第四話 私の家においでよ

 サークル始動から早くも三週間が過ぎ、ひばりたちは夏休みを迎えた。夏休み最初のサークル活動日、ひばりが視聴覚室へ向かうと、他の三人が待ってくれていた。

「美咲、先週変えるように提案してくれたところ、直してきたんだけど聴いて?」

 ひばりはカバンからノートパソコンを出して電源を付けた。立ち上がるのを待っている間、虎山くんが話し掛けてくる。

「今、朱村さんと美咲が作ってる曲ができたら、同じ作品で俺と玄の動画部分も、作ってエンコードしたいな。各人それぞれの作品で練習するのもいいけど、せっかく集まったんだし、全員で共通のものを作りたい」

「私も同じこと思ってた。でも、大学だけでの活動だと、作れるものに限界があるよね」

 美咲が口を挟んでくる。そこでやっとパソコンが立ち上がり、ひばりは修正後の音源を再生した。これは亀川くんの見学のときに流した音源を、何度か修正したものだ。しかし、途中で美咲が「ストップ!」と声を掛け、ひばりは停止ボタンを押した。

「ごめんね。全体的にはよくなったけど、先週指摘したところが、まだ直ってない。具体的な名前は浮かばないけど、Aメロはもっと明るい雰囲気のコード進行のほうが合うと思う。それと、せっかくシャッフルにしたんだし、この特徴的なリズムを活かしたいね。あとはラスサビ前に、もっと抑揚がほしいな」

「……そっか。サークル用にしようと思ってたけど、リテイクが多くて大変だし、悪いけどボツにしたいな。今回は個人用にするよ」

「俺は全員が納得するのは難しいと思うし、難航したらボツにするのも、ダメとは言わないよ。でも、さっき話したように、拙くてもいいから、まずは四人でひとつの作品を完成させてみようぜ? 玄はどう思う?」

「僕も虎山くんに賛成かな。お互いにアドバイスしやすい環境が作れるといいんだけど」

 このように今のサークルの悩みは、メンバー同士の意思疎通が難しいせいで、作品が完成しないところだ。ひばりは家用のデスクトップパソコンと学校用のノートパソコンを持っているのだが、音楽制作のソフトは容量の問題で、家用のパソコンでしか使えない。つまり、ひばりが作っている最中に、横から他のメンバーが意見を言って、すぐに軌道修正するのができない問題に直面している。

 そのとき、不意にポケットの中のスマホが震え、ひばりは電源を付けた。LINEを送ってきたのはお母さんだった。

『なんと、前に応募した雑誌の特典の、北海道ペア旅行が当たったの! 日時はお盆休み初日と二日目。だけどペア旅行だから、お父さんには我慢してもらおうかな?』

 唐突にひばりの頭に、いいアイデアが浮かぶ。ひばりはお母さんに返信した。

『私、新しい友達と遊ぶ予定ができそうなんだ。いつもお母さんとお父さんは仕事頑張ってるから、ふたりで行ってきてよ』

『ありがとう。お留守番頼んだよ』

 ひばりは了解スタンプを送って、みんなに話し掛けた。

「あのさ、もし予定が合いそうなら、お盆の初日、私の家で作業しない?」


 お盆初日の十時頃、月都たちは朱村さんの家に到着した。インターホンを押すと、まもなくドアが開いて、朱村さんが姿を現した。

「おはよ。お菓子あるし、上がっていいよ」

 月都たちは脱いだ靴を並べ、家の中へ入った。階段へ続く廊下を歩いているとき、ふとリビングの仏壇が月都の目に留まる。仏壇には笑顔のおじいさんの写真が飾られていた。

「あれは数年前に亡くなったおじいちゃん。私は幼い頃からおじいちゃん子だったんだ」

「そうなんだ。優しそうな笑顔だね」

 朱村さんは「ありがとう」と返しながら、三人を連れて階段を上がっていった。

 朱村さんの部屋に到着した頃には、月都の心拍数は上がっていた。今日は複数人で訪ねているとはいえ、女子の部屋に入るのは久しぶりのことになる。朱村さんがドアを開けると、部屋の手前側にはアコギの置かれたベッドと、クリーム色の電子ピアノ、そして、奥のほうにはデスクトップパソコンのテーブルと、ノートが数冊置かれた勉強机と、化粧道具の並ぶ鏡台があった。

「ここが私の部屋。いつも作詞作曲するときは、アコギや電子ピアノを弾き語ったものを録音して、録音したデモを聴きながら、デスクトップのパソコンでバックの音を作ったり、初音ミクの歌声を打ち込んだりしてる」

 すると、美咲が唐突に提案した。

「あのさ、来る前はこないだから作ってる曲を仕上げる予定だったけど、今日は新しい曲に移って、初めの作詞作曲の作業から、四人で一緒にやってみたいな」

「面白そう! でも、その前に一階からお菓子とジュースとってきてもいいかな?」

「両手が塞がると危ないし、俺が手伝うよ」

 朱村さんは「さすが、気が利くね」と褒めながら、月都を先導して階段を下りていった。一階のキッチンにて、せんべいの袋やジュースのペットボトルをお盆に置く。月都は紙コップと手を拭く用のティッシュも乗せながら、考えていたことを口にした。

「遊園地でアドバイスしてくれたこと、凄く役に立ってるよ。今が完璧じゃなくても、後から補えると思ったら、肩の力が抜けたよ」

「ならよかった。この心構えは、さっきの仏壇のおじいちゃんが教えてくれたんだ」

 ここまで話したところで、二階からアコギの音が聞こえてきた。好奇心旺盛な美咲のことだから、朱村さんのアコギが気になって鳴らし始めたのだろう。

「あいつ、勝手に演奏してるけどいいのか?」

「大丈夫だよ。というか、美咲、ギター弾けたんだね。じゃあ、戻ろう?」

 朱村さんがキッチンを出る。月都はお盆を持って、彼女の後ろを歩いた。


 朱村さんが一階に降りていくと、玄と蒼谷さんは部屋にふたりきりになった。蒼谷さんがいたずらっぽい顔で話す。

「ひばりは女の子だから、いない間にこっそりクローゼット開けたりしちゃダメだよ?」

「虎山くんじゃないからしないよ」

「いや、月都はああ見えてビビりだからできないよ。きっと今頃、久々に女子の部屋入ったってドキドキしてるんじゃないかな?」

 朱村さんとふたりになって、遠慮している虎山くんを想像する。確かに彼は金髪の割には、女子慣れしていない感じがする。

「ところで、ひばりの部屋には電子ピアノもアコギもあるんだね」

 そう言いながらアコギに手を伸ばす蒼谷さん。「勝手に触るとマズくない?」と尋ねる玄に、手をヒラヒラ振りながら返答する。

「仲良いから大丈夫だよ。なんなら今日は、もっと仲良くなる作戦を考えてきたし」

「変なこと企んでない?」

「平気。それより今から、昔作った私のオリジナルソング、弾き語るから聴いてよ?」

 ピックで弦を弾く蒼谷さん。イントロを弾き終えた頃、朱村さんたちが戻ってきた。蒼谷さんの予想通り、朱村さんは止めてこなかったが、曲がサビに差し掛かった辺りで、突然、「待って!」と演奏を中断させた。

「待って! それって誰のなんて曲? さっきから歌詞とか、曲の盛り上げ方が既視感ある。私、絶対どこかで聞いたことある」

「名無しだけど、私のオリジナル曲。人前で披露したことはないかも……いや、昔、配信アプリで何度か歌ったことがあるな」

 ギターを下ろし、顎に手を当てながら話す蒼谷さん。朱村さんが続けて尋ねる。

「もしかして、そのアプリってツイキャス?」

「そうだけど?」

「やっぱり! 私、前にツイキャスで、美咲っぽい人の配信を、見に行ったことがあるの。そのとき聴いた曲が印象に残っていて、今の弾き語りで思い出した。コロナ禍を悔やむ歌詞に共感できて、大好きな曲なの」

「そんな偶然ってあるんだね。まだ一番しかないけど、私も気に入ってる」

「それなら、今日から作り始める曲を、そのコロナ禍の曲にして、俺らで二番以降を考えればいいんじゃないか?」

 虎山くんのナイスアイデアに、三人が「それいいじゃん!」と大きな声を出した。

 十二時を過ぎた頃、例の新曲の作詞作曲部分が完成した。全員の意見を織り交ぜながら作った自信作。今回こそは納得のいく仕上がりになりそうで、朱村さんは満足そうに電子ピアノのふたを閉じた。

「ところで、タイトルはどうしようか?」

「歌詞は、一番ではコロナ禍で邪魔された青春を嘆いていて、二番では奪われた青春すらも、いい人生を過ごすための原動力にしてるよね。だから、死んだはずの青春が遺したもの――『春の遺言』はどうかな?」

「いいね! 続きは午後にしようかな。私の家の近くにおいしいそば屋さんがあるから、お昼はそこで食べよう」

 それから三人は朱村さんに案内されて、近所のそば屋へ向かった。ここは知る人ぞ知る名店らしく、お盆のお昼どきにもかかわらず空いていて、玄たちはすぐに案内された。

「ここのそば屋は、さっきの仏壇のおじいちゃんが、よく連れてきてくれたんだよ」

「そうなんだ。美食家だったのかな」

「食べ物よりも、趣味の将棋一筋な人だったな。私にいろんなことを教えてくれたんだ」

「もっとおじいちゃんの話、聞きたいな!」

 玄が興味を示すと、朱村さんは嬉しそうに口を開いた――。

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