25.真相の糸口 ②

 リリアーナ・フォン・ハイデンローゼは、サロンの扉を開け、優雅な足取りで中に入った。

 待っていたユーリが立ち上がり、一礼するのを確認すると、微笑を浮かべて軽く頷く。


「お待たせしました。わざわざお越しいただきありがとうございます、ユーリ様」

「いえ、こちらこそ、お招きいただき感謝しております」


 礼儀正しい応対を交わしたところで、リリアーナの視線がふとユーリの隣に控える人物に移る。

 自分の夜会で騒ぎを起こしたロザリー・フォン・ビルモントが、堂々とした態度でユーリの隣に座っている。

 そのデイドレスは確かに上品で美しい。

 しかし、彼女の仕草にはどこか危険な香りが漂っており、品位よりも目立つものがあった。


(……どうしてこの人がここにいるのかしら?)


 リリアーナは軽く息を整え、内心の疑問を表に出さぬよう、優雅に椅子に腰を下ろした。

 椅子の背もたれには丁寧な花の刺繍が施され、陽光が控えめに差し込むサロン全体に、上品な紅茶の香りが漂っている。

 銀のティーポットがテーブルに並び、高級感を添えていた。

 リリアーナはティーカップを軽く手に取り、まずリリィとエリゼに視線を送り、それからユーリの表情をじっくりと観察する。


 ユーリの顔には、彼らしくない疲労感が浮かんでいた。

 彼の目元は少し陰り、肩の力も抜けているように見える。


「なんだかお疲れのようですね? どこかご気分が優れないのでしょうか?」


 リリアーナが静かに問いかけると、ユーリは苦笑を浮かべながら首を振る。


「ここに来るまでに疲れてしまいまして……」

(ど、どういうこと?)


 リリアーナは思わず彼の言葉を反芻する。

 ロザリーはなぜか幸せそうに微笑み、リリィは困惑顔で眉を寄せ、エリゼに至っては、妙に上機嫌で紅茶を手に取っている。


(何がどうなって、こうなっているの?)


 その疑問を飲み込む間もなく、ユーリがぽつりと口を開いた。


「セルツバーグ子爵令嬢ドレス事件の真相ですよね。彼女が教えてくれるそうです」

「彼女?」


 リリアーナが目を瞬かせると、ロザリーが紅茶のカップをそっと置き、満足げな微笑みを浮かべながら、誇らしげに胸を張った。


「彼女だなんて、そんな他人行儀に言わなくてよいのですよ。私はご主人様の愛の使徒。知りえる限りの情報をお伝えしますわ」

「……愛の使徒?」


 リリアーナは思わず聞き返した。

 その言葉が自分の口をついて出た瞬間、彼女はハッとして口元を押さえる。


「お願いします。それはまた今度にしてください。今日はお腹いっぱいなので」


 ユーリが半ば泣きそうな声でそう遮ると、リリアーナはますます困惑した。


(お腹いっぱい……? えっ、ここに来るまでに何があったの?)

「は、はぁ……そう言われるのなら……」


 リリアーナは曖昧に返事をしつつ、ユーリの疲労の色濃い顔と、得意げなロザリーの顔を交互に見比べる。


(ホントに何がどうなってるの!?)


 リリアーナは胸中に広がる混乱を、そっと息を整えることで押し隠した。

 静けさの中で香る紅茶の心地よい香りだけが、彼女の気持ちを多少和らげてくれる。

 ロザリーがゆっくりと姿勢を正すと、落ち着いた声で語り始めた。


「まず、イシュリアス辺境女伯閣下。この度の夜会では大変なご迷惑をおかけしましたこと、心からお詫び申し上げます。そして……ご主人様のお仕置きのおかげで更生いたしました。加えて、実家からは勘当を言い渡されましたので、今後はご主人様の妾として生きる覚悟を決めております」

「……えっ?」


 リリアーナは無意識のうちにカップを持つ手を止めた。


(えっ、何て言ったの? お仕置き? 更生? 勘当? 妾? ご主人様? 情報量が多すぎて……わからない……!)


 内心ではパニック寸前だが、辺境女伯としての威厳を保つため、必死に表情を取り繕う。

 自分を落ち着かせようと、もう一度カップに手を伸ばしながら、何とか平静を装って次の言葉を待つ。

 しかし、ロザリーは気にする様子もなく、満足げに胸を張ったまま話を続けた。


「セルツバーグ子爵令嬢のドレスに細工して嫌がらせを行ったのは、モンクレール伯爵令息から持ちかけられたお話なのです」


 モンクレール伯爵――イシュリアス辺境伯領における財務局の長官でありながら、ギデオン派の筆頭貴族である。

 ユーリがかつて挨拶に訪れた際には、わざと威圧的な態度を取り、彼を侮辱するような言葉を投げかけてきた厄介な相手だ。


「そ、そう、モンクレール伯爵令息の計画だったのですか……理由をお聞きしても?」


 リリアーナは何とか声を絞り出す。

 心の中では情報を必死に整理しようと試みるが、会話の展開が早すぎて理解が追いつかない。


「なぜセルツバーグ子爵令嬢を標的にしたか、の理由でしたら単純です」


 ロザリーはさらりと言い放つ。


「私がお慕いしていた殿方が、セルツバーグ子爵令嬢との婚約を真剣に考えていると知り、どうしても許せなかったからです」

「お慕いしていた……ということは、今は違う、というのは見ていればわかることでしたわね……」


 リリアーナはなるべく冷静に答えたが、内心では思考が混乱を極めていた。


(先日のオフィーリア様の微笑み……この展開を予測していらしたというの? さすがですわね。ですが……私にはさっぱり意味が分かりませんのよ!)


 ロザリーは誇らしげに頷き、はっきりと告げる。


「はい、今はご主人様の愛の使徒でございますので」

「そ、それで……モンクレール伯爵令息の計画をご存じなのですか?」


 リリアーナは引きつる顔を何とか抑えながら話題を戻そうとする。


「サント=エルモ商会……というよりも、エリゼ様に復讐したかったようです」

「えっ、私?」


 突然名前を出されたエリゼが、驚きに目を丸くし、手にしていたカップをカチャリとソーサーに戻した。

 その音が小さく響き、場の空気をいっそう微妙にさせた。


「えっ、えっ、モンクレール伯爵令息とは、ずいぶん昔に一度お茶したことありますが、それ以降はお会いしておりませが……」


 エリゼが目をぱちくりさせながら、困惑と焦りが入り混じった表情で答える。


(そんなに動揺する必要があるのかしら……)


 リリアーナはエリゼの様子を観察しながら、視線をロザリーへと移した。


「貴女のせいで社交界の笑い者になった、と彼は仰っていましたが」


 ロザリーはさらりと言葉を放ち、紅茶を一口飲む。

 その態度は相変わらず堂々としている。


「社交界の笑い者?」


 エリゼが小さく呟き、リリアーナも思わずその言葉に反応した。


「なんのことでしょうか?」


 そこで、リリィが少し申し訳なさそうに口を開く。


「あの、もしかして……モンクレール伯爵令息って、エリオット様のことですか?」

「まぁ、エーデルワイス様。よくご存じですね」


 ロザリーがにこやかに答えると、リリィは小さく頷いた。


「はい、実は以前、お手紙をいただいたことがあって……でも、あまりお返事をする機会がなくて……」


(手紙まで出しているなんて、あの方、ずいぶん積極的だったのね……)


 リリアーナは驚きつつ、さらにリリィの話を促した。


「その……確か、同じようなお手紙を何人かに送っているという噂もあった気がします」


 リリィは少し困ったような表情で言葉を続ける。


「なんて奴だ、誰にでもちょっかいをかけてるのか?」


 ユーリが軽く毒を込めて呟くと、リリアーナは眉をわずかに上げて冷静に返した。


「後宮の主であるユーリ様が言うと、説得力がありませんね……」


 その一言に、ユーリが少し肩をすくめ、申し訳なさそうに目をそらす。


(あら、ついムッとして言ってしまったわ……でも、なぜ私がこんなにムッとするのかしら)


 リリアーナは自分の反応に戸惑う。


「それで、なぜモンクレール伯爵令息が私に復讐をしたいのですか?」


 エリゼが話題を戻そうと声を上げたことで、リリアーナもそちらに意識を向ける。



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


リリアーナさん、いじらしい!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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