24.白のクィーン幸せ計画 その2 ②

 扉がゆっくりと開き、控えの間から現れたのは、リリアーナが夜会の主賓として迎えるべく招いた二人――ユーリ・フォン・シュトラウスと、その副夫人オフィーリアである。

 オフィーリアは、主夫人セリーヌの代理としての参加だったが、その堂々たる佇まいと気品に満ちた美貌は、会場の視線を一瞬で奪った。


(オフィーリア様……なんてお美しいのかしら……)


 リリアーナは思わず息を呑み、その目を離せずにいた。

 彼女の姿は、まるで一枚の絵画のように完璧で、その存在感は一瞬で周囲を魅了していた。

 淡いラベンダーカラーのドレスは、揺れるたびにまるで花園を歩いているかのような優雅さを纏っている。

 スカートには美しく繊細な刺繍が施され、その模様が一歩ごとに光を反射してさりげなく輝いていた。

 長い黒髪には紫の花飾りが添えられ、ドレスとの調和が見事だった。

 彼女が進むたびに、会場の空気が変わっていくのが分かる。

 あちこちから囁き声が漏れ、リリアーナの耳にも自然と届いてきた。


「確か没落しかけていた家のご令嬢だよな……王太后に命じられて側室入りしたのだろう?」

「あぁ、セリーヌ様とのご結婚の時にな……それにしても……あの男許せんな……」

「見事に代役を果たされておられる。それどころか、主役でもおかしくない風格だ。あれがうちの息子の嫁だったらどれほど誇らしいことか……!」


 耳にする声はそれぞれだったが、そのどれもがオフィーリアの美しさを認めるものばかりだ。


(やはり、あの美しさは先日ご一緒したハーブの湯浴みの効果でしょうか。それとも……恋が美しさを引き出しているのかしら?)


 リリアーナの脳裏に、湯浴み中の柔らかな微笑みが浮かぶ。

 それは今の堂々たる姿とはまた違う、一瞬の親しみを感じさせるもので――。

 だが、今の彼女はその時以上に輝いている。

 息を飲むほどの自信と優雅さが溢れていた。


(あの優雅な笑顔がさらに輝いて見えるのは……やっぱり、ユーリ様の存在が大きいのかしら)


 リリアーナはそう思いながら、自然とその隣を歩くユーリへと視線を向けた。

 心の奥で、微かな高揚感と共に心臓が跳ね上がる音が聞こえる。

 深いネイビーブルーのチュニック――膝丈まである上着は、シンプルでありながら上品さを兼ね備えていた。

 刺繍には金糸が用いられ、植物の蔓を思わせる繊細な模様が施されている。

 過剰な華美を避けつつも、ただの控えめでは終わらない高貴な印象を与える装いだ。

 手袋を片手に持ちながら、飄々とした態度で歩く姿はどこか場違いに見えなくもない。

 リリアーナの耳に、近くの貴族たちの小声が微かに届いた。


「あんな、服に着られているような田舎者が、まったく……けしからん男だ」

「だが、オフィーリア嬢やリーゼロッテ嬢のような宝石のごとき存在に囲まれて甘い生活を送れるのなら、代われるものなら代わりたいものだな」

「……とはいえ、まだ御子の話を聞きませんな。いっそ不能で離縁してしまえば、宝石たちは自由になるのに」

「それにしても、よくもまあ、あの立場であれほど飄々としていられるものだ。普通なら、緊張で顔色の一つも変わるだろうに」


 耳に届く言葉には、皮肉と嫉妬、そして羨望が入り混じっている。

 リリアーナは胸の奥がざわつくのを感じながらも、それを表に出すことなく、微笑を崩さず前を向いた。

 ふと、ユーリの肩の力の抜けた自然な態度が目に入る。

 彼はまるで、ざわめきの中心にいることすら意に介していないようだった。

 それどころか、どこか楽しんでいるようにすら見える。

 その瞬間、リリアーナの中で先ほどまで感じていたざわつきが霧散していった。


(この余裕……本当に不思議な方だわ。でも、あの時のユーリ様を思い出すわね)


 威圧的だったセルツバーグ子爵に対し、冷静な口調で状況を整理し、最終的には彼の支持を得たあの場面。

 飄々としていながらも的確な判断力――あれが本当のユーリ様なのだ。


(見た目の飄々とした態度に惑わされるけど……いざという時には誰よりも頼りになる。本当にあんな素敵なドレスを用意して令嬢をこの場に引き出すなんて……)


 リリアーナの胸が高鳴る。

 彼の力強さと優しさに触れるたび、心の奥で何かが熱くなるのを感じた。


(私……一体何を考えているの……! 今は夜会を成功させることが最優先なのに!)


 彼女は動揺を隠すように、ゆっくりと深呼吸をした。

 だが、それでも視界の端に映るユーリの姿が、どうしても気になって仕方がない。

 その飄々とした態度にどこか引き込まれるような不思議な感覚が、リリアーナの胸にわずかな波紋を広げていた。


 二人が会場中央に進み出ると、会場内の囁き声は次第に静まり、緊張感を帯びた静寂が広がった。

 その中でオフィーリアが一歩前に進み、優雅に会釈する。


「このような場にお招きいただき、レーベルク女男爵に代わりまして、心より感謝申し上げます。新しい辺境伯領の一員として、皆様とこうしてお会いできることを大変嬉しく思います」


 その端正な言葉と穏やかな声が会場に響き渡ると、いくつもの目が彼女に釘付けとなった。

 控えめでありながら気品あふれるその挨拶に、誰もが息を呑む。

 続いて、ユーリが軽く手を挙げ、飄々とした笑みを浮かべながら口を開いた。


「皆さま、新参者であるシュトラウス家を受け入れていただき、女男爵に代わり御礼申し上げます。辺境伯領の新たな門出を祝うこの場に、私どもも参加できることを大変光栄に思っております」


 リリアーナは、隣で微笑む彼をちらりと見やった。

 その飄々とした態度に、彼が緊張している様子は一切見られない。

 会場内の視線を自然と集める彼の姿に、彼女は改めて感嘆せずにはいられなかった。

 ユーリは会場をゆっくりと見渡してから、真面目な表情を見せ話を続けた。


「本日は皆さまへ、我がレーベルク男爵領の特産品をご紹介させていただきたく存じます」


 その言葉に、会場の空気が微かに変わる。

 興味深げに耳を傾ける者、何が始まるのかと身構える者――さまざまな反応が見て取れた。


「我が領で生産された絹糸を利用したドレスでございます。今後、私どももイシュリアス辺境伯領が発展することを願い、サント=エルモ商会と独占販売契約を締結いたしました。かの国にも劣らぬ品質に自信を持っております。ベルクレア仕立工房で仕立てられました一品をご堪能くださいませ」


 ユーリの堂々たる宣言が、会場に静かなざわめきを巻き起こす。

 その反応の中には、驚きと感嘆が入り混じり、貴族たちは互いに耳打ちをしている。

 リリアーナはそんな会場の空気を感じ取りながら、隣に立つギデオンの微妙な変化に気づいた。

 彼の眉間に深いシワが寄り、その視線が会場の数名を素早く捉えているのを見逃さない。

 ギデオンがわずかに視線を動かすと、目を合わせた数人の貴族が小さく頷き、動き出した。

 その光景を見た瞬間、リリアーナの胸に不穏な気配が押し寄せる。


「奴の好きにさせてなるものか」


 低く呟くギデオンの声が、リリアーナの耳に届いた。

 その声に込められた明確な敵意に、彼女の胸がざわめく。


(叔父様……何を企んでいるの?)


 リリアーナは、小さな違和感も見逃さないようにと意識を研ぎ澄ませる。

 何があっても、ユーリの計画をギデオンに邪魔させるわけにはいかない。

 内心の不安が胸の奥をざわめかせる中、扉がゆっくりと開く。



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


おっ、なんかいつものユーリじゃない!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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