24.白のクィーン幸せ計画 その2 ③
その先に現れたのは、セルツバーグ子爵と、その腕にそっと手を添えた令嬢の姿だった。
会場全体が息を呑み、一瞬の静寂が訪れる。
令嬢の姿は、まるで夜明けの一瞬の輝きを放つようだった。
柔らかなピンクを基調としたドレスを纏い、そのスカートは花びらが幾重にも重なり合ったような優美なデザイン。
光を浴びるたびに、薄絹の層が淡い輝きを放ち、その繊細な刺繍とビーズが朝露の煌めきを映し出しているかのようである。
胸元からウエストにかけてあしらわれた上品なレースには、中央に花のモチーフを模したアクセントが添えられている。
甘美さの中に気品を漂わせるそのデザインは、彼女の美しさをさらに引き立たせていた。
背中に流れるように結ばれた大きなリボンは、動くたびに優雅に揺れ、その布が羽ばたく蝶のような印象を与えている。
その一歩一歩が会場全体を魅了し、空気がぴんと張り詰めたようだった。
リリアーナはその姿をじっと見つめ、胸がじんと熱くなるのを感じた。
(なんて美しい……)
会場内からは感嘆の声が漏れる。
「あれが……レーベルク男爵領の絹糸で仕立てられたものなのか?」
「なんと見事なことだ。令嬢の美しさをさらに際立たせているではないか」
子爵令嬢がオフィーリアの手を取り、壇上へと上がる。
その優雅な姿に、会場内は再びざわめき始めた。
娘の晴れ姿を目にしたセルツバーグ子爵の表情には、喜びと感動が溢れ、目元が赤くなっているのが分かった。
彼は胸を張り、堂々とした態度を見せながらも、ユーリの方へ視線を向けると、力強く頷く。
その後、そっとハンカチで目尻を拭い、一礼しながらゲストが並ぶテーブルへと移動していった。
「おい、あれは確か、セルツバーグ子爵のご令嬢ではないか?」
「病気で長らく臥せっていたと聞いていたが……まるで別人のようだな」
貴族たちは小声で囁き合いながらも、令嬢の晴れやかな姿に注目していた。
その視線の中には感嘆と疑念が入り混じっている。
リリアーナはその様子を冷静に見つめながら、ユーリの方へ視線を向けた。
壇上に立つ彼は飄々とした笑みを浮かべ、会場全体を見渡している。
「皆さま、こちらにお目見えいただきましたセルツバーグ子爵令嬢、マリアベル様は、かつて社交界の花と称された方です」
ユーリの声が静かに響き渡り、会場のざわめきが一瞬で静まり返る。
(かつてって……そんなに昔のことでもないでしょうに。でも、話し方が上手いわね)
リリアーナは内心で小さく苦笑した。
「しかし、皆さまもご存じの通り、彼女はある夜会で理不尽な嫌がらせを受け、深く傷つき、長らく社交界から姿を消されました」
その言葉に、ギデオン派の貴族たちが微かに眉を動かし、視線をそらす者もいる。
リリアーナはその反応を見逃さず、静かに観察しながら耳を傾けた。
「たった一言。とある令息の発言された言葉で彼女は深く傷ついたのです。ですが、愛する人のためにその痛みを乗り越え、今日この場で新たな一歩を踏み出されました。その輝きを取り戻すための一助として、私どもレーベルク男爵領で新たに始めた絹糸産業の成果を纏っていただいております」
ユーリの穏やかな口調には、温かみと力強さが滲んでいた。
「このドレスは、ただ美しいだけではありません。マリアベル様が新たな道を歩まれる象徴であり、我が領の未来を拓く一歩でもあります。本日はぜひ、彼女の勇気と美しさ、そして新たな挑戦に祝福の拍手をお送りください」
静けさの中、ひとつ、またひとつと控えめな拍手が響く。
それは次第に大きくなり、まるで波が広がるように会場全体を包み込んでいく。
(ユーリ様……本当に、言葉だけで場の空気を変えてしまうのね)
リリアーナは感嘆の思いを胸に、壇上に立つ彼の姿を見つめた。
場内に響き渡る拍手が次第に収まる中、一人の青年が静かに歩み出てきた。
その姿に、リリアーナは目を細める。
(この方は……確か、マリアベル様と縁談が進んでいたはずの方)
青年はどこか決意を秘めた表情で、会場の視線を一身に集めながら、まっすぐにマリアベルの前まで進んだ。
その場で足を止めると、青年はゆっくりと跪き、頭を深く垂れる。
一瞬で静まり返る会場内の空気に、リリアーナは緊張感が張り詰めるのを感じた。
マリアベルの表情には驚きが浮かんでいたが、その瞳は冷ややかで硬い。
彼女は目を伏せたまま口を開かず、青年が震える声で口を開いた。
「マリアベル様……どうか、私の言葉をお聞きください」
その一言に、リリアーナは自然と耳を傾けた。
青年の声には、明らかな後悔と真摯な思いが込められている。
「私は……あの日、貴女を傷つけてしまいました。聞き間違いとは言え、私が貴女に涙を流させてしまったことは事実。その後も、何一つ行動を起こすことができませんでした。誰よりも貴女を守るべき立場でありながら、周囲の目を恐れ、自分の保身に走った臆病者です」
かすかに震える声が会場内に響き渡り、その言葉に貴族たちは息を呑む。
リリアーナもまた、彼の深い後悔を痛いほど感じ取っていた。
(彼も、マリアベル様と同じように苦しんできたのかもしれない……でも、それだけで許されるとは限らない)
青年が静かに頭を上げると、その目には真摯な光が宿っていた。
真っ直ぐにマリアベルを見つめるその姿に、場内の誰もが息をのむ。
「しかし、私はこの場で誓います。今度こそ、貴女をお守りしたい。どんな時でも、どんな困難があっても、貴女の隣に立ち、共に歩んでいきたいのです」
青年の声が堂々と響き渡り、会場の静寂を一層深めた。
その場にいる全員が彼の言葉を聞き逃すまいと耳を傾けている。
マリアベルは彼の言葉を受け、しばらく黙ったまま青年を見下ろしていた。
彼女の表情には動揺と困惑、そして抑えきれない感情が入り混じっているように見える。
それでも、青年は決して目を逸らさなかった。
「どうか……もう一度だけ、私に機会をお与えください。私は、貴女を幸せにするためにすべてを捧げる覚悟があります」
震える手でポケットから小さな箱を取り出し、そっと開く。
中には美しい指輪が収められていた。
細やかな装飾が施されたその指輪は、まるで彼の真心を形にしたかのように、淡い光を放っている。
リリアーナの胸が静かに高鳴った。
彼の行動には勇気と後悔、そして揺るぎない決意が込められている。
そのすべてを目の当たりにしたマリアベルが何を思うのか、リリアーナは息を飲みながら彼女の反応を見守った。
やがて、マリアベルが静かに口を開く。
「貴方がそうおっしゃるのなら……その覚悟を、私に証明していただけますか?」
その声は、過去の痛みを乗り越え、新たな未来を歩み出す強さに満ちていた。
青年の目に涙が浮かび、彼は深々と頭を下げる。
場内に湧き上がる拍手の中、リリアーナの耳にふと妙な声が届いた。
◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆
ここまで読んで頂きありがとうございました。
微エロよりラブコメが良い!!
と思ってくださいましたら、
https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837
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