16.サント=エルモ商会 その2 ②

「それで、お前はどんなアドバイスをその貴族にしてやったんだ?」


 エリゼは父の問いに、「聞きたいの? そこまで言うなら教えてあげる」と鼻を高くして話を続けた。


「まず、彼には自分の本心を素直に伝えるように言ったわ。『言葉で誤解を招いたのなら、誠実な行動で示すべきよ』ってね。だから、まずは彼女が好きだという気持ちをきちんと伝えること。そして、彼女の前で頭を下げて、会場で何が起きたのか、自分がどう誤解したのかを正直に話すように勧めたの」


 ガストンは驚いたように目を少し丸くし、それから苦笑した。


「ふむ、確かにそれなら相手も彼の誠意を理解するかもしれん。お前、本当に人を動かすのが上手いな」


 エリゼは肩を軽くすくめ、わずかに笑みを深めた。


「ただ話を聞いて慰めるだけじゃないのよ。彼のためにも、彼女のためにも、二人が幸せになれる方法を考えてあげたの。そのお礼として、少しばかりのデザートとプレゼントをいただいただけよ」


 その態度に、ガストンはしばし沈黙したまま彼女を見つめ、そして思わず頭を抱える。


「お前は本当に抜け目がないな……。そうやって上手く立ち回るところは、私よりも母さんに似ているのかもしれん」


 ガストンの顔には半ば呆れ、半ば誇らしげな表情が浮かんでいた。

 エリゼはその反応に小さく笑みを深めた。


「お父様、これも商会のためよ。貴族たちとの関係は、いい情報源でもあるし、後で役に立つことも多いんだから」


 エリゼがそう言い切ると、ガストンは少し考え込むように視線を落とし、ため息をつきながら答えた。


「……ふむ、確かにその通りだな。お前はよくわかっておる」


 ガストンは一瞬言葉を切り、真剣な表情でエリゼを見据えた。


「であれば、エリゼ。我が商会が今後生き残るためにも、お前にはレーベルク男爵夫の後宮に入ってもらえるよな」


 エリゼは息を整え、口元を引き締めて父を見つめ直した。


「お父様、本気で言っているの? 後宮に入ることが商会のためになると……本当にそう思っているの?」


 ガストンは静かに、しかし力強く頷いた。


「あぁ」


 その短い返答に、エリゼは鋭い視線を父に向けた。


「それじゃあ、証拠を出してちょうだい。ミツグ君や、これから現れるイケメンエルフを超える価値が、その残念貴族に本当にあるのかを」


 部屋の空気が一瞬静まり返り、ガストンの目が細められた。

 無言のまま、彼は机の引き出しを開け、中からいくつかの品を取り出し始める。

 エリゼは何が出てくるのか興味をそそられ、思わずその手元に視線を落とした。

 最初に取り出されたのは、白く艶やかな塊。

 石鹸のように見えるが、エリゼが知っている獣脂石鹸のごつごつした感触とはまるで違う。

 滑らかで洗練された質感を放つそれは、まるで帝国の高級石鹸にも引けを取らないほど上質で、思わず息を呑んだ。


「今日、使ってみるか?」


 ガストンがニヤリとしながら勧めてくる。


「…まぁ、品物に罪はない、よね」


 エリゼは一瞬ためらいながらも、その白く輝く塊から目を逸らすことができなかった。

 ガストンはその様子に満足そうに目を細め、「お前も年頃の女なのだな」と朗らかに笑った。

 悔しさを感じ、エリゼは思わず拳を握りしめる。


「くっくっく、驚くのはこれからだぞ」


 ガストンの含み笑いにエリゼが首を傾げると、彼は得意げに次々と品物を机の上に並べ始めた。




 それから一通り品物を並べ終えると、ガストンは満足げに大笑いした。


(く、くやしい……)


 品物が置かれるたびに、見たこともない美しさに思わず目を見開いてしまった自分を思い出し、エリゼは内心で唇を噛んだ。


「というか、なんでうちの商会でも取り扱うのが大変な品物がここにあるのよ!」


 エリゼは半ば興奮しながら、ガラス細工と絹糸を手に取り、ガストンに向かって叫ぶ。

 それを見て、ガストンは楽しげに肩を揺らし、「さあて、どうしてだろうな」と含みのある笑みを浮かべた。


 エリゼはその意味深な笑みを見つめながら考えを巡らせた。


「もしかして……レーベルク女男爵夫が持ってきたの?」

「そうだ。そして、もしかしたら……商人ギフトとは鑑定眼のことなのかもしれんな」


 ガストンは石鹸を手に取り、その精緻な細工に目を細めながらボソリと呟いた。


「どういうこと?」


 エリゼは小さく眉を寄せ、ガストンをじっと見つめた。


「鑑定眼には、素材を見極め、その使い道まで見通す力があると聞いたことがあってな……」


 ガストンは手元の石鹸を見つめながら、ボソリと呟いた。


「お金になりそうね……」


 思わず口をついて出た自分の声に、エリゼ自身もハッとした。


「は? 何を言っとるんだお前は?」


 ガストンは思わずぽかんとした表情を浮かべ、呆れたように声を上げる。

 しかし、その隙にエリゼの顔は何かを思いついたように輝き出した。


「お父様、わかったわ! レーベルク女男爵夫をミツグ君の一人にすればいいのね!」

「あ、アホかお前は! 女男爵夫にはレーベルク女男爵がおられるんだぞ!」


 ガストンは一瞬絶句し、眉をひそめてエリゼを見つめた。

 エリゼは「そう言えば、セリーヌ様と結婚してたわね……」と、少し考え込むように呟いた。


(セリーヌ様が選んだ男……本当に鑑定眼を持っているのかしら……)


 そう考えると、エリゼの気持ちは自然と引き締まった。


「お前が後宮に入る意味が分かったか?」


 そう問われて、エリゼは静かに頷いた。

 後宮に入ることで、これらの商品をどうやって手に入れたのか、その秘密を知る機会も得られるだろう。

 それは理解している。

 だが――


「確かに、これらの商品を仕入れられるとなれば……わかります。でも、本当に他の貴族との縁を切ってまで後宮に入る意味があるのですか?」


 エリゼの真剣な問いに、ガストンはしばし視線を落とし、考え込むように静かに息をついた。

 その顔には、何か言い難い重みが見て取れる。


(なに、なになに、そんなに重い話なの?)


 エリゼは内心で少し焦りながらも、じっと父の答えを待った。

 しばらくして、ガストンは深く息を吐き、小さく頷きながら慎重に言葉を選び始めた。


「……エリゼ、レーベルク女男爵夫の計画は、ただの『仕入れ』にとどまる話ではないんだよ。私も驚いたが、彼の目標は、レーベルク領を一大貿易拠点に育て上げることにある」


 ガストンの言葉にエリゼは一瞬きょとんとし、それから思わず吹き出して大笑いした。


「お父様、何を寝言を言っているんですか? レーベルク男爵領は王国の最果て、東にはアララトス山脈、南には魔の森が広がっているのよ。貿易拠点って、まさかドラゴンや魔獣と貿易でもするつもりですか?」


 エリゼの言葉にガストンは笑みを返しながら、穏やかに首を振った。


「まぁ、お前と同じ反応を儂もしたよ。それでも、彼の目にはただの商売とは違う……何か大きな夢があるように感じるんだ。あの若者は、本気で領地を立て直す覚悟を持っている。そして、儂も一緒にその夢を見たいと思っている」


 その時のガストンの眼差しは、商人としてではなく、どこか少年のようにワクワクしたもので、エリゼは父がこんな表情をするのを初めて見たような気がした。


「そ、それほどまでに……?」


 ここまでガストンが誰かに傾倒した様子を見たことがなかったエリゼは、思わず問いかけてしまった。


「あぁ、どこまで現実味があるか分からんが、既に『パサージュ』という商店街を作り、商人たちを集める工夫も始めておる。さらに美のサロンを設立し、美容商会の運営も視野に入れておられるそうだ」


 ガストンは顎をさすりながら、何かを思い出すように少し考え込んでいる。


「美容……商会? 何それ……」


 驚きに目を輝かせているエリゼを見て、ガストンは少し感心したように呟いた。


「お前がそこまで興味を持つとは……。うむ、レーベルク女男爵夫の計画は成功するかもしれんな……」


 エリゼは少し考え込み、決意を固めたように頷くと、真剣な表情で父を見据えた。


「分かりました。私も商人の娘ですもの。まずは側近としてそばに仕え、この商会に本当に価値をもたらすかどうか、見極めさせていただきます。その上で……後宮に入るかどうか、改めて考えさせてください」


 エリゼはそう言いながら手を胸に添え、父に向けて微笑んで見せた。




◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


エリゼさんも、ハーレムの一員に!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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