13.イシュリアス辺境女伯 ②

「姫様、安易に他領の発展に手を貸すのは如何なものでしょうか? 技術を持った職人は領地の宝。それに、彼らは大事な税を払っている領民でもあります。技術の流出だけではなく、一時的とはいえ税収が悪化する可能性もありますが、そのあたりをお考えでしょうか?」


 嫌味を込めたその口ぶりからは、リリアーナが簡単に協力を表明するのを阻止しようという意図が見え見えだった。

 しかも、あからさまに会話を遮るように割り込んできた態度から、彼女を領主として尊重していないことが明らかである。

 その視線はまるで、「女領主などお飾りでいればよい」とリリアーナに忠告しているかのようだった。


(あぁ、本当に腹が立つ)


 リリアーナは、軽くため息をつきたくなるのを抑えながら、毅然とした表情を保って筆頭貴族に視線を向けた。


「辺境全体の発展に資するならば、技術の一部を共有することも、長期的には我が領地にとって利益となると考えています」


 その一言に、ギデオン派筆頭貴族は小さく鼻を鳴らし、冷ややかな笑みを浮かべる。


「ですが姫様、隣接する領地が急激に発展し、もしもこちらと対立した場合はどうでしょう? 援助した資源が、後に我が領の脅威とならぬ保証はあるのですか?」


 あくまで厄介な質問を投げかけ、リリアーナの判断に疑念を抱かせようとしている。


「互いに信頼関係を築くことこそが、真の安定と発展をもたらすのではないでしょうか。これは我が領が対立ではなく、協力を前提に関係を築いていこうという意思の表れです。それに、レーベルク男爵領は寄子。子に力を貸さぬ親はおりません」


 リリアーナの言葉を受け、彼はふん、とあからさまに鼻で笑った。


「寄子、寄子と仰いますが、姫様。親がただ甘やかして子が健全に育つでしょうか? むしろ、親として鍛えるために厳しくあたるのが務めでは?」


 さらに嫌味たっぷりに声を低め、続ける。


「しかも、レーベルク男爵領にだけ便宜を図るのは……まさか、シュトラウス卿に何か特別な感情をお持ちなのですかな?」


 薄笑いを浮かべながら、さらに言葉を重ねた。


「こうして頼られるのも考えものですな。他領が次々と姫様の『お力』に期待して頼ってくれば、ご負担が増すばかりではありませんか? こう申し上げるのも、姫様の御身を案じてのことですぞ」


 表向きは心配するように装っているが、彼の皮肉めいた口調には、リリアーナの統治を疑う意図が隠しきれていなかった。

 その言葉を聞きながら、リリアーナは冷静を保とうとしつつも、内心の怒りを抑え込むのに少しばかり苦労していた。

 意地悪そうな笑みを浮かべ、ユーリに視線を向ける。


「それで、シュトラウス卿。貧乏領地に大切な金の卵を預けて、一体何を生んでくれるおつもりですかな?」


 ギデオン派筆頭貴族は、ユーリを値踏みするような目で見下していた。

 寄子であるユーリに対し、貴族としての礼を欠くどころか、侮辱とも取れる態度を隠そうともしない。


(申し訳ありません……私にもっと力があれば……)


 リリアーナは内心で歯を噛みしめ、申し訳なさで胸が一杯になった。

 しかし、挑発にも動じることなく、ユーリは表情を崩さず、笑顔で応じた。


「求めるものは、絹の仕立て技術を持った職人です。そして差し出せるものは、我が領地で作られた絹糸の生地となります」


 そう言い切ると、ユーリは一度リリアーナに目を向け、次にギデオン派筆頭貴族にまっすぐと視線を戻して毅然と続けた。


「絹糸は皇国から輸入しているとお聞きしています。イシュリアス辺境伯領は、塩と絹の町。絹を仕立てて帝国へ輸出することで、オルタニア王国を支えている生命線とも言えるでしょう」


 リリアーナは内心で驚きを隠しきれなかった。

 これほどの侮辱を受けても笑顔で応じるユーリの度胸にまず驚かされ、イシュリアス辺境伯領の立ち位置を完璧に理解している知識の深さにもさらに驚かされた。

 そして――皇国でしか生産できないはずの絹糸を「自領で作っている」というその言葉に、思わず目を見開き、息を呑んだ。


(絹糸を、皇国以外で……? そんなことが、可能だというの?)


 思考が一瞬止まるほどの衝撃が、リリアーナの胸を大きく揺さぶった。

 だが、驚愕したのはリリアーナだけではなかった。

 ギデオン派筆頭貴族もまた、目を見開き、口をあんぐりと開けていた。

 数秒間、信じられないものを見たかのように固まっていたが、次の瞬間には顔を真っ赤にし、目つきも険しく変わった。


「な、なにを馬鹿なことを! 絹糸は皇国でしか作れぬと決まっているのだ! それを、貴殿の貧しい領地で? そんな戯言、誰が信じるものか!」


 怒りに声を震わせ、まるで唾を吐きかけるように言葉を続ける。


「我々を騙そうとしているのか? 嘘偽りで領主を欺こうとするなど、大罪もいいところだぞ、シュトラウス卿! もしも……もしも、その話が本当だというのなら、製法をここで開示したまえ!」


 ギデオン派筆頭貴族は、怒りに肩を上下させ、息を荒げていた。

 顔を真っ赤にし、息も絶え絶えにユーリを睨みつけている。

 ユーリはそんな彼を冷静に見ながら両肩を上げて呆れるように言った。


「貴方は馬鹿ですか? なぜその製法をここで明かさなければならないのでしょう」


 その一言に、ギデオン派筆頭貴族は呆けた顔をして口をパクパク金魚のように開閉させている。


「私は今、イシュリアス辺境女伯と話をしているのですよ。さっきから横入りばかりして、領主の言葉を遮るとは……もう少し無い知恵を絞ってお話になっては?」


 ユーリの冷静な言葉に、広間が凍り付く。


(よ、よくぞ言ってくれました!)


 リリアーナは内心で感動し、胸が熱くなるのを感じた。


「き、貴様! わしが誰か知って言っておるのか! 寄親の家臣であるこの私を侮辱するとは……無礼にも程があるぞ!」


 ギデオン派筆頭貴族は顔を真っ赤にし、今にも爆発しそうな勢いで声を張り上げる。

 だが、ユーリは冷静なまま、少し首をかしげてみせた。


「あれ? 閣下の家臣でしたか? 閣下の家臣であれば覚えていたのですが……ああ、そうでした、ギデオン卿の家臣の方のお名前までは存じておりませんでした。大変失礼しました」


 彼がとぼけた様子で言うと、広間の空気はさらに凍りつき、ギデオン派筆頭貴族の顔は怒りで真っ赤に染まった。

 リリアーナも心の中で思わず喝采を送り、ユーリの態度に内心で小さくガッツポーズをした。


(でも、さすがにこれ以上は不味いわね)


 リリアーナは深呼吸をし、毅然とした口調で言った。


「シュトラウス卿、家臣が無礼を働いたことを謝罪します。ですが、これ以上は卿も控えて頂けますか」


 すると、ギデオン派筆頭貴族が目を剥き、悔しそうに声を荒げた。


「なっ! 姫様、田舎者の女男爵夫風情の戯言をお聞きになられるのですか!」


 その発言に、リリアーナの表情がぴんと引き締まる。

 冷たい視線をギデオン派筆頭貴族に向け、短く言い放った。


「貴方は黙っていなさい」


 その一言に、広間全体から驚きの声が漏れた。

 ギデオン派筆頭貴族は屈辱に震えながらも、リリアーナを睨みつけている。


 そんな彼を無視して、リリアーナは改めてユーリを見つめた。

 敬愛するセリーヌ様を娶った誠実そうな殿方という印象しかなかったが、ここまで無鉄砲なこともできるとは思っていなかった。


(きっと、私を庇ってくれたのでしょうね……彼のおかげで、ギデオン派の頭を少し抑えられるでしょう)


 さらに、彼が持ち込んだ「絹糸の自国生産」の可能性。

 皇国からの絹糸の輸入が何度か途絶えたことがあったが、もし自国で生産できれば安定供給が実現する。

 それはオルタニア王国全体にとっても、計り知れない利益をもたらすかもしれない。

 リリアーナの表情が思わず引き締まった。


「もう一度お聞きしますが、製法の公開はできない、のですね?」

「はい、こればかりは我が領地の未来がかかっておりますれば。ただ、魔の森に生息する魔獣を育成し、抽出しているとだけお伝えします」


 ユーリは頭を垂れ、申し訳なさそうに答えた。

 リリアーナは冷静な目でユーリを見据え、静かに言葉を続けた。


「製法の開示が難しいことは理解いたしました。しかし、もしレーベルク男爵領だけが利益を得続けた場合、いずれ他の領からの反感を招き、摩擦が生じるでしょう。それが軍事的な衝突へと発展する可能性もあります。その場合、私は辺境伯領全体を守らねばなりませんが、それに対してはどうお考えですか?」


 リリアーナの言葉に、ユーリは一瞬、真剣な表情で考え込んだ。

 そして、ゆっくりと深く息をつき、率直に答えた。


「仰る通りです、閣下。私も、レーベルク男爵領が独占的に利益を得ることが不和の原因になると理解しています。ですので、絹糸の生産が安定した暁には、イシュリアス辺境伯領との交易を通じて、利益を分かち合う用意がございます。閣下の領民がこの技術で共に潤うことで、辺境全体が発展することを願っております」


 リリアーナは、ユーリの誠実な返答に内心で驚きと満足を感じていた。

 彼がただ自領の利益を追うのではなく、辺境全体の安定と繁栄を考えていることが見て取れたからだ。

 彼女は真剣なまなざしで問いかけた。


「具体的には、どのような便宜を図るおつもりですか?」


 リリアーナが尋ねると、ユーリは一瞬考え込んでから、彼女に向き直った。


「まずは、サント=エルモ商会に独占販売権を提供するつもりです。また、絹糸の加工や染色技術の研修を、閣下のご領地内でも行えるよう手配したいと考えています」


 ユーリの瞳は澄んでおり、純粋な意志がそこに宿っているのがわかる。

 自分の利益だけを追い求める者たちとは違い、濁りのない瞳だった。

 その表情からは、彼が辺境領と王国全体の発展を願っていることが伝わってくる。


「それは、絹糸と生地の王都での独占販売権を渡すということですか? それだと、シュトラウス卿ご自身が販売できなくなるのでは?」


 リリアーナの問いに、ユーリは迷いなく答えた。


「はい、我々では王都内に十分な販売網を構築することが難しいため、閣下にご紹介いただいたサント=エルモ商会に委託したいと考えております」

「なるほどです……それでは、誘致する仕立て職人たちはどうされるのですか?」

「レーベルク男爵領で仕立てた服を販売し、新たな市場を開拓したいと考えております」


 ユーリの答えに、リリアーナは静かに頷いた。


(セリーヌ様は本当によい殿方を見つけたようですね……少し、羨ましいです……)


 彼の計画がしっかりと構想されていることに、リリアーナは感心していた。

 内心では条件をつけずに技術者の派遣を認めたいところだったが、リリアーナにも領主としての責務がある。

 条件が緩すぎればギデオン派に弱腰と見られ、領主としての資質を疑われかねない。

 申し訳なく思いつつも、考えをまとめ、彼女は条件を提示することにした。


「分かりました。絹の仕立て技術を持った職人の派遣を認めましょう。ただし、条件があります。一つ、ギルドの許可を得てください。二つ、独占販売期間を最低でも五年とし、その後は一年ごとの更新とします。三つ、レーベルク男爵領で仕立てた商品の収益の十分の三を辺境伯領へと納めていただきたいのです」

(少し厳しい条件かもしれないけれど……)


 リリアーナは内心でわずかに申し訳なく思ったが、辺境伯としての権威を守るため、譲れない条件でもあった。

 ユーリは一瞬、条件を考えるように視線を落とし、やがてリリアーナに向かって深々と頭を下げた。


「閣下の条件、承知いたしました。誠意をもって取り組む所存です」


 それを聞いて、リリアーナはホッと胸をなでおろしたのだった。




◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


リリアーナさんも、ハーレムの一員に!!

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https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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