22.白のクィーン幸せ計画 その1 ②

(この子、何お願いしてるの!?)


 ユーリは内心で叫ぶも、エレナは真剣に考え込むような表情を見せていた。


「そうですね……ここではお仕事も大変そうなので、ぜひお世話になりたいです」


 エレナの答えを聞いたアイナの口元にほのかな笑みが浮かんだ。

 それはまるで、思い描いた通りの展開になったことを確信するような微笑み。

 その目はどこか狡猾で、わずかに輝きを増している。


「安心してください。旦那様が里村を改良しており、素晴らしい工房がございますので」


 言葉を区切りながら、アイナは間を置いてとどめを刺すように続けた。


「もちろん、エレナ様には旦那様の……お世話もしていただけると助かりますわ」


(ホントにこの子、何をお願いしてるの!?)


 ユーリは心の中で全力で突っ込んだが、エレナは至って真剣な表情だ。


「お世話ですか?」


 エレナは小首を傾げながら、一拍置いて答えた。


「職人さんのお世話なら普段からしていましたので、お世話得意ですよ。任せてください!」


(えっ、任されちゃってくれるの!?)


 ユーリは思わず目を見開いた。

 エレナの純粋さに、何か危ういものを感じずにはいられない。


「ということは、仕立屋の見習い兼、侍女見習い……ということですね」


 エレナが無邪気に微笑みながら確認すると、アイナは満足そうに頷いた。


「まさにその通り。エレナ様は飲み込みが早くていらっしゃる。その調子で色々と飲み込んで頂けると、こちらとしても助かりますわ」


 さらりと投げられた言葉に、ユーリは思わず肩を震わせた。


(アイナさん、その言い方、色々とまずいから!)


 心の中で必死に叫ぶが、エレナは何も気にしていない様子で、力強く頷いた。


「はい、分かりました。頑張ります!」


 その力強い返事に、ユーリの中で何かが崩れる音がした。


(が、頑張っちゃうんだ……)


 ユーリは内心で呟きつつ、なんとか事態を収拾しようと口を開こうとする。

 だが、その前にアイナが楽しげな声を上げた。


「まあ、素晴らしい! 旦那様、エレナ様がここまで協力的でいらっしゃるとは思いませんでしたわね」


 わざとらしくユーリに視線を向けると、その目にはどこか勝ち誇ったような輝きが宿っている。

 さらに、アイナは微笑みを深めながら、ゆっくりと親指を立ててみせた。


「良かったですね、旦那様。エレナ様が飲み込んでくださるそうですよ」


 その仕草と一言が、絶妙にいやらしく、そして妙に堂々としている。


(何が、グッ、っだ!)


 ユーリは内心で全力のツッコミを入れるが、その声を誰かが聞き取るわけもない。

 その時、オフィーリアがふと視線を流し、艶やかな微笑を浮かべた。


「エリゼ嬢も素知らぬ顔をしておりますが……貴女も毎日飲むことになるのですわよ」


 その一言を締めくくるように、オフィーリアは喉を軽く鳴らした。

 まるで甘い蜜を味わうような仕草で、わずかに首を傾げる。


「旦那様が、心を込めて作ったミルクを」


 彼女の動作と言葉が妙に艶めかしく、ユーリは顔が熱くなるのを感じる。


(ぐっ……! どう考えても僕で遊んでるよね!)


 ユーリは必死に否定しようとするが、口を開けば墓穴を掘る未来が見え、何も言えないまま顔を赤くするしかなかった。


「えっ、まだ了承してませんけど! というか、毎日飲んでるのですか?」


 エリゼが驚いたように目を瞬かせながら尋ねると、オフィーリアが余裕の笑みを浮かべた。


「それはもちろん。栄養が満点ですから」

「旦那様が作ったミルク……それって……」


 エリゼが何かを察したように言葉を詰まらせたその時、エレナが手を叩いて明るい声を上げた。


「里村には牛さんやヤギさんもいるんですか?」

「えぇ、もちろんよ。母乳が出る雌がたくさんいますわ」


 アイナが平然と答え、エレナは目を輝かせた。


「見てみたいです! きっと可愛いんでしょうね!」

「えぇ、それはもう。なんたって旦那様が毎日丹精込めて育てていらっしゃるものですから」


(やめて~! 普通に牛の世話をしてるだけだよ! 違う意味ないよね!? わざとだよね!?)


 ユーリは内心で叫びながら、エレナとアイナのやり取りを見守るしかなかった。

 一呼吸おいてから、オフィーリアが微笑を浮かべ、エリゼにさらりと言い放つ。


「ガストン会長から『後宮に入れて再教育して欲しい』と頼まれておりますから、貴女も安心して楽しみにしてくださいませ」


 その言葉にエリゼは大きく目を見開いた。


「お父様……私に汚れ仕事をして商会のために働けというのですね……そして乳を出せと……」


 エリゼはそう呟くと、何かを悟ったように顔を覆った。


(汚れ仕事って、どういうこと!?)


 ユーリは内心で叫びながらも、ふと胸の奥で妙な感情が蠢くのを感じた。


(いや、確かにいつも申し訳ないとは思うけど……)


 自分の中に渦巻く後ろめたさと、それを覆い隠すような甘い欲望。

 その瞬間にふと漏れる吐息を思い浮かべると、理性とは裏腹にどうしようもない喜びが心を満たす。


(俺のバカ! 何考えてんだ!)


 頭の中では必死に否定しようとしているのに、身体が正直に反応する。


(でも、それでも……汚れてるとか言われると、なんか違う気がする! そう、愛、愛のなせる御業に違いない)


 葛藤の中、ユーリはもはや思考がどこに向かっているのか分からなくなっていた。


「うん? なんでエリゼちゃんが乳を出すの。牛さんの乳搾りをするんだよね?」


 エレナが首を傾げながら、純真そのものの笑顔で続けた。


「服が汚れても、私が可愛い服を仕立てるから任せて!」


 場の空気が一瞬止まる中、アイナがゆっくりと口元に笑みを浮かべる。


「旦那様、良かったですわね。お二人とも揉みがいがありそうで」


 その言葉に、ユーリの理性が一瞬飛んだ。

 思わず口が反応してしまう。


「確かに二人とも立派なものをお持ちで……」


 言った瞬間、ユーリはハッとして顔を真っ赤にしながら慌てて言葉を飲み込んだ。


「って、何言わせるんだよ! というか、そろそろ話を戻そうよ!」


 その声に、微妙な沈黙が場を支配しかけたその時――


「そ、そうですね。白のクィーン幸せ計画、失敗できませんもんね」


 リリィが真っ赤な顔をしながらも、勇気を振り絞って口を開いた。


「旦那様、役割分担はどうされるのですか?」


 その言葉に、ユーリは思わず内心でリリィを拝むような気持ちになる。


(あぁ、リリィ、君だけだよ……! 本当に救われるよ!)


 場の空気を見事に整えたリリィだったが、その次の瞬間、彼女はそっとユーリに近づいた。

 頬を真っ赤に染め、恥じらいがちに視線を伏せながら、耳元へと顔を寄せてくる。


「あの、旦那様……」


 リリィの声は、囁くようにか細く、それでいて耳に甘く響いた。


「……後で私が、飲んで差し上げますから」


 その瞬間、ユーリの思考が完全に停止した。


(……何を!? シュガー入りのホットミルクを作ってってことだよね!)


 脳内に警報が鳴り響き、何とか言葉を返そうとするが、適切な反応が思いつかない。


「旦那様……?」


 リリィが恥ずかしそうに、それでも真剣な瞳で見上げてくる。


「そ、そ、そ、そうだね! あとでお願いしようかな!」


 ユーリは喉が引きつるような感覚を覚えながら、何とか言葉を絞り出した。


「はい、お任せください」


 リリィが穏やかな微笑みを浮かべながら、素直に頷く。

 彼女の返事に、ユーリは自分の鼓動が妙に大きくなっているのを意識してしまう。


(いやいや! 余計なこと考えないで、話を戻さないと!)


 心の中で自分を叱りつけるようにして、ユーリはわざと咳払いを一つした。


「えーっと……じゃあ、まずリア」


 言葉を整えながら、視線をオフィーリアに向ける。


「子爵令嬢と面識があるんだよね? 今は部屋に引きこもっているらしいから、夜会への参加を説得してもらえるかな?」

「お、お任せください」


 オフィーリアが微かに視線を伏せながら答えた。その声にはいつもの冷静さとは違う、微妙な揺れが感じられる。

 そして次の瞬間、彼女も顔を近づけてきた。

 頬をうっすらと染めながら、耳元で囁くように口を開く。


「貴方様……私にもくださいな」


 その甘い声と囁きに、ユーリは今度こそ完全に言葉を失った。


(な、何が!? 何を!? お願いするの!?)


 思考が追いつかないまま、顔だけが熱くなるのを感じるのだった。




◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


ユーリ、羨まし過ぎ!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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