29.とある密偵の結末 その1 ④
ユーリはそっと片膝をつき、リリアーナに向き合った。
そして、その細い手をそっと取る。
指先に触れた瞬間、僅かな震えが伝わってきた。
リリアーナの不安がそのまま形になったような感触に、ユーリの胸がぎゅっと締めつけられる。
彼女の揺れる視線を真っ直ぐに受け止める。
ユーリは深く息を吸い込み、震えそうになる声を必死に押し殺しながら、真剣な思いを言葉に込めた。
「セリアの言う通り、この状況を変えられるのは、きっと僕しかいない」
言葉を紡ぐたび、自分の声が小さく震えるのを感じたが、何とか続けた。
「すぐにあの変態オヤジを排斥できるわけじゃない。でも、必ずリリアーナ様の未来は僕が守るよ」
その言葉と同時に、ユーリは光の星霊の力を借り、満面の笑みを浮かべながら歯をきらりと光らせた。
さらに、背後にキラキラ効果の演出を追加することも忘れない。
(やばい、恥ずかしさで悶え死ぬ……!)
リリアーナの目が丸くなり、その視線がユーリを捉えたまま動かない。
やがて、彼女の瞳の端に小さな雫が浮かび――一筋の涙が頬を伝った。
「ユーリ様……」
震える声で名前を呼ぶリリアーナ。
その涙に気づき、ユーリはそっと手を伸ばす。
彼女の頬に触れると、その涙を指で優しく拭き取る。
指先に伝わるリリアーナの温もりに、自分の心臓の音がやけに大きく聞こえた。
(やばい、俺まで泣きそうなんだけど……)
内心で動揺を隠しきれないまま、ユーリはリリアーナの目をまっすぐ見つめ、できるだけ柔らかい声で言葉を紡いだ。
「泣かないでください。僕が必ず、愛するリリアーナ様と、イシュリアス辺境伯領の皆さんを守りますから」
(ぎゃー、何言ってんの僕! 愛するって、なんで今そんなこと言った!?)
ユーリは内心で叫びながらも、真剣な表情を崩さないように必死だった。
その言葉に、リリアーナの顔が一気に赤く染まる。
琥珀色の瞳が揺れ、彼女は視線を伏せながらそっと囁いた。
「ユーリ様……わ、私も……あ、貴方のことが、その、お慕いしておりました。あの牢獄のような場所から私を連れ出してくれますか?」
声は小さく震えていたが、その意味ははっきりと伝わるものだった。
(えっ!? 今の、OKってこと!? いや、告白された?)
ユーリの頭の中が一瞬真っ白になり、心臓がドキドキと鼓動を速める。
涙でキラリと光るリリアーナの瞳には、不安と期待が入り混じっている。
「もちろんです。僕であれば、どんな頑強な牢獄でも瞬間転移で一瞬ですから」
ユーリは、精一杯の笑顔を浮かべたリリアーナに答える。
その言葉に、リリアーナは再び頬を赤らめ、僅かに視線を揺らした。
「わ、私も旦那様と呼んでよいですか?」
リリアーナが照れたように上目遣いで尋ねる。
その瞳には、ためらいがちに浮かぶ小さな期待があった。
(やばい、この上目遣い……反則だろ)
「もちろん。僕は何て呼べばいいかな?」
ユーリは優しく問い返すと、リリアーナは少しだけ微笑みながら答えた。
「できれば……リーナ、と。お父様とお母様にそう呼んでいただいてたので……」
「うん、わかった。リーナ。これから、よろしくね」
ユーリが柔らかく微笑みながら名前を呼ぶと、リリアーナは小さく頷き、震える声で答える。
「はい……」
そのやり取りを見守っていたエリゼとロザリーが、次第に落ち着かない様子で視線を交わし始める。
そして、エリゼが意を決したように、そっと手を挙げた。
「あの……えーっと、私たち、この場に居ても良かったのでしょうか?」
彼女の控えめな問いかけに、ロザリーが続くように小さな声で呟く。
「わ、私も……お仕置き部屋で構いませんので、末席に加えさせていただけませんか……」
その言葉に、セリーヌが優雅に微笑みながら答える。
「えぇ、ロザリー様。それで良いですわ。ただし、序列は守って頂きますのよ?」
「は、はい! もちろんです。ありがとうございます、セリーヌ様……!」
ロザリーは深々と頭を下げ、その瞳には感激の色が宿っていた。
(序列……あったんだ)
ユーリは内心でそんなことを考えていると、セリーヌは視線をエリゼへと移し、涼しげな声で問いかけた。
「それで、エリゼ様はどうなさるおつもりですか?」
「商いと執筆活動を続けさせていただけるなら、め、妾でも……構わない……こともない……こともないです……」
エリゼは顔を赤らめ、視線を泳がせながら小声で言葉を絞り出した。
(えっ!? 妾でも構わないって……妾でいいの? そっちの方が楽なのかな?)
しかし、セリーヌはそれを当然のように受け止め、優雅に微笑む。
「それでは、エリゼ様も決まりですわね」
ユーリは内心でさらに大きなため息をついた。
(あぁ……どんどん増えていくなぁ~。徳川家光もこんな気持ちだったのかな……知らんけど)
その場の雰囲気が少し落ち着いたところで、セリーヌの視線がふとアメリアへと向けられた。
無防備に横たわる彼女の姿を見やりながら、軽く眉を上げて微笑む。
「フィオナさん、これでアメリアを可愛くしてあげてちょうだい」
「はい、旦那様好みにしてみせます!」
フィオナは嬉々として『メタモルポーション』を受け取り、勢いよく応じる。
しかし、セリーヌの次の一言がユーリを硬直させた。
「旦那様は夢想花の間でお仕置きの準備をしていてくださいな」
(お、お仕置き……ゴクリ……)
ユーリの内心が騒ぐ中、フィオナが魔導具を軽く振りながら不意に尋ねた。
「そういえば、結局、この魔導具は旦那様のものだったのですか?」
「ち、違うよ!」
フィオナが手にしている魔導具を一瞥したユーリは、慌てて否定する。
その視線には焦りがありありと浮かんでいた。
「僕が設置したものじゃないし……これ、アメリアのものじゃない?」
そう言った瞬間、ふと考え込む。
(でも、もしアメリアが本当にこれを仕掛けたとしたら……まさかロッテたちを撮るつもりだったとか?)
「アメリアもロッテたちを撮るつもりだったのかな?」
ぽつりと呟いたその一言に、部屋の空気が一瞬で凍りついた。
セリーヌ、リーゼロッテ、リリアーナ――全員の視線が同時にユーリへと向けられる。
その瞳には、何かを問うような鋭い光が宿っていた。
(えっ……俺、今、なんかやばいこと言った!?)
ユーリの心臓が、先ほどのお仕置きとはまるで別の意味で大きく跳ね上がった。
全員が無言でユーリを見つめる。
沈黙が場を支配し、何かを言うべき空気が漂っているにもかかわらず、誰一人として口を開こうとしない。
「……僕が設置した」
静寂を破ったのは、リーゼロッテの小さな声だった。
その冷静なトーンが逆に重く響く。
「アメリア……も……」
セリーヌが、あくまで穏やかな口調でさらりと付け加える。
(あっ、やべ……これ完全に詰んだ流れだ!)
ユーリは自分が何を言ったのかやっと理解でき、冷や汗がじわりと背に滲む。
再び沈黙が訪れ、全員が微妙な表情で互いを見合わせる。
最後に全員の視線が揃ってユーリに集中した。
無言の圧力に、ユーリは頭が真っ白になりかける。
フィオナが手を小さく握りしめる仕草を見せ、確認するようにぽつりと呟く。
「きゅっ」
ユーリの心臓が一瞬止まりかける。
「いやん!」
思わず声を上げながら、ユーリは無意識に両手で股間を守る。
その動きに、リーゼロッテが眉をひそめながら冷静な声で問いかける。
「ユーリ様……どういうことですか? まさか、私たちの裸まで撮影されているのではありませんよね?」
その目にはいつもの落ち着きとともに、鋭い光が宿っていた。
「ち、違う! 違うから!」
ユーリは慌てて手を振り、なんとか言い訳を絞り出した。
「心配だったんだよ! 安全面だよ、安全面。こうやって賊が入らないかって、ほら!」
その言葉に、クロエが首をかしげながら質問する。
「それで、なぜ露天風呂なのでしょう?」
「ほ、ほら、外と繋がってるでしょ! 庭園から壁を乗り越えたら入ってこれそうだし……」
ユーリは必死で弁明するが、声には焦りが滲んでいる。
「はぁ……アメリアには気がついてませんでしたね」
リーゼロッテが大きなため息をつき、呆れた様子で肩をすくめる。
「まあ、この件はあとから追及するとして、お風呂場や脱衣所、寝室に設置しているものを全て撤去していただけますか?」
「えっ、知ってたの?」
ユーリが驚いた声を上げると、リーゼロッテは目を細め、冷たく告げた。
「まさか、本当に今言った場所に設置していたのですか?」
「あっ、やべ……」
ユーリの顔がみるみる青ざめる。
その様子を見たセリーヌが、柔らかな微笑みを浮かべながら静かに言葉を紡ぐ。
「変態な旦那様にもお仕置きが必要ですわね」
その穏やかな言葉には、有無を言わせない圧力が込められているようだった。
◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆
ここまで読んで頂きありがとうございました。
リリアーナとイチャイチャするところみたい!!
と思ってくださいましたら、
https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837
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