22.白のクィーン幸せ計画 その1 ①
セルツバーグ子爵との面会を終えたユーリたちは、サント=エルモ商会の応接室に戻っていた。
木製テーブルの上には、面会で得た情報が書かれた紙がずらりと並べられている。
そのいくつかには、事件に関係する場所や人々の行動が記され、さらにその上にはチェスの駒が置かれていた。
「結局、分かったことと言えば、ローゼンクライツ商会がベルクレア仕立工房を潰したい、ということだけだったね」
椅子に深く腰掛けたユーリが、テーブルを囲むオフィーリア、アイナ、リリィ、エリゼ、エレナを順に見渡した。
「取引のないベルクレア仕立工房が、あまりにも優秀だったからこそ、目障りになったのでしょうね」
オフィーリアは涼やかな声でそう言いながら、テーブル上の「ベルクレア仕立工房」と記された紙に軽く指を触れた。
「それなら工房だけを狙えば済む話だよね」
ユーリは顎に手を当てながら続ける。
「わざわざ子爵を巻き込む必要なんてどこにもない。商会の狙いがそこにあるとは思えないんだけど」
「そこが妙ですわ」
オフィーリアは白のクイーンが置かれた「セルツバーグ子爵令嬢」と書かれた紙を見つめながら考え込むように言う。
「ただの工房潰しにしては、リスクが高すぎますわ。貴族を巻き込む以上、もっと深い狙いが隠されているのではないかしら」
「その点を突き止めないことには、どう動くべきか決められませんね」
エリゼが静かにそう言いながら、黒のキングが置かれた「ローゼンクライツ商会」の紙を指でトントンと叩いた。
「情報が足りなさすぎますわね」
オフィーリアが頬に手を添えながら、少し不満げに呟く。
「情報収集の方は任せて、その代わりに、白のクィーン幸せ計画の方をお願いできる?」
ユーリがそう言いながら、テーブルに置かれた白のクィーンの駒に軽く触れると、オフィーリアが優雅に髪をかきあげた。
「まさか傷心している令嬢を、自分の後宮に迎えることで『幸せ』にしようだなんてお考えではありませんよね?」
涼やかな笑みを浮かべながら冗談めかして言うその一言に、ユーリの心臓が一気に跳ね上がった。
「な、何を言ってるんですかね、オフィーリアさん!」
ユーリは慌てて手を振り、必死に否定する。
「そんなこと、思ってませんよ! 後宮に入れば幸せ、なんて……!」
(いやいや、最近ちょっと調子に乗ってたかもしれないけど! そんなつもりはない! 本当に!)
「ふふ、冗談ですわ」
オフィーリアは口元に手を添えて小さく笑った。
その優雅な仕草に、一瞬場が和むかと思いきや、瞳の奥には何か含みがあるように見える。
(まさか、セリアの宿題を忘れないようにってことかな……)
イシュリアス辺境伯領へと向かう前にセリーヌに言われた言葉が脳裏に浮かぶ。
『計画の人手が足りないのですから、最低でも一人は側室か妾を連れてきてくださいね。胸が大きくなくても構いませんが、優秀で仕事ができる人を選んでくださいな』
(セリアはロマンを分かってない! というか、そんなこと考えてる場合じゃなかった)
ユーリは慌てて頭を横に振り、煩悩を外へ追い出した。
「それでね、女伯の夜会で、子爵にウェディングドレスを着せると約束したんだよ」
その瞬間、部屋の空気が凍りついた。
「えっ……」
リリィが固まったままユーリを見つめ、エリゼは羽ペンを持つ手を止めて目を瞬かせる。
(……え、なんか俺、変なこと言ったか? というか、なぜエリゼさんはそんな期待の目をしてるの?)
ようやく場の異変に気づいたユーリが周囲を見渡すと、全員の視線が一斉に彼に向けられていた。
「しゅ、シュトラウス卿、ち、違いますよ!」
エレナが慌てて立ち上がり、申し訳なさそうにユーリに向き直る。
「子爵にウェディングドレスではなく、子爵令嬢様に夜会用のドレスを着せて、ご令息様にプロポーズしてもらう計画です!」
「……え、あ、ああ! そうですよね! それ、それです! 俺、そんな変なこと言うわけないじゃないですか!」
誤魔化そうと必死に手を振るユーリだったが、場の空気はまだどこか笑いを堪えるような緊張感に包まれていた。
「驚きました。まさか旦那様が、壮年の男性を娶るという新しい道を選ばれたのかと」
アイナは冷静にため息をつき、視線をユーリに向ける。
「あぁ、もしかして、夜会のドレスを脱がせるのに飽きたから、次はウェディングドレスを狙っているとか……」
アイナはわざとらしく首を傾げながら、軽く微笑む。
その言葉に、ユーリの顔は真っ赤に染まり、慌てて手を振った。
「なっ、アイナさん!」
ユーリは目を見開き、全力で否定しようとするが、震える手のせいで余計に挙動不審に見える。
アイナは閃いたような仕草を見せ、軽く頷くと、さらに追い打ちをかけるように口を開いた。
「そうでしたね。旦那様は途中まで、がお好きでしたね」
「と、途中まで!? って何の話ですか!」
勢いよく反論するユーリだったが、アイナは全く気に留める様子もなく、さらに微笑みを深める。
「服を洗う侍女の気持ちにもなっていただきたいものですが……」
その瞬間、オフィーリアとリリィの動きがピタリと止まった。
二人の顔はみるみる赤く染まり、視線をさりげなくユーリから逸らしていく。
(えっ、なんでそこで顔を赤くするの!? 数回だけど、汚してごめんなさい!)
ユーリの頭の中で過去のあれこれが蘇り、必死に打ち消そうとする。
一方、エリゼは目を輝かせながら口元を押さえ、ぽつりと呟いた。
「シュトラウス卿が壮年の男性と切り開く新しい道……これはこれで面白そうですわね」
「ええっ!? ちょっと待って! ぜんぜん面白くないですよ!」
ユーリは慌てて否定するが、エリゼは耳に入っていないらしい。
目を輝かせながらさらに妄想を膨らませていく。
「そうでした、シュトラウス卿がドレスを半分脱ぐ話でしたね。そこから先は……オフィーリア様に優しく――いえ、激しく押し倒され、リリィ様は少し余裕を見せながら――」
「いや、僕は着ないし脱がないよね! ちょっと押し倒されてみたいけど……」
「ちょ、私はそんなことしませんわよ!」
オフィーリアが声を張り上げ、顔を真っ赤にして抗議するが、その視線は微妙にユーリを避けている。
「そ、そうです! どちらかといえば、旦那様が脱がすんです!」
リリィも必死に言い訳をするが、すでに場の空気は完全に混沌としていた。
(そんなハッキリ言わないで!)
ユーリは思わず頭を抱えそうになったが、どうにか堪える。
その時、純粋すぎるエレナがぽんと手を叩いて頷いた。
「なるほど。シュトラウス卿があんなにドレスに詳しかったのは、奥方様たちのお着替えのお手伝いをされていたからなのですね」
その言葉に、エレナ以外の全員が硬直した。
まるで透明な純白の矢が、全員の胸に突き刺さったようだった。
(エレナさん……清らかすぎる!)
ユーリは目を細めて、まぶしさに耐える。
そんな中、アイナがため息混じりに口を開いた。
「いやはや……純粋さに一瞬気を失いかけましたわ」
アイナは平然とした笑顔を浮かべながら、言葉を続ける。
「エレナ様、この騒動が落ち着いた後、行くところがないようでしたらレーベルク男爵領にお越しください。夜のドレスを仕立てていただければ助かりますし、毎日のお洗濯もご一緒にいかがですか?」
◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆
ここまで読んで頂きありがとうございました。
エリゼの妄想シーンを見てみたい!!
と思ってくださいましたら、
https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837
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