25.真相の糸口 ③

「エリオット、と言って何か心当たりがありませんか?」


 ロザリーが問いかけると、リリィがすぐに答える。


「『主よ、この剣を貴方に捧ぐ』じゃないですか?」


 一瞬、場が静まり返る。

 リリアーナはその言葉に思い当たることがあったのか、小さく頷いた。


「そういえば、エリーゼに失恋したエリオが腑抜けになって、騎士団長アークとの三角関係がぎくしゃくしたところで終わっていましたわね」

「えっ、辺境女伯様もお読みになっていたのですか!」


 エリゼが驚きの声を上げる。


「うん? ちょっと待って? どういう三角関係?」


 ユーリが戸惑いを隠せず尋ねると、ロザリーがさらりと解説を始めた。


「エリオはエリーゼに恋心を抱いているのですが、アークのことも少なからず思っており、アークはエリオに想いを寄せていて、エリーゼはアークに懸想しているのです」

「……はい?」


 ユーリがさらに困惑した表情を浮かべる中、リリィが小さく息を吸い込んでから呟いた。


「でもでも……きっとアークもエリーゼを選ばずにエリオを選ぶと思います」


 リリアーナは内心で苦笑しながら言葉を継いだ。


「ですが、それは物語の話でしょう?」

「その……あの……それ書いているの、私でして……」


 エリゼが真っ赤になりながら声を震わせる。

 全員が言葉を失い、エリゼに視線を集中させた。

 沈黙が痛いほど響く中、ユーリがぽつりと言った。


「エリゼがエリーゼ? エリオットがエリオ? アークと……それは……さすがに。名前……なんで、もうちょっと捻らなかったの?」


 エリゼは居心地悪そうに目をそらしながら答える。


「それは、バスターソードを持っている団長の受けとしてぴったりだったので、つい……」


(何がついなのかしら? 全然、関係ないのでは……)


 リリアーナが呆れた顔でエリゼを見つめる。

 ロザリーが小さく笑いながら紅茶を一口飲む。


「ついつい社交界でワインのお供にしたら、あっという間に広がってしまいましたわ」

「わ、私も聞いたことがあります。社交界にはあまり参加していませんでしたが……お友達から教えてもらって……」


 リリィが控えめな声で続けると、リリアーナもそれに頷く。


「そ、そうね。私も侍女から聞いたことがあります。どこかの騎士団に実際のモデルがいるとか……」

「えっ、ってことは、モンクレール伯爵令息がこじれたのってロザリーのせいじゃん!」


 ユーリの鋭い指摘に、ロザリーは一瞬考え込むように視線を落とした。

 そして、再び顔を上げると、肩を軽くすくめて微笑んだ。


「……そう言われれば、そうですね」


 彼女は再び紅茶を口に運び、その余裕たっぷりの態度で場の空気をさらに掻き乱した。


(いくら自分と似た名前の主人公が、物語の中でとはいえ、想いを寄せていた人に失恋したくらいで……普通こんなことで復讐を考えるものかしら)


 呆れた気持ちが胸の中で膨らみ、気づけばそのまま言葉が口をついて出ていた。


「そ、そんなくだらない理由で復讐を考えたのですか?」


 自分の声が思った以上に強く響いたことに気づき、リリアーナは一瞬気恥ずかしさを覚えたが、すぐに冷静な表情を取り戻した。


「だ、旦那様のバスターソードでエリオット様にお仕置きしては……どうでしょうか?」


 リリィが控えめながらも真剣な口調で口を開いた。


「……えっ?」


 ユーリは思わず目を丸くし、リリィの方を向く。

 その突拍子もない提案に、脳が理解を拒否しているようだった。


「だ、旦那様は……お仕置きがお好きなようですので……」


 リリィが言葉を探るようにたどたどしく答える。

 その顔には恥じらいが浮かんでいたが、瞳の中には真剣さがあった。


「ま、まさか、本当に?」


 エリゼが瞳を輝かせながら身を乗り出す。その表情には妙な期待感が漂っている。


「だ、旦那様の剣は……太くて硬くて、頑丈ですから……」


 リリィがさらに小声で付け加えた瞬間、ユーリの顔が一気に真っ赤になる。


「な、な、何を言ってるのかな、リリィさん!」


 ユーリは顔を赤くしながら、慌てて否定しようとした。

 だが、リリアーナは思わず目を逸らしつつも、リリィの言葉が頭の中で何度も反響してしまう。


(太くて硬くて頑丈……ユーリ様の……剣が……)


 自分でも思考を止められず、わずかに頬が熱くなるのを感じた。


「ご主人様の剣は大地を砕き、天を貫くほどの立派な聖剣ですもの。私と同じように、エリオットもきっとその偉大さに気づかされることでしょう」

 ロザリーが涼しげな声で話を続ける。

 その堂々とした様子に、リリアーナは内心の動揺を隠すために再びカップに手を伸ばした。


「ふ、二人とも何言ってるんだよ!」


 ユーリは完全に振り回されながら叫ぶように声を上げた。

 そしてエリゼの方に目を向けると、彼女が瞳を輝かせながら小さく身を乗り出していた。


「って、エリゼさんもそんな瞳を輝かせてみないで!」


 ユーリはさらに混乱を深めるが、それだけでは終わらない。


「お、男にお仕置きとかするわけないじゃん! か、閣下もそんなに真っ赤な顔しないでください!」


 ユーリは全員の反応に挟まれ、混乱しきっていた。


「……ゴクリ」


 リリアーナは反射的に喉を鳴らしてしまい、自分でも恥ずかしさがこみ上げる。


「辺境女伯様もお試ししてみてはいかがですか? 世界が変わりますよ!」


 ロザリーがにこやかに言い放つ。


「ちょっとそこまで、みたいな感じで、お薦めすな! そ、それで、エリオ、じゃなかった、モンクレール伯爵令息はどうするつもりだったの?」


 ユーリは何とか話題を戻そうと声を張った。


「彼の中では、ベルクレア仕立工房を潰せば、サント=エルモ商会も資金不足に陥るだろう、と。それで『ディオレアーノ嬢を妾にする代わりに資金援助してやればイチコロだろう』って豪語していましたよ」


 ロザリーがさらりと説明すると、エリゼが肩をすくめて苦笑した。


「確かにエレナの工房にはお世話になってますが、そこが潰れたぐらいで我が商会が傾くなんてありえないわ」


 冷静な反論だが、その余裕がかえって事態の滑稽さを際立たせているようだった。


「……まさか、そこまで残念な貴族はいないでしょう」


 リリアーナは呆れたように小声で呟く。


「ま、まぁ、その……モンクレール伯爵令息はサント=エルモ商会に復讐したかった。ロザリーはセルツバーグ子爵令嬢を陥れたかった。そして、その間をつないだのがベルクレア仕立工房……一体、誰がそれを繋いだんでしょうね」


 ユーリが疑問を口にすると、リリアーナが静かに答える。


「……一番高い可能性は、叔父様……ギデオン卿ね」

「モンクレール伯爵の親玉であるギデオン卿が、サント=エルモ商会に敵意を持ち、資金力のあるローゼンクライツ商会に話を持って行った。そして、そのローゼンクライツ商会が、ベルクレア仕立工房を邪魔だと思っていた」


 ユーリが話をまとめるように言葉を紡ぐ。


「そうね。サント=エルモ商会もベルクレア仕立工房も私の派閥ですもの。叔父様にとっては、一回の魔術でロックバードとワイルドボアを狩るようなものだったのかもしれないわね」


 リリアーナはそう言いながら、内心で深いため息をついた。


(こんな回りくどい手を使ってまで私の派閥を揺さぶろうとするなんて……叔父様らしいといえばらしいけれど、本当に嫌になるわ)


 ギデオンの狡猾さに呆れ、頭が痛くなりそうになる。


「まさか、あの『ですぞ』の変態がここまで狡猾に計画したなんて信じられないですね」


 ユーリが軽く毒を込めて言うと、リリアーナは少し驚きながらも眉をひそめた。


「そうですね……叔父様はもっと直情的な方だったはずですけど……背後に誰かいるのかしら?」


 リリアーナの問いに、ユーリは考え込むように視線を伏せた。


「ここまでイシュリアス辺境伯領内で揺さぶりをかけているとしたら、次は外で何かを仕掛けて、一気に内側を畳みかけてきそうですね」

「まさか!」


 リリアーナは即座に否定したが、その声にはわずかな不安が混じっていた。


「そ、そういえば……あの、リーゼロッテ様とオフィーリア様が討伐された盗賊たちのことも……関係しているのでしょうか?」


 リリィが恐る恐る口を開き、伏し目がちに言葉を紡ぐ。

 その控えめな問いかけに、リリアーナは自然と眉を寄せた。


(盗賊団……? まさか、叔父様がそこまで計画しているの?)


 彼女の胸の奥に、不穏な予感がじわじわと広がる。

 もし盗賊団の動きと今回の事件が繋がっているとしたら、それはただの偶然ではないだろう。


「まさか……」


 ユーリがぼそりと漏らすと、リリアーナの思考を一瞬遮った。




◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


ユーリがバスターソードを抜いたところを見てみたい!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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