13.イシュリアス辺境女伯 ①

 サント=エルモ商会での会談を終えたユーリたちは、ほっと一息つく間もなく、イシュリアス辺境女伯の城館へと馬車を走らせていた。

 ユーリは窓の外に流れる景色を眺めながら、ふとアイナに問いかける。


「そういえば、アイナ。イシュリアス辺境女伯とは面識があるんだよね? どんな人なの?」


 興味を引かれた様子で問いかけるユーリに、アイナは少し目を細め、遠い記憶を思い出すようにゆっくりと頷いた。


「はい、リリアーナ様とは、セリーヌ様が後宮にいらっしゃった頃にお会いしました。まだ侍女見習いでしたが、とても控えめで、けれど聡明な方でした。学ぶことに熱心で、誰に対しても丁寧で公平……まさに、理想的な貴族の女性です」


 ユーリは感心しながらも、ふと降嫁の儀式で顔を合わせたギデオンの姿が脳裏をよぎった。


「イシュリアス辺境女伯とギデオン卿って親戚なんだよね。あいつ、自己中心的で、嘘や人を陥れるのもお手のものって感じだったけど、辺境女伯とは相性悪そうだね」


 その言葉に、オフィーリアは馬車の窓の外に見える城館を眺めながら、ぽつりと呟いた。


「今のイシュリアス辺境女伯は、相当お困りのようだと社交界でも噂されていますわ」

「えっ、そうなの?」


 驚いたユーリがオフィーリアの方を向くと、彼女は濡羽色の美しい黒髪をかき上げ、不安そうに話を続けた。


「噂では、サイレーン海に現れる海賊に手を焼いているらしいですわ」


 オフィーリアはアメジストのような瞳に影を落とし、再び窓の外に視線を戻す。


「外からは海賊、内にはギデオン卿……まさに、問題だらけみたいだね」


 ユーリはその様子を見つめながら、小さく不安げに呟いた。


 馬車が止まると、ユーリはオフィーリアとともに外へ降り立った。

 城館の前では迎えの衛兵が待ち構えており、彼らが恭しく頭を下げる。


「閣下がお待ちです。どうぞこちらへ」


 衛兵に案内されるまま、ユーリとオフィーリアは城館の中へと足を踏み入れた。

 アイナとリリィは待合室で待機することになり、イシュリアス辺境女伯との面会はユーリとオフィーリアの二人で行うこととなった。

 石造りの廊下を歩くと、その足音がひんやりとした空気に響きわたる。

 館内は重厚な造りで、冷ややかな空気と共にどこか重苦しい威圧感が漂っていた。

 しばらくして、大きな扉の前にたどり着く。

 衛兵がノックすると、中から「入れ」という低い声が響き、重々しい扉がゆっくりと開いた。

 扉の向こうには、広々とした通路がまっすぐに伸び、その両側には貴族たちが静かに整列していた。


(ギデオン卿はいなそうだな……よかった)


 厳粛な空気の中に微かな緊張感が漂い、ユーリは気を引き締めて奥へと視線を向ける。

 視線の先、一段と高い場所に玉座があり、そこにはイシュリアス辺境女伯リリアーナが静かに座していた。

 衛兵が一礼して言う。


「閣下。レーベルク女男爵夫ユーリ・フォン・シュトラウス様をお連れいたしました」


 衛兵はユーリに進むよう促してから、深々と一礼し、静かに謁見の間を後にした。

 リリアーナは穏やかな笑顔を浮かべ、その澄んだ琥珀色の瞳が見る者を柔らかく包み込むように輝いている。

 彼女の柔らかく波打つ濃い茶色の髪は絹のような艶やかさで、ゆるやかに肩にかかっていた。

 白い肌は滑らかで透き通るような輝きを放ち、堂々とした気高さが感じられる。

 リリアーナの纏うドレスはシンプルでありながら上品で、繊細なレースの装飾が施されている。

 光沢のある生地が彼女の気品を一層引き立て、笑顔とともに柔らかな輝きを放つその姿は、一瞬で見る者に安心感と信頼を与えるようだった。

 ユーリとオフィーリアは玉座の前まで進み、深々と頭を下げて挨拶を交わす。


「閣下。お久しぶりでございます。この度はお時間を取っていただき、誠にありがとうございます」



 リリアーナは、ユーリとオフィーリアが礼儀正しく頭を下げるのを静かに見つめた。


(セリーヌ様以外にも多くの女性を囲っていると聞いていましたが……噂ほど軽薄な人ではなさそうですね)


 普段、彼女が日々さらされているのは「女が領主なんて務まるものか」「どうせ家臣も身体で従えているだけだろう」といった、下卑た視線や無礼な噂ばかり。

 正直、うんざりだった。

 そんな周囲の中で、ユーリの視線はまるで別物だった。

 彼の眼差しには、「女性だから」という偏見が微塵も感じられない。

 ただ一人の領主として、真摯に敬意を払ってくれているのが伝わってくる。

 ふと、リリアーナは思う。

 彼は、おそらく妻であるセリーヌにも、こんな風に真心を持って接しているのだろう、と。

 セリーヌが領地で奮闘していると聞いていたし、その彼女を支えるように、同じく自分に対しても誠実な視線を向けているように感じられたのだ。

 まっすぐなその視線に、リリアーナは自然と安堵する。

 こんな風に「まっとうな視線」を向けられるのは久しぶりだった。


「こちらこそ、遠路はるばるお越しいただき感謝します、シュトラウス卿。そしてオフィーリア様も。お二人にお会いできて嬉しく思います」


 リリアーナは穏やかな笑顔を浮かべ、二人を歓迎するようにうなずくと、すっと姿勢を正した。


「さて、本日はどのようなご用件でお越しくださったのでしょうか? お話をお聞かせいただけますか」


 リリアーナが促すと、ユーリが口を開きかけたその瞬間、広間に大きな咳払いが響き渡った。

 そちらに視線を向けると、ギデオン派の筆頭貴族がわざとらしく口元を歪め、何か含みを持たせた表情を浮かべている。


(「安易に頷くな」という警告のつもりかしら? 本当に煩わしいこと……)


 リリアーナはうんざりしながらも、目を細めてギデオン派の貴族を一睨みする。

 だが彼は気にも留めず、こちらを侮るように視線を逸らしてしまう。

 その様子に内心ため息をつきながら、リリアーナは改めてユーリに視線を戻した。

 ユーリが軽く息を整え、丁寧に頭を下げて話し始める。


「この度、レーベルク男爵領の発展を図るため、いくつかの改革を計画しております。しかしながら、我が領では技術を持った人材が不足しており、閣下のお知恵とご助力を賜りたく参上いたしました」


 そう言って、ユーリは一瞬だけ周囲に視線を向け、慎重に続ける。


「もし可能であれば、職人の一時派遣や、技術指導といった形でご協力をお願いできればと存じます。互いの領地にとって有益な形で、共に発展していけるのではないかと」


 ユーリの話を聞き終えると、リリアーナは穏やかに頷いた。

 職人の一時派遣や技術指導による協力――確かに双方の発展に繋がる理に適った提案だ。

 寄子の領地が発展すれば、辺境全体の防衛力や経済基盤の強化にも寄与するはず。

 彼女にとっても悪い話ではない。


「なるほど、技術指導や職人の派遣ですか」


 前向きな返答をしようとしたその時、ギデオン派の筆頭貴族がわざとらしい咳払いをし、あからさまに会話へ割り込んできた。



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまで読んで頂きありがとうございました。


リリアーナさん、ギデオン派に負けるな、頑張れ!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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