24.白のクィーン幸せ計画 その2 ①

 セルツバーグ子爵との会合からしばらく。

 子爵令嬢の説得やドレスの作成、夜会の準備、招待状の手配に追われる日々が続き、気が付けば夜会の当日を迎えていた。

 厚い扉がゆっくりと開かれると、会場の喧騒が一瞬にして静まり返った。

 煌びやかなシャンデリアが、入場するリリアーナの姿を柔らかな光で包み込み、貴族たちの視線が彼女に釘付けになる。

 彼女が纏うドレスは、繊細なレースと花の刺繍が施された淡いブルーとベージュのグラデーションが美しい一着だった。

 胸元から肩へと広がるオフショルダーのデザインは、彼女の豊かな胸元をさりげなく引き立てつつ、上品さと気品を際立たせている。

 チョーカー風のネックレスが華やかさを加え、シャンデリアの光に照らされてその輝きを増していた。

 スカート部分は幾重にも重なったフリルと刺繍が巧みに組み合わされ、まるで一面の花畑を思わせる繊細さと華やかさを兼ね備えている。


(ここが本番よ、リリアーナ。何としてもセルツバーグ子爵令嬢幸せ計画を成功させるのよ、ホストとしてしっかりなさい)


 リリアーナが内心で決意を新たに会場へと一歩踏み出した瞬間、意図せぬ方から別の声が響いた。


「皆の者、少々お静かに願いますぞ」


 低く響くその声に、場内がざわめきながらも自然と静まり返る。

 視線が一斉に振り向く先には、豊かな金ボタンが煌めく礼服を身にまとったギデオンが立っていた。

 その顔には悪びれる様子もなく、得意げな笑みが浮かんでいる。


「この度の夜会を主催する、リリアーナ女伯の叔父、ギデオンでございますぞ」


 ギデオンはわざと「主催する」という言葉を強調し、場の注目を自分へと集める。

 そして、リリアーナに向かって手を差し出した。


「リリアーナ、ここは予がエスコートさせていただきますぞ」


 その言葉に、場の空気が微かに張り詰める。

 ギデオン派の貴族たちは薄笑いを浮かべ、まるでこの場の主導権を握ったかのような態度を見せる。

 一方、リリアーナを支持する者たちは困惑の表情を浮かべていた。


(どうして叔父様は、いつもこうやって……)


 リリアーナの心は静かに揺れていた。

 この状況で彼の申し出を拒めば、ギデオン派の貴族たちは嬉々として彼女の不作法を糾弾するだろう。

 さらに、この夜会の目的――セルツバーグ子爵令嬢の幸福を確立する計画にも、余計な影響を与えかねない。


(……ここで波風を立てるのは得策じゃないわね。今は耐えるのよ)


 リリアーナは自分にそう言い聞かせ、優雅な微笑みを浮かべながらギデオンの手を取る。

 その指先が触れた瞬間、胸の奥に小さな不快感が走る。

 それでもリリアーナは動揺を表に出さない。

 彼女の声は穏やかで、まるで何事もないかのように響く。


「叔父様、どうぞよろしくお願いいたします」


 ギデオンは満足げな笑みを浮かべると、リリアーナを軽くエスコートしながら壇上へ向かった。

 その光景を捉えた周囲の貴族たちの視線を、リリアーナは感じていた。

 彼らの視線の中にあるのは興味、あるいは侮蔑――リリアーナにとってどちらにせよ心地よいものではない。


「やはりギデオン卿が主導権を握るのか……」

「リリアーナ女伯も、まだまだ若いということだな」


 ワザとらしく耳に届くように放たれる声が、微かな刃となって胸を刺す。

 それでもリリアーナは、表情を崩さず静かに自分を奮い立たせる。


(この夜会を成功させれば、少しずつ状況を変えられるはず……今は、そのための布石を打つ時)


 壇上に立ったギデオンが、ゆっくりと手を広げて会場を見渡す。

 その動作は堂々としており、貴族たちを一瞥した後、深々とお辞儀をした。


「まず初めに、若き領主であるリリアーナ女伯に、この素晴らしい夜会を開催していただいたことに感謝申し上げますぞ。皆様、彼女に拍手を!」


 ギデオンの声が響くと、会場から一斉に拍手が起こった。

 だがその音には、どこか薄笑いを含むような気配が混じり、リリアーナはその意図を見抜いていた。

 壇上に立つギデオンの親しげな笑顔に、かすかな嘲笑の影がちらつくのを感じ取る。


「さて、我が家系においては、このような夜会の開催は伝統でもございますぞ。未熟ながらも、リリアーナ女伯がこのような場を設けられたのは、まことに頼もしい限りですぞ」


 「未熟」という言葉が強調されるたび、ギデオン派の貴族たちが互いに視線を交わし、小さな笑みを浮かべているのが視界の端に映る。

 リリアーナは内心、怒りで胸が震えそうになるのを必死に押し殺した。


(ここで感情を見せたら、思うツボ……耐えるのよ)


 毅然とした表情を浮かべながら、静かに一歩前に出る。


「叔父様、素晴らしいお言葉をありがとうございます」


 落ち着いた声でそう述べると、リリアーナは会場全体に視線を向けた。

 その目には迷いも怯えもなく、堂々とした態度で言葉を続ける。


「この場にお越しいただいた皆様にも、本日は、このように盛大な夜会にご参加いただき、誠にありがとうございます」


 リリアーナの言葉に、一部の貴族たちが軽く頷く様子が視界の端に映る。

 その反応を冷静に見つめながら、彼女はさらに言葉を続けた。


「本夜会は、レーベルク男爵領の新たな歩みを記念するとともに、素晴らしいご縁を築くための場でございます。本日の主賓である、ユーリ・フォン・シュトラウス様と副夫人をお迎えできることを、大変光栄に存じます」


 リリアーナが一呼吸置き次の言葉を続けようとした瞬間、ギデオンが一歩前に出た。

 まるでその瞬間を待ち構えていたかのように、軽く手を広げながら口を開く。


「レーベルク男爵領は前領主の失政に耐え、王族であられた元淑妃を迎えられたですぞ。これは喜ばしきことですぞ」


 ギデオンの声がリリアーナの発言に被るように響き渡り、会場の視線が一瞬で彼に移った。

 貴族たちはその堂々たる振る舞いに注目し、ざわめきが小さく広がる。

 その注目をさらに引きつけるように、ギデオンは続ける。


「かの地の繁栄がこのイシュリアス辺境伯の発展に繋がるですぞ。皆さまも是非交流を深め、辺境伯領のために尽力して欲しいですぞ」


 会場に穏やかな拍手が広がる。

 表面上は平和だが、その裏にはギデオン派の貴族たちが満足げに微笑み合う姿が見える。

 リリアーナは隣で静かに微笑みを浮かべた。

 だが、それはあくまで表向きの感謝を装ったものだ。


(また主導権を握らせてしまったわ。でも、まだよ。私にはやるべきことがある――)


 リリアーナの胸には、ギデオンに屈しないという強い意志が宿っている。


(いつか、この手を取る必要のない未来を作り上げてみせるわ)


 微笑みを保ちながらも、その瞳の奥には確固たる決意が輝いていた。



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


リリアーナさん、ギデオンなんかに負けるな、ガンバ!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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