背中に届く。
振り返ると、彼女は僕にまっすぐな目を向けていた。
「えっと、さっきは…何もできなくてごめんね。田中くんたちにいろいろ言われてるのを見てて、声をかけたかったんだけど…私、どうしたらいいのか分からなくて…」
彼女は真剣な顔で、深く頭を下げた。
橘さんの言葉とその姿に、僕は一瞬、息を呑んだ。
彼女が自分の非でもないことで謝罪するなんて思ってもいなかったし、僕はそんな彼女にかける言葉を見つけられずにいた。
「いや、橘さんは何も悪くないよ。僕たちが注意不足だったんだ。ラットを制御しきれなかったのがいけなかったんだし、僕たちがしっかりしていれば、あんな誤解は生まれなかったはずなんだ」
僕は自分を責めるように言いながら、視線を落とした。
「…でも、佐藤くんたちは、そんなことしないってわかってる。私は…ちゃんと見てるから、私たち、昔はもっと話せていたのに、どうして今はこんなふうになっちゃったんだろう?あの頃のこと、私も覚えてる。佐藤くんがいつも私を守ってくれて、あの日…私の家に来てくれたことも…」
橘さんが、僕の顔をじっと見つめる。
彼女のそのまっすぐな目に、僕は思わず心が揺れるのを感じた。
そして、思い出したく無い過去の傷がグワッと開いて夥しい黒いモノが溢れ出す感覚。
僕は大きく息を吸い込み、勇気を振り絞って、彼女に微笑みかけた。
「ありがとう、橘さん。でも、僕たちがどう見られても、それは僕たちの問題だから。気にしないでほしい。だから、もう大丈夫だよ」
そう言い残して、僕は軽く頭を下げ、彼女の横を通り過ぎた。
背後から彼女が「健太くん…」とつぶやくのが聞こえたけれど、僕は振り返らなかった。
彼女が僕のことを少しでも理解してくれているとわかっただけで、今日の一日が少しだけ報われた気がした。
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