22.白のクィーン幸せ計画 その1 ③
それからしばらくして、ようやく胸の鼓動が落ち着いてきたところで、ユーリはエリゼに視線を向けた。
「エリゼさんは……」
意識を切り替えるようにして、言葉を続ける。
「子爵令嬢の想い人、例のご令息と面識があるよね? そっちをお願いしたいんだけど。夜会で彼女をエスコートするよう、うまく話をつけてもらえる?」
エリゼは一瞬驚いたように目を瞬かせたが、すぐに頬を少し赤らめながら、小さく頷いた。
「わかりました……。必ずプロポーズさせてみせます」
エリゼの静かな決意に、ユーリは安心して次の指示へと移った。
「それから、アイナとリリィ」
名前を呼ばれた二人が同時にユーリを見つめる。
「エレナさんと一緒に夜会用のドレスを準備してもらっていいかな? 時間が限られてるけど、エレナさんが中心になって動いてくれれば、きっと大丈夫だと思うから」
「生地は如何なされるのですか?」
アイナが冷静な口調で尋ねると、ユーリは少し困ったように首をひねった。
「うーん……仕立て済みのものを用意することもできるけど、それだと金貨百二十五枚くらいかかりそうなんだよね」
「き、金貨で百二十五枚?」
その額にエレナが目を見開き、驚きの声を上げた。
「そう。今の手持ちだと足りないから、エリゼさんに用立ててもらわないといけないんだけど、さすがに無理だよね」
ユーリがエリゼの方を見て確認すると、エリゼは苦渋の表情を浮かべながら首を振った。
「そうですね、流石にその額をすぐに私の権限だけで用立てるのは難しいです」
「だよね……生地だけなら金貨四十枚。でも、もっと質の悪いやつならもう少し安くできるけど……」
ユーリが言葉を濁しながらつぶやくと、エレナが勢いよく口を開いた。
「エリゼちゃん、工房にある服飾用の宝石を売れば、何とかならないかな?」
エレナが真剣な表情でエリゼを見つめる。
「そうね……もともとの仕入れ値を考えても、それくらいはあると思うわ」
エリゼは少し考え込んでから頷いた。
「ありがとう! シュトラウス卿、それで用立てますので、生地の準備をお願いできますか?」
エレナが期待に満ちた目でユーリを見つめる。
「うん、分かった。ただ、できれば金貨に変えずに宝石類はそのまま現物で受け取れるかな?」
「えっ……それで構いませんが……」
エリゼは少し戸惑いながらも了承の意を示す。
「よし、それならドレスの生地も何とかなりそうだね!」
ユーリは安堵の息をつき、自然と表情が和らいだ。
改めて全員に視線を向けると、オフィーリアがテーブルの上の駒に視線を落としながら、少し首を傾げているのに気づく。
「リア、何か気になることでも?」
ユーリが尋ねると、オフィーリアはテーブルの黒のキングにそっと指を伸ばし、指先を滑らせるようにして駒を突き倒した。
「貴方様、情報収集の方はどうされるのかしら?」
彼女の何気ない一言に、ユーリは顎に手を当てながら考え込む。
「そうだね……秘密の会合が行われる部屋に、声を記録する魔導具を仕掛けられれば、かなり有益な情報が取れると思ってるのだけど」
「声を記録する魔導具……そんなものがあるのですか?」
エリゼが驚いたように目を見開く。
「う、うん、まあね。作れるんだよ」
ユーリは目を逸らしながら申し訳なさそうに答える。
(ホントは商人ギフトで購入するだけなんだけど)
「ただ、それでも二回はその部屋に入らないといけないんだよね。しかも、秘密の話がしやすい場所に……」
彼はため息をつきながら続けた。
「魔術を使えば潜入自体はできるだろうけど……お金がかかるし……安上がりにすませたいよね」
その言葉にエリゼが「魔術にお金?」と首を傾げたが、何か思い出したのか、少し考え込んだ後、顔を上げた。
「そう言えば……あの商会の会頭が、何やら薬師を探し回っていると聞きましたよ」
「薬師?」
ユーリが首を傾げる。
「何か病気なの?」
「いえ……どうも人には言いにくい症状のようでして、『かゆくて眠れない』と言っていたそうです」
エリゼが口元に手を添えながら、少し困ったような表情で答えた。
「かゆくて眠れない、ねぇ」
ユーリはその言葉に考え込み、前世のサラリーマン時代を思い出す。
(水虫かタムシとかかな? 眠れないとなると……タムシか?)
一瞬、頭の中にその可能性が浮かび、ユーリは心の中でそっと顔を覆った。
(いや、できれば避けたいけど、これ以上のチャンスもないよな)
その様子に気づいたのかオフィーリアが、興味深そうに首を傾げながら尋ねる。
「貴方様、何か心当たりでも?」
「あっ、うん……まあ、なんとなく心当たりはあるんだけど」
ユーリは苦笑いを浮かべながら頬を掻いた。
「その症状に効く薬も手に入れられると思う。症状を見てみないとだけど……それを使えば、潜入できるんじゃないかなって思って」
ユーリが少し不安げにそう締めると、エリゼの目がキラリと輝いた。
「なるほど、診察のために密室で会頭様と二人きり……!」
彼女は手元の羽ペンを握りしめ、まるで新しい構想を思いついたかのように目を輝かせている。
(……えっ? 今、なんか地雷踏んだ?)
ユーリは微妙な予感を覚えたが、それが何なのかはまだ分からない。
「密室……診察……」
エリゼは言葉を反芻しながら、頬に手を添え、夢見るように呟いた。
「これは、あの硬派な会頭が、人には言えない悩みを抱えて、若きシュトラウス卿に相談する展開ですわね……!」
(ちょっと待って、どこに向かってるの!?)
ユーリは内心で叫びながらも、何とか話を戻そうとするが、エリゼの妄想は止まらない。
「まずは会頭様が、申し訳なさそうに打ち明けるのですわ。『ここがかゆくてたまらないんだ』と」
「ちょ、エリゼさん!」
ユーリが慌てて止めようとするも、エリゼは構わず続ける。
「そしてシュトラウス卿が、冷静に彼の背中を押すように『安心してください。僕がしっかり診ますから』と優しい微笑みで――」
「そんな展開ないから! というか、エリゼさんって、そんなキャラだったっけ?」
ユーリは真っ赤な顔で全力否定するが、エリゼはむしろその反応を楽しんでいるようだった。
「まあまあ、エリゼ嬢。ほどほどになさいませ」
オフィーリアが余裕の微笑みを浮かべてエリゼを宥める。
「それで、貴方様、会頭はなんの病気なのかしら?」
その問いかけに、ユーリは視線を逸らし、困ったように答える。
「えっ、いいじゃない、人には秘密にしたいこともあるんだよ」
「私は貴方様の妻の一人です。どんな恥ずかしいことでも受け止めてみせますわよ」
オフィーリアは優雅な笑みを浮かべながら、少し身を乗り出して続けた。
「いや、絶対、面白がって王太后様に報告するでしょ」
「私だって分別はありますわ。ですが、貴方様が困っている姿を見ていると、つい……ね?」
オフィーリアが楽しげに笑う中、ユーリは思わず目を逸らしながら呆れたように肩をすくめる。
(出会った頃の彼女が、こんな風に俺をからかう日が来るなんて……)
彼の脳裏には、初めてオフィーリアと出会ったあの日の光景が浮かんでいた。
あの時、彼女は冷静で気品があり、まるで氷の彫像のように完璧だった。
(確か、セリーヌ様の降嫁の儀だったっけ……あの時の彼女は、周囲を寄せ付けない雰囲気を漂わせてたなぁ)
その彼女が、今ではこんな風に笑顔で軽口を叩いてくる。
(なんだか不思議な気分だよな。でも、悪くない。むしろ、嬉しいって思ってる自分がいるのが困るんだけど)
オフィーリアの楽しげな笑顔が頭から離れず、ユーリは苦笑いを浮かべながら視線を戻した。
「ま、まぁ、その話はあとでするとして、夜会に向けた準備をみんなお願いするよ」
オフィーリアはその言葉に満足したように微笑み、涼やかな声で場を締めくくる。
「ふぅ、そこまで言い難いのであれば仕方ありませんわね。それでは、皆さま、各自で仕事を始めましょうか」
オフィーリアの言葉が応接室に響き渡り、全員が静かに頷いた。
室内には、これからの計画に向けた静かな決意の空気が広がっていく。
(みんながいれば、きっと白のクィーン幸せ計画も成功するはず)
ユーリはそんなことを考えながら、大きく息を吐き出したのだった。
◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆
ここまで読んで頂きありがとうございました。
オフィーリア、可愛くなった!!
と思ってくださいましたら、
https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837
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