17.ベルクレア仕立工房 ②
やがて、エリゼが案内した先に木製の重厚な扉を備えた工房が見えてきた。
入り口には職人の手による精緻な看板がかかっており、装飾には洗練されたセンスが感じられる。
「こちらがベルクレア仕立工房でございます」
エリゼが扉を開けた瞬間、室内から荒々しい声が響き渡ってきた。
ユーリは何事かと慌てて中を覗くと、数名の屈強な男たちが威圧的に立ちはだかっているのが見えた。
彼らの中心には、少し恰幅の良い男が両手を腰に当て、一人の女性職人を睨みつけている。
女性の足元には、ボロ布のように破れたドレスが、無情に転がっていた。
その端からは糸がほつれ、布地は引き裂かれたように乱れている。
「よくもまあ、こんな中途半端なものを渡してくれたな! 夜会で糸がほつれて脱げるなんて、まるで笑いものだ! 一体どう責任を取るつもりだ?」
男は声を荒げて続ける。
「そのせいで、子爵様のご令嬢は泣きながら夜会を後にする羽目になったんだぞ。もしこれで婚約が破談にでもなったら、どうしてくれるんだ? あぁん?」
男の怒鳴り声に、女性職人は顔を青ざめさせながら腰を抜かし、床に尻もちをついた。
「旦那様……」
リリィが小声でそう呟きながら、不安げな表情でユーリの裾を掴む。
「リリィ……大丈夫だよ、大丈夫だから」
ユーリはリリィを落ち着かせようと微笑み、そっと彼女の肩に手を置いたあと、エリゼに尋ねる。
「……あいつら誰か知ってる?」
「中央に立っているのはローゼンクライツ商会の従業員みたいですね。その周囲にいるのは、
エリゼが小声で答えると、ユーリは内心で納得した。
(あ~。そんな連中もいたな……さて、どう動くべきか)
彼らの主張が正しいなら、ベルクレア仕立工房が悪いという話になる。
しかも、背後に子爵家が控えているとなれば、ここで騒ぎ立てるのは逆効果だろう。
下手に刺激すれば、状況が悪化しかねない。
ユーリが難しい顔で思案していると、エリゼが視線を向け、座り込んでいる女性について説明してくれた。
「あそこで腰を抜かしているのが、エレナ・ベルクレアです」
ユーリが彼女に目を向けると、エリゼは躊躇いがちに口を開いた。
「エレナとは、以前からお付き合いのある友人なんです。でも……今は、どう出るべきか慎重に考えたほうが良いかと。あのローゼンクライツ商会の者たちは厄介で、下手に動くと工房への圧力がさらに増してしまうかもしれませんから……」
エリゼはスカートの裾をぎゅっと握りしめ、耐えるように言葉を吐き出した。
「ですので、もう少しだけ……様子を見させていただけませんか、シュトラウス卿」
目尻に涙を浮かべながら懇願するエリゼのけなげな姿に、ユーリは微笑みを浮かべ、そっと彼女の頭に手を乗せて安心させるように撫でた。
「分かった。いざとなったら僕が何とかするから、その時は任せなさい」
突然の仕草に、エリゼはぱっと顔を上げ、驚いたようにユーリを見つめる。
その頬がほんのりと赤く染まり、目をぱちぱちと瞬かせた。
「あ……ありがとうございます、シュトラウス卿……」
エリゼの表情が、緊張から解放されたように和らぎ、ふんわりと微笑む。
その様子がなんとも可愛らしく、ユーリは思わず胸の内が温かくなるのを感じた。
しかし、ほっこりしていたのも束の間、再び男の怒鳴り声が室内に響き渡った。
ユーリがそちらに目を向けると、エレナが必死に言葉を絞り出している。
「申し訳ありません……お渡しした時には確かに出来上がっていたのです」
「出来上がってないから、こんなことになってるんだろうが! 弟子のお前じゃ話にならないだろうが、親方はいねーのか!」
周囲で囲んでいた
「申し訳ありません……親方は不在でして……」
しかし、彼女の言い訳を遮るように、男は鼻で笑い、無遠慮に手を振った。
「おいおいおい、まさか親方がいないのに弟子だけで仕立てたのか? こっちは高い金を払ってるんだぞ。親方がいなかったら、誰が品質保証してくれるんだ? この街の仕立屋ギルドでは、それが許されてるのか?」
男の言葉に、エレナは一瞬で顔を真っ青にして、震える声で答えた。
「そ、それは……親方が急用で不在の間、どうしてもご依頼に間に合わせるために……できる限りのことを……」
しかし、男はエレナの説明を聞き入れる様子もなく、嘲笑を浮かべた。
「できる限りだぁ? そんな言い訳が通用すると思ってるのか? こっちは完璧な仕事を期待して金を払ってんだよ!」
エレナは肩を小さくすくめ、必死に言葉を絞り出そうとするが、その目にはすでに涙が滲んでいる。
ユーリは、男のあまりにも横柄な態度に眉をひそめた。
男たちはまるで聞く耳を持たず、大きな声で威圧するばかり。
その様子に、ユーリの胸の内には少しずつ苛立ちが募っていく。
見ているだけで、不快感がじわじわと広がっていくようだった。
(かといってこちらから手を出すのはまずいし……仕方ない、プランGで行くか)
エレナが必死に口を開こうとするが、それを遮るように別の男が一歩前に出て、彼女の前で拳を鳴らした。
「わかってんだろうな、これがどれだけの損害を生んだか。あんたら貧乏な工房には、到底払いきれない額だろうよ」
冷笑を浮かべるその男の顔には、明らかにエレナを見下す侮蔑の色が浮かんでいる。
ユーリはその様子に眉をひそめ、小声でリリィに囁いた。
「リリィ、プランGで行くから準備して」
リリィは驚いたように「えっ、なんですかそれ」とユーリを見上げたが、彼は唇に人差し指を当て、静かに目配せをする。
とうとうエレナの瞳から涙が零れ落ちた。
「親方が戻り次第、改めてご説明と謝罪を――」
「親方? そんなものを待ってる時間があると思ってるのか?」
男の一人が悪意に満ちた笑みを浮かべ、肩をすくめた。
「払えないなら……そうだな、お前が身体で稼いで来い。いい娼館を知ってるから、そこで可愛がってくれる客もいるだろうよ!」
そう言いながら、
「待て! 嬢を離しやがれ!」
裏口から覗いていた職人がエレナを助けようと飛び出してきたが、エレナの髪を掴んでいた男が振り返り、拳を振り上げてその職人を迎え撃とうとする。
(今しかない!)
◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆
ここまで読んで頂きありがとうございました。
エレナさんも、ハーレムの一員に!!
と思ってくださいましたら、
https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837
から『レビュー』の★評価、フォロー、応援♥をお願いします。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます