17.ベルクレア仕立工房 ①

 イシュリアス辺境女伯との会合を終え、サント=エルモ商会に戻ったユーリたちは、宴の準備が整ったサロンへと案内された。

 扉が開かれると、豪華な装飾が施された室内には煌めくシャンデリアが金色の光を放ち、テーブルに並べられた料理がその輝きを受けて美しく映えていた。

 コの字に配置された長テーブルの上には、焼き立てのパンや、上質なハーブとスパイスで仕上げられた肉料理やシチューが並び、芳醇な香りが鼻孔をくすぐった。

 中央の空きスペースには演奏家たちが控え、楽器の調律を済ませながら、まもなく始まる宴を待ち構えている。


「お疲れさまでした、シュトラウス卿。お戻りをお待ちしておりましたぞ」


 ガストンは満面の笑みで手を広げ、ユーリたちを温かく迎え入れた。

 その隣には、淡い青の髪を持つ美少女が控えている。

 彼女の髪は緩やかに編み込まれ、華奢な肩にふんわりとかかっていた。

 シャンデリアの光を受けた髪が微かに揺れ、まるで水面に反射する光のように幻想的な輝きを放っている。

 柔らかく微笑む彼女の瞳には、どこか妖艶な魅力があり、思わず視線が引き寄せられる。

 ほんの少し体を傾けた拍子に、胸元が軽く揺れ、白い肌がちらりと覗く。

 清楚な中にもほのかな色気が漂い、ユーリは無意識に目を奪われてしまった。

 シンプルなドレスながらも、彼女の曲線美を惜しげもなく強調しており、細いウエストから広がるスカートが彼女の動きに合わせて優雅に揺れる。


「こちらは私の娘、エリゼです。ぜひシュトラウス卿にお会いしたいと申しておりまして」


 ガストンが隣に立つ美少女を紹介すると、エリゼは上品にカーテシーを披露し、澄んだ声で挨拶をした。


「シュトラウス卿、お目にかかれて恐れ多く存じます。私、エリゼ・ディオレアーノと申します。このような機会をいただき、大変光栄に存じます」


 透き通るような声に、一瞬、周囲の者たちが聞き入るように動きを止めた。


「こ、こちらこそ、お会いできて光栄です」


 ユーリはなんとか視線を上げ、エリゼの顔を見ながらぎこちなく笑顔で少しだけ頭を下げた。

 エリゼは隣に立つオフィーリアの方を向いて同様に挨拶をする。


「シュトラウス副夫人、初めまして。エリゼ・ディオレアーノと申します。このようなご縁を賜りまして、大変光栄に存じます」


 その言葉にオフィーリアは柔らかな笑みを浮かべ、わずかに頭を下げて応じた。


「初めまして、エリゼさん。こちらこそ、お会いできて嬉しく思いますわ。ぜひ商売に関してお話を伺わせて頂きたいですわ。それから、私のことはオフィーリアで構いませんわよ」


 オフィーリアは品のある仕草で微笑み、エリゼを優しく見つめた。


「ありがとうございます、オフィーリア様。至らぬところもございますが、少しでもお役に立てるお話ができれば幸いです」


 エリゼはオフィーリアの言葉に少し緊張した様子で微笑みながら、恭しく返事をした。


「シュトラウス卿、シュトラウス副夫人、どうぞお席へ。今日はささやかではありますが、宴を用意しました。どうかくつろいで楽しんでいただければ」


 ガストンが手を差し出し、主賓席へとユーリを案内する。

 彼が座につくと、オフィーリアとエリゼがユーリの両隣にさりげなく腰を下ろした。

 ふわりと漂う花のような香りが、ユーリの鼻をくすぐる。


「シュトラウス卿、会合のお疲れが少しでも癒えますよう、精一杯おもてなしさせていただきますわ」


 エリゼがささやくように話しかけ、しとやかに微笑む。

 その言葉と視線がまるでユーリだけに向けられたもののようで、彼は心拍がわずかに早まるのを感じた。

 差し出された銀のカップに真紅のワインが注がれ、ユーリはエリゼに倣ってゆっくりと口に運ぶのだった。




 一夜が明け、澄んだ朝の空気が商会の庭を包んでいた。

 ユーリはリリィと共にガストンの紹介する仕立て屋工房へと向かうため、玄関先で待ち合わせをしていた。

 オフィーリアとアイナはガストンとの商談のために商会に残っている。

 案内役としてエリゼが現れ、穏やかな微笑みで二人に向けて軽く礼をする。


「おはようございます、シュトラウス卿、エーデルワイス卿。本日は私がご案内役を務めさせていただきます。どうぞよろしくお願いいたします」


 エリゼの丁寧な言葉に、ユーリは微笑み返し、軽くうなずいた。

 昨夜の華やかな宴から一転して、彼女はシンプルなドレスに身を包んでいるが、その清楚な装いがかえって彼女の魅力を引き立てている。

 ユーリとリリィと共に商会の外へ出ると、エリゼは少し戸惑った様子で、周囲を気にしながら声を潜めるように尋ねた。


「シュトラウス卿、あの……護衛の方がご一緒でないご様子ですが、このまま歩いて行っても、問題ないのでしょうか?」


 控えめな口調で尋ねるエリゼの瞳には、心配の色が浮かんでいる。

 ユーリは少し照れたように頬をかきながら答えた。


「大勢で押しかけるのも申し訳ないからね。それに、何かあっても……きっと、たぶん大丈夫。それから、一応お忍びだから、そんなに堅苦しくしなくていいよ」


 エリゼは少し不安そうにしながらも、ゆっくりと頷き、案内役として先に立って歩き始めた。


 朝日が降り注ぐ街はすでに活気で溢れ、露店から漂うパンの香ばしい香りや、行き交う馬車の音が街の息吹を感じさせる。

 エリゼは自然な歩調で進みながら、時折立ち止まっては街の様子を説明し、道端で顔見知りの商人たちに軽く挨拶を返していた。


「こちらの道を抜けると、仕立て屋工房が見えてまいります。ご紹介するのは、父が信頼を寄せている職人の工房ですの」


 ユーリはエリゼの案内に耳を傾けつつ、街の賑やかな光景を楽しんでいた。

 隣でリリィも瞳を輝かせ、目に映る景色を心から楽しんでいる様子だ。


「あとで、市に寄ってみる?」


 ユーリが何気なくそう声をかけると、リリィの表情が一瞬で明るくなった。

 大きな青い瞳がぱっと輝き、頬がほんのりと桜色に染まる。


「……いいんですか?」


 信じられないような顔でユーリを見つめるリリィ。

 彼がうなずくと、リリィは嬉しさを抑えきれない様子でふわりと笑みをこぼした。

 その笑顔はまるで花がほころぶように純粋で、周囲の空気まで明るくするような無邪気さがあった。

 柔らかなピンクの髪が軽やかに揺れ、風にふわりと舞い上がる。

 興奮を隠せないのか、リリィは少し跳ねるような足取りでユーリのそばに寄り添い、期待に満ちた表情を向ける。

 リリィにつられて、ユーリの頬も自然に緩んだ。

 ふとエリゼの方を見ると、驚いた表情をする彼女と目が合った。

 気になったユーリが尋ねる。


「もしかして、帰りに寄る時間がない?」

「い、いえ、大丈夫です。帰りがけに寄って帰りましょう」


 エリゼは慌てながら手を軽く振って微笑み、「さぁ、行きましょう」と言って工房に向かって歩き出した。

 ユーリとリリィは不思議そうに顔を見合わせて首をかしげたが、すぐにエリゼの後を追って歩き始めた。



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


オフィーリアとガストンがどんな商談したのか見てみたい!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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