32.反攻作戦

 オフィーリアから緊急の連絡を受けたユーリは、リリアーナ、リーゼロッテ、アメリア、エリゼを連れて、イシュリアス辺境伯領の領都にあるサント=エルモ商会の倉庫へ瞬間移動した。

 到着早々、エリゼは父である会頭と話をするために別行動を取る。

 残されたユーリたちは、オフィーリアが待つ部屋へと向かった。

 貸し出された客間の扉を開けると、オフィーリアの鋭い視線が飛んでくる。


「貴方様、遅いですわよ」


 冷たい口調に、ユーリは思わずたじろいだ。


(お仕置きに夢中になってた、なんて絶対言えないよな……)

「ご、ごめん。お待たせ」


 言い訳がましい声にならないように気をつけたつもりだが、オフィーリアの目の冷たさは変わらない。


「オフィーリア様、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。まさか、叔父様がここまで暴挙に出るとは……」


 リリアーナが一歩前に出て頭を下げた。

 その眉間には深い皺が刻まれ、ギデオン卿への怒りが隠せていない。


「オフィ、それで状況はどうなっているのですか?」


 リーゼロッテが静かに問いかけると、オフィーリアは書類を持つ手を軽く振り、肩をすくめた。


「アイナさんに調べていただいたのですが……ギデオン卿が密かに雇った遊撃士フィールダーが、商会の物資輸送を妨害しているようですわ」


 一拍置いてから、オフィーリアは言葉を続けた。


「港は海賊と思しき船に封鎖され、通行料まで要求されている始末。この影響で、商人たちの不満は辺境女伯――リリアーナ様に向かっておりますわ。ギデオン卿もさぞかしご満悦でしょうね。そして――」


 彼女の視線が窓の外へ向けられる。


「騎士団が、サント=エルモ商会を取り囲んでいます。彼らからの要求は、リリアーナ様を誘拐した罪人であるユーリ様の引き渡しと、リリアーナ様の解放ですわ」

「えっ、僕が誘拐犯になってるの?」


 ユーリは思わず声を上げた。

 その驚きの声が、室内の重苦しい空気を一瞬だけ揺らす。


「最後にリリアーナ様にお会いになったのがユーリ様でしたので、そうなりますわね」


 オフィーリアは冷静に答えるが、その口調には微かな皮肉が混じっていた。


「待ってください。海賊が港を封鎖しているのですか?」


 リーゼロッテが眉をひそめながら問いただした。

 その隣でリリアーナは一度考え込むように視線を落とし、やがて静かに口を開く。


「リーゼロッテ様はご存じかもしれませんが、帝国の南側――私たちオルタニア王国から見ると南西の方に位置するサイレーン海は、魔族領と接しているのです。そのため、魔族が皇国との貿易船を狙って海賊行為を行っている状況が続いています」

「小競り合いが続いているのは知っていましたが……」


 リーゼロッテが静かに答える。その表情は険しいままだ。


「通常であれば騎士団が防衛を行っています。ですが、彼らがココに来ていますので、その隙を突かれたのでしょう」


 リリアーナは悔しそうに口を結ぶ。


「その指示をしたのがギデオン卿ってこと?」


 ユーリが首を傾げながら問いかけると、リリアーナは深く頷いた。


「ええ。叔父は民の不安を煽り、私の責任を追及する形で辺境伯から退位させようとしているのでしょう」

「ホント、ろくなことしないね、あの男は……」


 ユーリは呆れたように頭を抱える。


「ですが、小売商ギルドや行商ギルドをはじめとして、リリアーナ様の更迭を求める嘆願を出そうという動きがあるようですわ」


 オフィーリアは書類を指先で軽く揺らしながら、冷静に言葉を続ける。


「……」


 リリアーナは黙り込むが、その拳は小さく震えていた。


「これからどうしましょうか?」


 リーゼロッテが真剣な目でユーリを見つめる。


「うーん……」


 ユーリは考え込むように視線を落とした。

 何かを言い出しそうな彼の様子に、部屋の全員の視線が自然と集まる。

 その注目に気づきながらも、ユーリは頭の中で状況を整理していた。

 そして、少し顔を上げると口を開いた。


「リーナが領館からいなくなったので、ギデオンが騎士団を動かした。それに合わせて町と港で流通を分断し、商人の不安を煽る。その陳情に答える形でギデオン派がリーナに退位を迫る。ついでに、僕は逮捕されて地下牢で毒殺される。そして――」


 言葉を切り、間を置いてから、やや軽い口調で続ける。


「レーベルク女男爵領と戦争になって、ギデオンがセリアとロッテを戦利奴隷として寝取る、って感じかな?」


 その瞬間、部屋の空気が凍りついた。

 誰も言葉を発さず、全員がユーリを見つめている。


(あれ、これってちょっと言いすぎたかな……?)


 ユーリは一瞬だけ視線をそらしたが、その先には冷たい視線を浴びせてくるオフィーリアの顔があった。


「よくもそこまでおぞましい想像ができますわね?」


 オフィーリアが静かに言う。その声には明らかな呆れが滲んでいた。


「いやいや、違うんだよ!」


 ユーリは慌てて手を振る。


「僕がギデオンだったら、っていう仮定の話だよ! 最悪の状況を考えただけで」


 自分でも必死すぎると言い訳しながら、苦笑いを浮かべる。

 その時、リーゼロッテが静かに深呼吸し、冷たい声で言葉を紡いだ。


「旦那様、そのようなことを冗談でも口にされるのは、とても不快です」


 その言葉が突き刺さるようで、ユーリは思わず背筋を伸ばした。


「特に私たちがギデオン卿のような男に……と想像されるのは、耐えがたいことです」


 リーゼロッテの視線は伏せられていたが、眉を寄せたその表情には明らかな怒りと悲しみが滲んでいる。


「ちょ、ちょっと待ってよ! 冗談でもリーナやロッテがそんな目に遭うなんて、本気で思ってるわけないから!」


 ユーリは焦りながら、必死に弁明する。


「ただ、相手がどんな手を使ってくるか考えておかないと対策も立てられないだろ? それで、つい……」


 リーゼロッテは深い息を吐き、目を閉じたまま静かに首を振った。


「分かりました。その意図があったことは理解します。ですが、今後はもう少し言葉を選んでいただけますと助かりますわ」

「うん、分かった。ほんと、ごめん!」


 ユーリは内心でホッとしながら、全力で頭を下げた。

 部屋の空気がようやく緊張から解放され、静かな沈黙が訪れる。

 そんな中、ユーリはふとリリアーナの方に目をやった。

 彼女は微かに視線を落とし、考え込むような様子を見せている。

 その姿に、ユーリはリリアーナが抱える重圧を改めて感じ取った。


(そりゃそうだよな……辺境伯としての責任、それにギデオンの動きまで……リーナが一番苦しいんだよな)


 心の中で呟いたその瞬間、リリアーナがゆっくりと顔を上げた。


「それで旦那様、私の未来を守ってくれるんですよね?」


 その声には強い意志と、ほんの少しの不安が入り混じっているように聞こえた。


(守るって言った手前、ここでヘタレるわけにはいかないよな……)


 ユーリはその言葉に一瞬息を呑むが、すぐに笑みを浮かべる。


「もちろん。リーナの未来は僕が必ず守るよ!」


 力強い答えに、リリアーナは静かに頷いた。

 その目には、少しだけ安堵の色が浮かんでいるように見えた。


「それで、具体的にはどのように動くおつもりですの?」


 リーゼロッテが問いかけ、真剣な表情でユーリを見つめる。


「まずは、ロッテとアメリアには、アメリアの妹さんの救出をお願いしたいんだ」


 ユーリが静かにそう告げると、リーゼロッテは一瞬だけ目を閉じ、短く息を吐いた後、小さく頷いた。


「そのつもりです。アメリアも妹さんも、見捨てるわけにはいきませんもの」

「さすがロッテ。じゃあ、その点は任せた!」


 ユーリが満足そうに頷くと、次にオフィーリアとアイナに視線を移した。


「サント=エルモ商会はオフィーリアとアイナに任せるよ。ギデオン派の動きに備えて、商会をしっかり守ってほしいんだ」

「分かりましたわ。今後の商いのためにも、必ず守り抜いてみせます」


 オフィーリアが冷静に答える。


「頼もしいね。ありがとう!」


 全員の役割を確認し終えたユーリは、リリアーナに視線を向ける。


「で、僕とリーナは準備が終わり次第、ギデオン卿のところに行こうか」

「準備とは?」


 リリアーナが少し眉をひそめながら尋ねる。


「囲んでいるのが騎士団ってことは、セルツバーグ子爵もいた? たしか、副団長だよね?」


 ユーリの言葉に、オフィーリアが頷く。


「はい、おられましたわ。目立たない場所に控えておりましたが」

「なるほど……で、団長もリーナの派閥だと思って大丈夫?」


 リリアーナは少し考えてから、すぐに頷いた。


「はい、団長も私を支えてくださる信頼できる方です」

「じゃあ、団長と副団長を交えて準備しようか。できるだけギデオンを『ぎゃふん』って言わせたいしね」


 そう言いながら、ユーリは口元を緩ませた。




◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


アイナの活躍も見たい!!

と思ってくださいましたら、

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