31.とある密偵の結末 その2 ①

 瞼がゆっくりと開く。

 アメリアの視界に飛び込んできたのは、見たこともない豪華な天蓋付きのベッドだった。

 手触りの良いシーツが肌に触れ、どこか夢見心地な感覚が身体を包む。


「……ここは……?」


 微かな声を漏らすと、ベッドの傍らにいたフィオナがぱっと顔を上げた。


「あっ、起きた! 気分はどう? 何があったか覚えてる?」


 フィオナの明るい声に、アメリアは一層戸惑いを覚える。

 最後の記憶を掘り起こそうとするが、巨大な魔獣の姿以降、記憶は途切れていた。


「い、いえ……巨大な魔獣が現れたと思ったら、真っ暗になって……それで、私はどうなるのでしょうか?」


 困惑した声に、今度はクロエが冷ややかに言葉を放つ。


「もう、どうかなってしまっているのだけど、それは置いておいて、貴女には選択肢が二つあるわ」


 その言葉にアメリアの眉がピクリと動いた。

 クロエをじっと見つめ、意味を尋ねる。


「もうどうかなってるって、どういうことですか?」


 しかし、クロエが答えるより先に、フィオナが楽しそうに笑い声を上げる。


「ふふっ、アメリアちゃん、すっごく可愛くなってるんだよ!」

「えっ、可愛く?」


 言葉を返すと同時に、自分の体を見下ろしたアメリアの瞳が大きく見開かれる。

 目に飛び込んできたのは、自分が身にまとっているスケスケのナイトドレス――いや、もはや透けすぎて布の存在感がほとんどないほどだ。

 その薄い布越しに、自分の肌の色や形がはっきりと浮かび上がっている。

 肩口から胸元、さらに腰回りまで、滑らかな曲線がそのままあらわになり、わずかに布が覆っている部分も逆に強調されてしまっている。


「な、なっ……!?」


 驚きと羞恥が一気に押し寄せ、アメリアの顔が見る間に真っ赤に染まった。

 慌てて腕で胸元を覆おうとするが、その動きがむしろナイトドレスの薄さを際立たせてしまい、彼女の動揺はさらに深まる。


「な、なんですかこれ! どうしてこんな恰好を――!」


 声を震わせるアメリアを前に、フィオナは楽しそうに笑みを浮かべ、悪戯っぽく首を傾げる。


「だって、その方が可愛いじゃない? ほらほら、動かないで。もっとちゃんと見せてよ~!」

「きゃっ、や、やめてください! 見ないで!」


 アメリアは必死に声を上げながら身を縮めるが、その反応が余計にフィオナを面白がらせているようだ。


「フィオナ……貴女ねぇ……」


 クロエが軽くため息をつきながら、呆れたような声で呟いた。

 そして冷静な口調で言い放つ。


「あちらに等身大の鏡があるから、自分の姿をみてらっしゃい」


 クロエが指し示す方向に目を向けると、部屋の片隅に豪華な姿見が立っているのが見えた。

 アメリアはその言葉を飲み込むように受け止めると、混乱を抱えたままぎこちなく立ち上がった。

 一歩一歩、躊躇いがちな足取りで歩み寄り、ついに鏡の前に立つ。

 そして――。


「え……?」


 息を飲む音が静かな部屋に響いた。

 鏡の中に映るのは、自分ではない――いや、確かに自分なのだが、それはまるで別人である。

 目の前に立つのは見知らぬ美少女。

 薄い肌着がその身体をかろうじて包んでいるが、布越しに透けて見える肌が艶めかしく、腰の曲線はしなやかで、胸の膨らみが嫌でも目を引く。


「これは……なんの魔導具なのですか?」


 震える声で問いかけると、背後からフィオナの笑い声が響く。


「ぷっ、魔導具って、それ普通……じゃないけど、普通の鏡だよ!」


 フィオナの軽い言葉が、アメリアの耳に届く。

 だが、その言葉が何を意味しているのか、すぐには理解できなかった。

 混乱の渦中にいるアメリアは、もう一度目の前の鏡をじっと見つめた。

 目の前にあるのは、ギデオンの屋敷でも見たことのないほど大きく、美しい鏡。

 その鏡の中に映るのは――自分ではない。

 いや、確かに自分なのだが、それはまるで物語に登場する妖精のような少女だった。

 光を宿したように青緑の髪が揺れ、艶めいた肌が薄布の下から透けて見える。

 肩から鎖骨にかけてのなだらかな曲線、胸元にかかる髪の陰影――どれをとっても、以前の自分とはかけ離れている。

 その変貌ぶりに、息を飲むしかなかった。


「これが……本当に私……?」


 そっと自分の頬に触れる。

 その柔らかな感触と鏡の中の動きが一致する瞬間、アメリアは思わず息を止めた。

 触れる指先が、少し震えている。


「こんな……こんなの、見られたら……」


 羞恥心に耐えきれず、アメリアは思わず両腕で胸元を隠そうとする。

 しかし、その瞬間、背後からフィオナが明るい声を上げた。


「アメリアちゃん、ちょっといいかな~?」

「えっ……きゃん!」


 振り返る間もなく、フィオナの両手がアメリアの胸元に伸び、そのままがっつりと掴み取った。

 柔らかな感触にフィオナが「おぉ~!」と満足げな声を上げる。


「フィオナさん! な、なにを……!」


 アメリアの悲鳴混じりの声が部屋に響く。

 顔を真っ赤に染め、必死に振り払おうとするが、フィオナは全く意に介さない。


「やっぱり思った通り! アメリアちゃんの胸、すっごく柔らかいねぇ~! この透け感がたまらない!」


 フィオナは楽しげに笑いながら、さらに大胆に手を動かす。

 アメリアは羞恥心で頭が真っ白になり、言葉を発するどころか、反撃する力さえ奪われた。


「や、やめてください! 本当に……っ、やめて……!」


 涙目で懇願するアメリアの声にもかかわらず、フィオナは悪戯っぽく笑みを浮かべる。


「大丈夫大丈夫、私は女だし! ちょっと確認してるだけだから!」


 後ろからがっつりと抱きしめる形で続けられるフィオナの行為に、アメリアの身体は硬直してしまう。

 その間にも胸元を包む感覚が、奇妙な熱を伴って全身に広がっていった。


「フィオナ、いい加減にしなさい!」


 クロエの冷たい声が部屋に響いた瞬間――ドスッ!


「いったぁ!」


 フィオナは突然の衝撃に悲鳴を上げながら、その場で前のめりになった。

 背後からクロエの手が勢いよく振り下ろされ、見事に後頭部にチョップが炸裂している。


「ちょっと何するのさ、クロエ! 痛いじゃん!」


 フィオナが頭を押さえながら振り返ると、クロエは腕を組み、冷ややかな視線をフィオナに向けていた。


「何をするも何も、アメリアが嫌がってるのが分からないの? あなたって、本当に空気が読めないわね」


 クロエの冷静ながらも厳しい言葉に、フィオナは口を尖らせて抗議する。


「だって! アメリアちゃんが可愛すぎてつい……ちょっと触るくらい、いいでしょ?」

「どこが『ちょっと』なのよ。やりたい放題だったじゃない」


 クロエが呆れたようにため息をつくと、フィオナは困ったように頭をかきながら振り返り、アメリアに向かってへらっと笑顔を浮かべた。


「ごめんごめん、アメリアちゃん。つい出来心でね!」

「ついって……」


 アメリアは顔を真っ赤にしたまま言葉を詰まらせ、胸元をぎゅっと抱え込むように腕で隠す。

 涙目でクロエを見上げる彼女の表情には、明らかにフィオナへの警戒心が漂っていた。

 クロエはそんなアメリアの様子を見て小さくうなずき、フィオナを睨みつけながら厳しく釘を刺す。


「もう一回やったら、次はもっと強くいくわよ。いいわね?」

「うぅ……分かったよ、もうやらないってば!」


 渋々うなずくフィオナに、クロエはさらに鋭い目線を送りながら言葉を続けた。


「フィオナが退場してくれるなら、少しアメリアが落ち着けるわね」


 クロエの冷静な声に、フィオナは「ちぇっ」と舌打ちしながら大げさに肩をすくめた。


「はーい、分かりましたよーだ!」


 ぶつぶつ文句を言いながらも、手をひらひら振って部屋の隅に向かう。

 先ほどまでアメリアが横になっていたベッドにどさっと無造作に体を投げ出した。


「じゃあ、私はここで見学モードね! 本当に何もしないから、安心して!」


 ニッと笑いながら、ベッドの上で足を軽く揺らす。

 その様子を見て、アメリアはようやく少しだけ胸をなでおろした。

 羞恥でまだ真っ赤な顔を伏せながらも、彼女はそっと胸元を整え、鏡越しに自分の姿を再び見つめ直す。


「これが……本当に私……?」


 かすかな声で呟くと、胸の奥がじんわりと熱くなるのを感じる。

 違和感と羞恥がない交ぜになり、自分の感情が自分でも分からなくなりそうだった。

 そんなアメリアの様子を見ていたクロエが、静かに口を開いた。


「で、さっきの話に戻るけど、貴女には二つの選択肢があるわ」



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


可愛くなったアメリア見てみたい!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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