30.貴族の陰謀とギルドの決断 ②

「ふざけるな!」


 エリオットは立ち上がり、ヴォルフを睨みつけた。

 その目には怒りと苛立ちが渦巻いている。


「約束を反故にするつもりか!?」


 ヴォルフは短く息を吐くと、落ち着いた声で返す。


「約束を果たしていないのはどちらか、今一度お考えいただきたい」


 エリオットが口を開きかけたが、ヴォルフは遮るように続けた。


「我々が肉の流通量を制限し、貴方方が外から入ってくる食料の流通を妨害する――これが契約の内容でした。しかし、どうです? こちらがどれだけ努力しても、外からの食料は次々と入り込んでくる」


 ヴォルフは声のトーンをほんの少し上げ、エリオットを冷たく見据えた。


「これで、どうやって飢饉による反乱を起こせると言うのです? しかも、女男爵のおかげで領民の生活は以前と比べて格段に改善しています」


 エリオットの唇がわずかに動きかけるが、ヴォルフは意に介さず言葉を重ねた。


「領民は、期待しているんですよ。女男爵に。そして、その期待は日に日に大きくなっている――この私ですら、ね」

「貴様……!」


 エリオットは机をもう一度叩きつけるように叩くと、声を荒げた。


「そんな態度を取っていいと思っているのか!? こちらがどれだけの資金を――」

「資金がなければ成り立たないというなら、最初から計画の見直しをするべきでしたな」


 ヴォルフは視線を外すことなく静かに言い放つ。

 その冷たい視線がエリオットを射抜いた。


「くっ……!」


 エリオットは言葉を詰まらせる。

 彼の拳は震え、苛立ちを隠せない。


「覚えてろよ! お前たちみたいな連中、いつだって俺たち貴族にひれ伏す運命なんだ!」


 そう吐き捨てると、エリオットは立ち上がり一人用ソファを乱暴に蹴り飛ばし、部屋を出て行った。

 その背中には、支配者然とした威圧感よりも、子供じみた苛立ちが漂っていた。

 ヴォルフは静かに彼の去る音を聞きながら、小さくため息をついた。


「やれやれ、面倒な奴だ……」


 そう呟くと、ヴォルフも立ち上がり、次の仕事に取り掛かるべく扉へと向かった。

 扉に手を伸ばしかけたその時、背後から声が響いた。


「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくれよ、どういうことだよ!」


 振り返ると、ハルトが立っていた。

 その表情には焦りと苛立ち、そしてどこか迷いが混じっている。

 ヘンリーも眉をひそめ、ヴォルフを見つめる。


「それで、肉屋ギルドを店じまいしたとして、牧夫や肉屋の連中はどうするんだ?」


 ヴォルフはソファに深く座り直し、腕を組んで静かに答える。


「牧夫は農民扱いだからな。領主が推進している政策で生活は保障される。肉屋の方は、ハンザに頭を下げておくから安心しろ」


 その言葉に、ハルトの顔色が一気に変わる。


「は? はっ? はぁ? あんな男に頭下げるってのか!?」

「ハルト、お前は黙っておれ」


 ヘンリーが冷静に制止するが、ハルトは興奮を抑えきれない。


「何言ってるんすか! 黙ってられないっすよ。ヴォルフさん、どうしたんすか!」


 ハルトの目は真剣そのもので、ヴォルフの答えを強く求めていた。

 ヴォルフはハルトの視線を受け止めつつ、軽く息を吐いた。


「どうした、か……俺はただ現実を見ているだけだ」

「現実って……」


 ハルトは言葉を飲み込みながらも、反論しようと身を乗り出してくる。

 その表情は焦りと苛立ちで歪んでいた。

 ヴォルフは冷静に手を上げて制した。


「聞け、ハルト。重要なのは我々が自律できることだ」


 ハルトが困惑した顔で眉をひそめるのを見て、ヴォルフは一歩も引かない視線を向けた。


「自律……ですか?」


 その声には、言葉の意味を探ろうとする必死さが滲んでいる。


「そうだ」


 ヴォルフは短く答え、まっすぐに言葉を続けた。


「今の状況を考えろ。外部の力――エリオットやギデオンの思惑に振り回されている。それは、彼らの力に頼りすぎているからだ」


 ハルトはその言葉にハッとするが、なおも反論しようとする。


「でも、それは避けられない状況じゃないですか? お金が無ければ、俺たちはどうしようも――」

「それが依存だと言っているんだ」


 ヴォルフはハルトの言葉を遮り、静かにしかし力強く続ける。


「他人の力に頼れば、その分だけ行動に制約が生じる。そして最終的には、俺たちが本当に守りたいものまで奪われかねない」


 その言葉に、ハルトは口を閉じた。


「だからこそ、俺はこのギルドをたたむことで、依存から抜け出そうとしているんだ……」


 一呼吸置いて、ヴォルフは静かに続ける。


「牧夫や肉屋の生活は、領主の政策や新たな組織で保障される。それに、俺がハンザに頭を下げることで、より良い選択肢を作ることもできる」


 ヴォルフは言葉を置くように語り終えた。

 自分の言葉に完全な確信があるわけではない。

 だが、これまでの失敗や損失を振り返れば、今はこれが唯一の道だと考えるしかなかった。


(理想だけで現実は動かない……)


 そう胸の内で呟きながら、目の前のハルトを見つめる。

 ハルトの顔には不満と苛立ちが露わになり、視線はヴォルフに鋭く突き刺さる。


「でも、それって結局、領主に依存するのと一緒じゃないですか?」


 言葉が勢いを持つたびに、その声は微かに震えていた。


「領主の政策があるから大丈夫とか、ハンザに頭を下げるから安心だとか……そんなの、今までモンクレール伯爵に頼ってたのと何が違うんですか!」


 ハルトの瞳には、ヴォルフへの信頼が揺らぎそうになる焦燥感と、どうしても納得できない苛立ちがにじんでいた。


「ヴォルフさん、俺たち、ただ振り回されるのが嫌だったんじゃないんですか?」


 ハルトは声を震わせながら続ける。


「領主や代官、領民を金づるとしか思わない貴族たちから逃れて、自由になりたかったんじゃないんですか?」


 彼の目には真剣さが宿っている。


「領主の傘下に入るなんて……また貴族に支配されるだけじゃないですか。俺たちは自分たちでやりたいことをやれる、そんな自由が欲しかったはずです!」


 感情を抑えきれず、それでも言葉にしなければならないという思いが彼を突き動かしている。


「これじゃ、俺たちはただ支配される相手を変えるだけだ。そんなの、本当の自由じゃない!」


 ハルトの声が部屋に響いた。

 しばしの沈黙の後、ヴォルフはゆっくりと息を吐き、冷静な口調で口を開いた。


「ハルト、確かにお前の言う通りだ。前領主や代官たちの搾取から逃れ、俺たちが自由を手に入れる――それが理想だろうよ」


 その言葉にハルトの目が揺れる。


「だがな、自由を手に入れるためには力が必要だ。理想だけじゃ現実には勝てない」


 ハルトは口を開きかけるが、ヴォルフが続けた。


「領主の傘下に入ることは確かに別の貴族の支配下に入ることかもしれない。だが、この領主――女男爵は違う。少なくとも今のところ、彼女は領民をただの金づるとは思っていない。彼女は領民を守ろうとしている」


 ヴォルフの声には確信が滲んでいる。


「俺たちが完全に自由を得る力を蓄えるまで、この土地に生きる牧夫や肉屋たちを守る方法はこれしかない。彼女の下で、俺たちは力を蓄えられる。俺たちの自由を諦めたわけじゃないんだ」

「でも……」


 ハルトの言葉が途切れる。


「今は耐える時だ。自由を得るための力を手にするまでな」


 ヴォルフがそう言い切ると、ハルトの肩に軽く手を置いた。

 しかし、その手を振り払うように、ハルトは一歩後ろに下がった。


「耐える……か」


 ハルトは低く呟いた。

 その顔には明らかに納得のいかない色が浮かんでいる。


「でも、ヴォルフさん……俺には分からないっすよ」


 ハルトは視線を落とし、拳を強く握りしめた。


「理屈は分かる。でも……俺たち、また誰かの下で怯えながら生きていくんですか? そんなの、自由じゃない……!」


 彼の声は震えていたが、怒りと悔しさが滲んでいた。


「……勝手にしてくださいよ」


 ハルトは低く呟き、ヴォルフから視線を逸らした。

 その拳はまだ固く握り締められている。


「ハルト!」


 背後からヘンリーが声をかけるが、ハルトは振り返らない。

 そのままヴォルフの横をすり抜け、扉を乱暴に開けて部屋を出て行った。

 扉が閉まる音が重く響き、部屋は再び静寂に包まれた。

 ヴォルフはしばらく扉をじっと見つめていたが、やがて短く息をついた。


「若いな」


 そう呟くと、先ほどまで座っていたソファに腰を下ろした。

 ヘンリーもエリオットが座っていた場所に腰を下ろす。

 その動きには、疲労と若干の苛立ちが滲んでいる。


「いいんですか、あいつを放っておいて?」


 ヴォルフは肩を軽くすくめ、冷静な表情のまま答える。


「いいさ。今は分からなくても、いつか分かる時が来る。それまでに頭を冷やせばいい」


 ヘンリーはその言葉に黙り込んだ。

 ヴォルフの確信めいた声が静かに響いていたが、それでもヘンリーの表情には不安が浮かんでいる。


「……戻ってくると思いますか?」


 ヘンリーが問いかける声は静かだが、その奥には明らかな懸念が滲んでいた。

 ヴォルフは壁際の簡素な装飾に一瞥を送りながら、淡々と答える。


「さあな。ただ、ハルトはハルトなりに思うところがあるんだろう。戻ってきた時はまた話をすればいい。それだけの話だ」


 ヘンリーはしばらく黙ってヴォルフの言葉を噛み締めるようにしていたが、やがて小さく息をついた。


「そうだといいんですけどね……」


 ヘンリーは短く呟くと、ソファの背にもたれるように体を預ける。

 そして少し間を置いて、ふとヴォルフに目を向けた。


「それで、俺たちは冒険者ギルドの下につくんですか?」


 ヘンリーの問いかけに、ヴォルフは一瞬目を閉じた。

 しばしの沈黙の後、ゆっくりと口を開く。


「いいや……」


 ヴォルフの声にはわずかな思案が混じっていた。


「王女殿下はさすがだと思ってな。いや、違うか、あの女男爵夫の思惑か……」

「うん?」


 ヘンリーが首をかしげる。


「どういうことだ?」


 ヴォルフはソファにもたれ、わずかに口元を歪めて笑った。


「俺たちの仕事も用意してたってことだよ。面白くねーが、育てて、解体して、売るだけが仕事じゃないってことだな」

「それ以外に仕事があるのか?」


 ヘンリーはさらに首を傾げる。


「ああ。肉をよく知っている人間にぴったりな仕事だ」


 ヴォルフの言葉は含みを持たせるように静かに響く。

 その目はどこか遠くを見ているようだった。



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


ヴォルフの活躍をもっとみたい!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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