29.とある密偵の結末 その1 ①

 後宮御殿という安全な空間にいることで、ユーリはすっかり気を抜いていた。

 アリシアの動きに反応する間もなく、目の前の出来事はすべてコクヨウの手によって片付いていた。


(ホント、コクヨウが居てくれてよかった)


 巨大化したコクヨウがアメリアをあっさりと押さえ込む姿を目にし、ユーリは内心で安堵のため息をつく。

 一息ついたユーリは、立ち上がりながらリーゼロッテに声をかける。


「ロッテ、大丈夫?」


 腰を上げた瞬間、足元に鋭いしびれが走る。


(あ……正座してたんだっけ……!)


 完全にしびれた足は、まるで他人のもののように動かない。

 立ち上がった途端、力が抜け、重力に逆らえず前方に倒れ込んだ。


「うわっ!」


 顔面が向かった先には、きれいに整えられたティーテーブルと、その上に並ぶ華やかなティーセット。

 優雅さの象徴であるセリーヌたちの紅茶カップが、ユーリを迎え撃つかのように湯気を立てていた。

 その刹那、激しい音が庭園に響き渡る。

 華麗なティーセット(と言っても、ユーリがインチキ商人の能力で購入したものなのだが)は、テーブルごと崩れ落ち、無残な姿をさらした。

 破片が床を覆い、紅茶は飛び散り、辺りに甘い香りが漂う。


「だ、旦那様!?」

「きゃっ、テーブルが――!」


 セリーヌとリリアーナの慌てた声が重なる。

 ユーリは顔を上げ、床に広がった惨状を見て、青ざめた。


(あぁ……セリアの気に入ってたの……ごめんなさい……)

「無理に立ち上がるからですよ」


 セリーヌがため息混じりに言いながらも、まるで何事もなかったかのように、優雅にユーリへと近寄る。

 そして、彼女はすっと手を差し出した。


「あ、うん。ありがとう……」


 ユーリは照れくささを隠すように笑いながら、その手を取る。

 しびれた足はまだ完全に言うことを聞かず、ふらつきながらも何とか立ち上がった。


「リリィ、掃除道具を急いで持ってきてちょうだい」

「は、はいっ!」


 セリーヌの指示にリリィが小さく跳ねるように返事をし、慌てた足取りで部屋を飛び出していく。


「ユーリ様、大丈夫ですか?」


 リリアーナが優しく問いかけ、心配そうにユーリの顔を覗き込む。

 その表情にはいつもの余裕ではなく、少しだけ眉を寄せた柔らかい優しさが滲んでいた。


「あ、うん、大丈夫。ちょっと足が……ね、しびれてただけだから」


 そう言いながらも、ユーリの顔には若干の引きつった笑みが浮かぶ。


「主様、ちょっと座ってただけで情けないニャ」


 コクヨウが冷ややかに言いながら、うつ伏せで動かないアメリアの背中に前足を乗せる。

 まるでボールを転がすかのように、肉球を器用に使って無抵抗なアメリアの体を仰向けにした。


「これで確かめられるニャ」


 コクヨウは満足げに尻尾を一振りし、静かに呟く。


(確かめる? ……何を?)


 ユーリは内心で首を傾げたが、その疑問が口に出る前にクロエが一歩前に出た。


「そ、そういうのは、私が!」


 目にはどこか焦りの色が宿り、顔を赤くしながら声を張り上げる。


「……私が確かめます!」


 その必死な様子に、ユーリはさらに混乱する。


「え、ちょ、クロエさん!? 何を……?」


 ユーリが慌てて止めようとする間もなく、クロエは勢いよくアメリアの仰向けの体へ手を伸ばした。

 ――そして、そのままスカートの中へと手を突っ込む。

 ユーリは目を見開き、思わず声を張り上げた。


「ちょ、クロエさん!? マジで何してるの!?」

「ロザリー様が『男だ』と仰ったのです! だから……き、確認するしかないではありませんか!」


 クロエの顔はリンゴのように真っ赤に染まり、その手は震えながらもスカートの奥を探索していく。


(えっ、ちょ、これってどういう状況?)


 ユーリは呆然としながら、スカートの中をまさぐるクロエに目を奪われていた。


「どうかしら?」


 セリーヌが落ち着いた声で問いかける。


「……ついてませんね」


 クロエの顔は相変わらず赤く、震え声で短く答えた。


「えっ?」


 ユーリはその言葉に固まり、口をパクパクさせたまま何をどう反応すべきか分からなくなる。


「もしかして、ちょん切ったのでしょうか?」


 リーゼロッテが冷静な声でぽつりと呟いた。

 その言葉には一切の冗談めいた様子はなく、ただ純粋に可能性を考えた上での発言だった。


(うそん、マジで? そこまでして何をしようとしてたんだ?)


 ユーリの頭の中で考えたくもない仮説が浮かび上がり、その場にいるすべての空気がユーリの中で重く感じられる。

 思わず顔を青ざめさせる彼に、リーゼロッテが静かに問いかけた。


「ユーリ様、どう思われますか?」


(いや、俺に聞かないで!)


 ユーリは内心で全力のツッコミを入れたが、声にはならなかった。


「魔導具ニャ」


 コクヨウが前足をひらりと上げながら言い放つ。


「吾輩に任せるニャ」


 そう言うや否や、コクヨウはアメリアの胸の上に前足をそっと乗せた。

 次の瞬間、濃密なマナがコクヨウの身体から溢れ、まるで生き物のように蠢きながらアメリアの身体へと吸い込まれていく。

 庭園の空気が重く張り詰め、コクヨウの瞳が妖しい輝きを放つ。


「これで、終わりニャ」


 コクヨウが低く呟くと同時に、アメリアの胸元が不自然に膨らみ始める。

 赤く光り始めたかと思うと、スライムが弾け飛ぶように胸元が破裂した。

 飛び散る破片と衝撃音に、ユーリは目を見開く。


(な、何だ!? 何が起きてるんだ!?)


 破裂の余波でアメリアのメイド服の胸元が裂け、素肌が覗いた。

 さらに、手足を覆っていた仮初の皮膚が崩れ落ち、隠されていた素肌が徐々に露わになっていく。


「これで本来の姿に戻ったニャ」


 庭園の空気が次第に静けさを取り戻す中、コクヨウは尻尾を一振りし、誇らしげに胸を張る。


「そ、それでは、もう一度……」


 クロエが震える声で呟き、再び手を伸ばそうとしたその時――。


「クロエちゃん、わ、私がやるよ!」


 フィオナが勢いよく手を上げ、クロエの前に進み出る。


「えっ、貴女だと潰してしまうのではなくて?」


 クロエが不安そうにフィオナに尋ねると、彼女は自信満々に胸を張って答えた。


「何言ってるの、旦那様で慣れてるんだから大丈夫だよ!」


(慣れてるって何が!?)


 ユーリは即座に心の中でツッコみつつ、声に出して叫んだ。


「ホントに何言ってんの!」


 しかし、フィオナはその声を無視し、まるで自分の役目だと言わんばかりにアメリアのスカートに手を伸ばした。

 ユーリの目の前で、フィオナの指がスカートの裾を持ち上げ、ゆっくりと中へ滑り込む。

 混乱しながらも目をそらすべきか悩む。

 だが、クロエとは一味違うフィオナの赤らんだ顔と、スカートの中に手を入れる仕草がどうしても視界から外せない。

 フィオナの手が奥へと進むにつれ、空気がどんどん緊張感に包まれていく。

 彼女の指先が目当ての場所に到達したのか、微かに動きが止まる。


「あっ……これかな? ちっちゃい?」


 フィオナが小さく声を漏らす。

 その瞬間、アメリアの体がビクリと大きく跳ねた。

 意識を失っていたはずの彼が、突然目を見開き――。


「ぎゃあああああっ!」


 腹の底から響くような悲鳴が部屋中に響き渡る。

 アメリアはそのまま口から泡を吹き、再びがっくりと力を失った。

 ユーリはその場で固まり、目の前の光景に呆然とした。


(えっ、うそ、マジで? フィオナさん、なんてことをしてくれちゃってるんですか!)



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


あぁ、アメリア、哀れ ;つД`)

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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