23.とある密偵の受難 その3 ③
アメリアは内心で溜め息をつきながらも、表情を崩さず、軽薄な男をあえて無視した。
代わりにヴォルフへと向き直り、冷静な口調で答える。
「まず、盗賊団の討伐についてだけど――これは男爵夫人の副夫人リーゼロッテ様と、もうお一方、オフィーリア様が討伐してきたみたいだね」
アメリアが穏やかに話し始めると、隣から舌打ちが聞こえた。
(舌打ちとか、相変わらず無駄にうるさい奴だな)
軽く息を整えつつも、気にするそぶりは見せず、アメリアの視線はヴォルフに向けられたままだ。
「詳しくは分からないけど、噂ではお二人とも相当な魔術師だったようだよ」
彼はさらりと続ける。
言葉を切ると同時に、ちらりとヴォルフの様子をうかがった。
ヴォルフは苦々しい顔で腕を組み、低く重い声で続きを促す。
「それで?」
「魔獣を狩っているとしたら、その二人が中心だろうね。でも……旦那様が一番狩ってんじゃないかな」
アメリアの言葉に、冷静な男が腕を組み直しながら目を細めて口を開いた。
「なぜそう思う?」
「料理長が言ってたんだよ。『旦那様が狩ってきた魔獣だから有難く頂きなさい』ってね」
アメリアは軽く肩をすくめると、カップを指先で回しながら付け加える。
ヴォルフはしばらくカップを揺らしながら考え込むように沈黙し、やがて口を開いた。
「それで、男爵夫は魔術師なのか?」
「分からない」
アメリアは即答する。
「分からない?」
ヴォルフが眉をひそめると、アメリアはゆっくりと首を振った。
「見た感じ、身体強化を使っているのは確かだと思うけど、魔術具や魔導具の域を超えてる気がするんだよね」
アメリアは淡々とした口調で言いながら、ちらりとヴォルフの反応を探る。
ヴォルフは腕を組み、苦い顔で考え込むようだったが、その目がわずかに鋭さを増した。
それを見て冷静な男が口を挟む。
「身体強化の魔術じゃなくて、何かのギフトじゃないのか?」
「それは無いと思う。旦那様のギフトは商人だって話だから」
アメリアはさらりと答えた。
「職業ギフトか……」
ヴォルフは小さく舌打ちし、苛立ちを隠さない。
その目には明らかに不満の色が浮かんでいた。
その時だった。
軽薄な男が口元に手を当て、小声で笑いながら茶化すように言った。
「もしかして、女神の恩寵、ギフトも買えちゃったりしてさ」
その言葉に、部屋の空気が変わる。
「ありえるかも」
「可能性はありそうだな」
アメリアとヴォルフが同時にぼそりと呟く。
軽薄な男は驚きで目を丸くし、思わず肩をすくめる。
「え、えっ? どういうこと?」
きょとんとした顔で冷静な男に助けを求めるような視線を送るが、冷静な男も普段の落ち着きを失い、額を摩りながら考え込んでいた。
「いや、さすがにそれはないだろう……もし仮にあらゆるギフトを使えるなんてことになったら、それって――いや、そりゃインチキすぎるだろ」
冷静な男は視線を宙に彷徨わせ、動揺を隠せない様子だ。
一方、アメリアはそんなやり取りを横目で見ながらカップを揺らし、軽く考えるそぶりを見せた。
「いや、あり得るかもしれないよ」
口を開くと同時に、軽く肩をすくめて付け加える。
「旦那様は神出鬼没だし、魔獣の肉もどこに保管されてるのか分からないのに、毎回あれだけ大量に出てくる。素手で岩盤みたいに硬い地面を砕いて、根を張った切株を引っこ抜いたの見たし」
アメリアが言葉を切ると、ヴォルフと他の男たちが黙って聞き入る。
その視線を受けながら、さらに続けた。
「それだけじゃない。見たこともないような道具や商品が御殿に溢れてるし、あのパサージュ――ほら、一夜でにょきにょき生やしたって話、誰かから聞いてない?」
部屋に一瞬の沈黙が訪れる。
アメリアはカップを静かにテーブルに置き、三人の反応を観察した。
「あぁ、一夜にしてできてやがったな」
冷静な男が低く呟き、腕を組み直す。
「実はそれ、見てたの俺のじいちゃんなんすよ!」
軽薄な男が急に身を乗り出し、興奮気味に声を上げた。
ヴォルフは軽薄な男に一瞥を向けると、再びアメリアに視線を戻した。
「それで、氷室の方はどうなんだ?」
「あぁ、あの冷たい箱? だったら、もうあるよ」
アメリアはさらりと答えると、カップを指で回す。
「何!」
ヴォルフが椅子を軋ませるように身を乗り出す。
勢いよく置かれたカップが微かに震えた。
隣にいた冷静な男も目を見開き、驚きの声を上げる。
「マジかよ。すでにあるのかよ」
「といっても、小さいよ。でも、なんでそんなことが知りたいの?」
アメリアは軽く首を傾げ、興味なさげな表情で問いかけた。
ヴォルフはしばらく唇を引き結び、険しい顔でカップを睨んでいたが、やがて低く唸るように口を開いた。
「……御領主様と賭けをやっててな」
ヴォルフの言葉を聞き、アメリアは一瞬だけ目を細めた。
(氷室で賭けって……何をやってるんだか)
呆れを浮かべながらも、頭の片隅では「どんな賭けをしたのか?」という興味が湧いていた。
もちろん、表には出さない。
カップを指で軽く回しながら、セリーヌが何か話をしていたか思い出そうと記憶を探る。
「後宮に忍び込んで、その氷室壊しちゃいましょうよ!」
軽薄な男が悪びれる様子もなく口を開いた瞬間、アメリアは呆れたように肩を落とした。
「は? 何、あんたたち自殺願望でもあるの? 絶対無理だって、マジ無理だから!」
ため息をつきながら、彼女はカップを指で軽く叩く。
「リーゼロッテ様とオフィーリア様も相当ヤバいけど、旦那様はそれ以上だからね」
アメリアは軽く肩をすくめ、これまで見聞きした驚くべき事実を思い出すように言葉を続けた。
「模擬剣や槍で戦闘訓練を時々してるけど、あの人、本気で人間じゃないから。もう動きがおかし過ぎるっての」
冷静な男が何か言おうとしたが、アメリアはそのまま話を続ける。
「それだけじゃないんだよ。リーゼロッテ様とオフィーリア様もすごいけど、最近はアイナ様にフィオナ様も――なんか、全員おかしくなってる気がするんだよね」
アメリアが最後に言葉を切ると、部屋の中に妙な静寂が訪れた。
冷静な男は小さく息を吐き、腕を組み直す。
ヴォルフは無言でカップを置き、その目には複雑な光が宿っていた。
「分かった……とりあえず、今みたいな感じで定期的に教えてくれ」
ヴォルフの低い声が静かに部屋に響く。
「まぁ、それぐらいならいいよ」
アメリアは軽く肩をすくめ、苦笑交じりに答えた。
「あそこにいると、こういう話を共有できる人がいないんだよね。だけど、これ極秘情報だから。口外してるのがバレたら領地追放処分もあるから、覚悟してね」
「お、おい、お前、口外してるじゃねーか!」
軽薄な男が慌てた声を上げると、アメリアは冗談めかしながら投げやりな笑みを浮かべた。
「いや、もう、ほんとね。この任務から下りたいから追放して欲しいんだよね」
「お、おう……ま、まぁ、頑張れや」
冷静な男が困ったように頷きつつ、ワインを口に入れた。
気まずい空気が漂う中、彼はちらりとテーブルの上の手紙に目を向けた。
「それで……手紙は読まなくていいのか?」
「ああ、そうだった」
アメリアは思い出したように手紙を取り出し、封蝋を外して中を広げる。
だが、内容に目を通した瞬間、彼の表情が一気に引きつった。
カップを持つ手が止まり、しばらく黙り込む。
「は? は?」
何度か手紙を読み返し、呆れと怒りがない交ぜになった声を漏らした。
「こいつ……馬鹿なの?」
「お、おい、お前の雇い主だろうが……で、なんて書いてあったんだ?」
冷静な男が困惑と興味の入り混じった表情で尋ねる。
アメリアは手紙を机に叩きつけ、深いため息をつく。
「リーゼロッテ様の裸を魔導具で撮影してこい……だってさ」
一瞬の沈黙。そして――
「ゴクリ」
喉を鳴らす音が静寂を破る。
「お、お、そんときは俺にも見せてくれよな!」
軽薄な男がにやけながら言うと、アメリアの視線が鋭く光った。
「……お前の雇い主、すごいな。できれば俺も……オフィーリア様のを頼む」
冷静な男が静かに呟くと、アメリアはさらに呆れた顔で振り返った。
「いやいや、何言ってんの! 冷静なのが取り柄じゃなかったの!?」
その間もヴォルフは表情一つ変えず、銀製のカップを静かにテーブルに置く。
「……淑妃様、セリーヌ様のも撮ってきてくれ」
「ちょっと待て!」
アメリアは怒りを込めて声を上げ、勢いよくカップをテーブルに叩きつける。
「リーゼロッテ様もオフィーリア様も、アイナ様もフィオナ様も、全員人間やめてるって話したよね? 聞いてた? こんなことバレたら俺、確実に消されるから!」
部屋に緊張感が走るが、軽薄な男はどこ吹く風といった様子で、肩をすくめるだけだった。
アメリアは最後に深いため息をつき、机の上の手紙を指でつつきながら心の中で毒づいた。
(マジでギデオン……俺を殺す気かよ)
◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆
ここまで読んで頂きありがとうございました。
アメリア、頑張って!!
と思ってくださいましたら、
https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837
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