29.とある密偵の結末 その1 ②

 沈黙が広がる中、クロエが冷ややかな声で呟く。


「ほら見なさい、言わんこっちゃないですわね」

「小さくて分かんなかったんだもん。それで、つい力を入れすぎて、プチっと……」


 フィオナは小声で弁明するが、その言葉を聞いた瞬間、ユーリの思考は完全に止まった。


(プチって、何がプチなの!? いや、考えたくない……けど、考えちゃう!)

「あら、まぁ……どうしましょう」


 セリーヌは相変わらずの落ち着いた声で言う。

 その優雅さは、まるで目の前の状況が些細な問題であるかのようだ。


「どうしましょうも何も、いっそ女性にしてしまってはどうですか?」


 リーゼロッテが冷静に提案した。

 そのあまりの現実的な口調に、ユーリは思わず目を丸くした。


「まぁ、それは良いわね」


 セリーヌが優雅に頷く。


「えっ、いやいや、回復させないと! 男として尊厳が」


 ユーリが慌てて反論するが、リーゼロッテは涼しい顔のままさらりと言い放つ。


「潰れてしまったものは仕方ありません」

「そうね、潰れてしまったものは仕方ないわ」


 セリーヌは優雅に微笑みながら、ユーリに向き直った。


「それに、旦那様でしたら、性別を転換する薬ぐらい手に入れられるでしょう?」

「え、なんで?」


 ユーリは目を見開き、思わず問い返した。


「もちろん、このままでは可哀そうではありませんか」


 セリーヌが穏やかに答える。


「いや、だったらエリクサーとかで、元に戻してあげた方が――」


 ユーリがそう言いかけた瞬間、セリーヌの声が冷静に遮った。


「後宮に旦那様以外の男性はいないのです」

「そうですね。アメリアは最初から女性でした。ついてませんでしたわよね、そうよね、フィオナ」


 リーゼロッテが自然な口調で言いながら、視線をフィオナに向ける。

 フィオナは一瞬固まったが、すぐに慌てて頷いた。


「は、はい! ついてませんでした!」

「え、えーーー!」


 ユーリは思わず声を荒げたが、誰も彼を気にする様子はなかった。


「もしかして、旦那様は、男のアメリアにお仕置きをしたかったのかしら?」


 セリーヌが微笑みながら問いかけると――。


「お仕置き!」


 エリゼが勢いよく言い放つ。


「お仕置き……」


 散らかった床を掃除していたリリィが控えめに呟く。


「お仕置き♡」


 ロザリーが妖艶な笑みを浮かべながら続けた。


「今日は、お仕置きばかりですね……」


 リリアーナが小さくため息をつく。


「わかりました……探してみます……」


 ユーリは肩を落としながら、しぶしぶインチキ商人のギフトを起動する。


(新しい自分に生まれ変わる……って、そう思えば楽になるのか? いや、俺が気楽になってどうする!)


 画面を操作しながら、性転換薬が売られているかを調べ始めた。


(さすがに男のアメリアにお仕置きするのは無理だし……だったら、もうめっちゃ可愛くなるやつ探そ!)


 そんなユーリの隣で、セリーヌが微笑みを浮かべながら三人の女性たちへと振り返る。


「旦那様が探している間に、リリアーナ様、ロザリー様、エリゼ様」


 名前を呼ばれた三人はピクリと肩を震わせた後、緊張した様子で揃って返事をした。


「はい、なんでございましょうか、淑妃陛下」

「あら、もう私は淑妃ではないのよ」


 セリーヌの微笑みがさらに深まり、目元に柔らかな光が宿る。

 だが、その笑顔にはどこか圧が含まれているようにも見えた。


「……」


 三人は一瞬で無言になり、困ったように目をそらし始める。


(いやいや、そんな笑顔で言われたら無理でしょ……)


 ユーリは心の中で全力でツッコミを入れたが、空気を読んで声には出さない。


「まぁいいですわ」


 セリーヌは優雅に肩をすくめると、三人を見渡して柔らかい口調で続けた。


「貴女方は旦那様の秘密を知ってしまいました。もちろん、これからのレーベルク男爵領の発展にご協力をいただけますわよね?」


 その一言に、リリアーナが焦った様子で口を開く。


「あ、あの、セリーヌ様……わ、私……辺境女伯なのですが……」

「そんなもの、あの変態にくれてやりなさいな」


 セリーヌがさらりと言い放つ。


「えっ?」


 リリアーナが目を見開き、困惑した声を漏らす。


(えっ!? いやいや、領地をそんな軽いノリで譲るとか、ありなの!?)


 セリーヌは優雅な微笑みを浮かべながら話し始めた。


「オルタニア王国において、イシュリアス辺境伯領が重要とされているのは、皇国との玄関口としての役割を担っているからですわ。でも……もしニール川を運河に変えることができれば、東の海へと繋がりますの。そうなれば、皇国だけでなく自由都市国家群とも貿易が可能になりますわね」


 その言葉に、リリアーナが驚きの声を上げる。


「魔の森を開拓されるのですか!」


 セリーヌは軽く頷き、柔らかな笑みを浮かべながら話を続けた。


「ええ、旦那様のギフトに頼りきりになってしまうのは心苦しいのですけれど、もしそこに貿易拠点を築ければ、旦那様のお力で王国内の物流問題はたちどころに解決することでしょうね」

(将来的には鉄道とか、空港とかが作れるといいよな……)


 ユーリはセリーヌの話に耳を傾けながらも、頭の中で前世のイメージを膨らませていた。

 近代的なインフラの整備が、この異世界でどのように実現できるのか。

 ついそんな妄想を広げてしまう自分が、少し恥ずかしくも感じる。


「イシュリアス辺境伯領からレーベルク男爵領まで、一瞬で転移した魔術ですか……」


 リリアーヌが驚きと興味が入り混じった声で呟いた。


「ええ、それ以外もありますけど」


 セリーヌは微笑みながら頷くと、話をさらに続けた。


「ですから、海賊に悩まされている辺境伯領都の重要性は、これから先、自然と低下していくことになるでしょうね」


 リリアーヌは考え込むように口元に手を当て、少しだけうつむいた。


「……少し考えさせてください」

「もちろんですわ。ゆっくり考えてちょうだい。できれば、貴女には旦那様の側室になっていただき、その貿易都市を任せたいと思っているの」


 セリーヌは優雅な微笑みを浮かべながら言葉を続けた。


「だから、ぜひ来てくださるとうれしいですわ」


 その言葉に、リリアーヌは一瞬目を見開いたが、何も言い返せず小さく頷くしかなかった。


(側室って……こんな軽い感じで増やして本当に大丈夫なのか……?)


 ユーリは心の中で全力のツッコミを入れながらも、場の空気を壊さないように口を閉ざしたままだった。

 そんなユーリをちらりと見て、セリーヌが優雅な笑みを浮かべたまま問いかける。


「旦那様、女性にする薬は見つかりましたか?」

「……うーん、売ってるわけじゃないけど、オーダーメイドで作れそうだね」


 検索結果を確認したユーリは、セリーヌに振り返りながらそう答えた。

 画面には「カスタム可能!」の文字が躍り、詳細設定の項目が並んでいる。


(見た目だけじゃなく、ギフトをランダムで付与できるのかよ……いやいや、それはさすがにヤバいだろ)


 ユーリが画面を見つめる中、セリーヌが優雅な仕草で声を上げる。


「オーダーメイド、いいですわね。髪色は鮮やかなグリーン……いえ、少し深みのあるエメラルドグリーンが素敵ではありませんか?」


 セリーヌが微笑みながら提案すると、リーゼロッテが考え込むように一瞬目を伏せた後、静かに口を開いた。


「プラチナブロンドの方が上品だと思いますが……エメラルドグリーンも悪くありませんね」


 その控えめな調子に、フィオナが身を乗り出しながら元気よく口を挟む。


「えー、それならピンクのハイライトを入れちゃうのはどう? 絶対に可愛いよ!」


 フィオナの目がキラキラと輝き、その無邪気な提案にリーゼロッテが思わず眉を寄せた。


「ピンク……ですか? 少々派手すぎるのでは?」

「派手だからいいんじゃない! 可愛いは正義!」


 フィオナが自信満々に言い切る。

 その言葉に、リーゼロッテは一瞬言葉を詰まらせ、戸惑いながら呟いた。


「……可愛ければ……」


 その隣で、リリアーナが穏やかに微笑みながら声を上げた。


「セリーヌ様のおっしゃる通り、深いエメラルドグリーンが美しいと思います。そして瞳は翡翠色が調和するのではないでしょうか?」


 その言葉に、セリーヌが嬉しそうに頷く。


「そうよね、エメラルドグリーンがいいわよね」


 それを聞いたフィオナが頬を膨らませて肩をすくめる。


「えー、ピンクもいいと思ったんだけどなぁ……」


 ユーリはそんなやり取りを横目に見ながら、画面に目を戻した。


(まぁ、エメラルドグリーンが無難っちゃ無難だよな……フィオナを疑う訳じゃないけど変になったら、俺の責任になりそうだし)


 その時、セリーヌが優雅に微笑みながら声をかける。


「そうね、旦那様。それでお願いできますか。もちろんお胸は大きめで構いませんわよ」



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


可愛いアメリア見てみたい!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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