12.サント=エルモ商会 その1 ②
「二つ目は、我が領地で美のサロン、ルナ=ノワール商会を設立したいと考えておりまして、ぜひ商会を運営するための人材をお貸しいただけないかと」
ユーリの言葉に一瞬困惑を覚えたガストンだったが、改めてユーリの隣に立つ三人の美少女に視線を向けた。
彼女たちはどれも見事な美しさで、ただそこにいるだけで一つの華やかな風景を作り出している。
ふと、ガストンは情報として掴んでいた『アムール・パヴィヨンがこの領地に出店する』という話を思い出した。
(確かに、これほどの美があれば、人がそれを求めに集まるという可能性もあるのかもしれん……)
ガストンは半ば呆れつつも、若き男爵夫の無謀とも思える夢に、どこか現実味を感じ始めていた。
彼は軽く咳払いをしてから、冷静な口調で言った。
「なるほど、ルナ=ノワール商会……確かに、そういった事業ならば、僻地にあるこの地でも人を呼び込む可能性はあるかもしれませんな。とはいえ、そのためには相応の魅力と宣伝が不可欠でしょう」
ユーリは自信に満ちた表情で頷いた。
「はい。ですので、その運営の助力をお願いできないかと思っております。そして、この商会の会頭は……オフィーリアが務める予定です」
ガストンは驚きのあまり思わずオフィーリアに目を向けた。
彼女の堂々とした立ち振る舞いと洗練された美しさは、確かに人を惹きつける。
だが、会頭とは商会全体の顔であり、経営を取り仕切る重要な役割だ。
(あのオフィーリア嬢が、商会の会頭に……だと? この若い男爵夫は、美しさを単なる装飾ではなく、事業として本気で利用するつもりか)
少し間を置いてから、ガストンは慎重に言葉を選んで応じた。
「……オフィーリア嬢を会頭に、とは驚きましたな。確かに、そうであれば商会としての魅力は十分かもしれません。ですが、商会を運営する知識や経験も必要です。サポートをさせていただくとしても、そちらのご準備は大丈夫なのですかな?」
彼は、ユーリがどれだけの覚悟と準備でこの事業に臨んでいるのかを見極めようとしていた。
ユーリは頷き、自信ありげに説明を始める。
「はい、それはもちろんです。損益計算書や貸借対照表、キャッシュフロー計算書を用いて事業管理を行っていきます。また、損益分岐点を維持するための原価管理も徹底してまいります。さらに、プロダクトミックスを考慮し、市場が求める商品を適切な時期に仕入れ、フロアのレイアウトにも工夫を凝らす予定です」
ユーリは一息つきて、話を続けた。
「十分な在庫を確保し、商品の価値に見合った価格で販売していく方針です」
ガストンはユーリの説明を聞きながら、一瞬耳を疑った。
(……損益計算書? 貸借対照表? プロダクトミックス? この男爵夫は何を言っているんだ?)
思わず表情が硬くなり、冷静を装いながらも、眉間にしわが寄るのを抑えられなかった。
自分たち商人が当たり前に行っている帳簿管理や収支計算の話が返ってくると思っていたが、まるで別世界の商売術を語られているようだ。
(この男……一体どこでこんな知識を? 本当にそれが役に立つと思っているのか?)
少し間を置き、ガストンは慎重に言葉を選びながら尋ねた。
「……少々驚きましたな。なるほど、そういった方法で事業を管理されていると。ですが、そうしたやり方がこの地で実際に役立つとお考えですかな? 我々には、いささか馴染みのない考え方ゆえ、少々理解が追いつかないのですが……」
(さっぱり分からんが、もしその知識が本当に有用なら、ぜひとも手に入れたいものだ……)
ガストンは無意識に喉を鳴らし、ユーリの真意を探ろうとじっと彼の顔を見つめた。
「むしろ、私たちはこの地での商売のやり方が分からないのです。ですので、この知識を本当に役立てるためにも、ぜひお力を貸していただきたいのです」
ユーリの言葉にガストンはゆっくりとうなずき、柔らかく微笑んだ。
「分かりました。では、私どもの知識と経験でお力添えをいたしましょう。こちらも学ぶところが多そうですな」
ユーリもほっとした表情を浮かべ、ガストンに感謝の意を示した。
ガストンは一息ついて、次の話を促すように軽く手を差し出す。
「さて、では三つ目の相談に移りましょうか」
「三つ目は、定常的に宝石を販売して頂きたいのです」
「……は?」
ガストンはユーリの言葉に驚きを隠せず、目を丸くした。
(宝石を……定常的に? この僻地で、そんな贅沢品が売れるとでも?)
内心で疑念が湧き上がるも、それを表情には出さずに、冷静に尋ねた。
「宝石を定常的に、ということですか? この地で、果たして安定して売れる見込みがあるのでしょうか。なにぶん、贅沢品を扱うには、相応の購買層が必要ですが」
ユーリは迷いなく頷き、答えた。
「ええ、そこが重要な点です。ルナ=ノワール商会でサロンを設立し、美を求める貴族たちが訪れるようになれば、宝石の需要も自然と増えるはずです。また、サロンで扱う高級美容商品に合わせて宝石の展示を行い、訪れる方々に購入いただくことも視野に入れています」
ガストンは少し考え込んだ。
(つまり、この男爵夫は、美を提供することで新たな購買層をこの地に呼び込み、宝石まで売ろうという腹づもりか。思い切った考えだが……もし本当に人が集まるならば、商会としても利益を得られるかもしれん)
ガストンはユーリの意図を理解しつつも、確認するように言葉を続けた。
「ふむ、なるほど。サロンと宝石を一緒に扱うことで、来客の購買意欲を引き出す、というわけですか……。分かりました、数量次第ですが、協力いたしましょう」
そう言いながらも、ガストンは内心で深いため息をついていた。
(次は何が飛び出すのか……もう、そう簡単に驚く気力も残っておらんぞ)
気を引き締め直し、ガストンは促すように頷いた。
「さて、四つ目のご相談は?」
ユーリは一息つき、控えめに話を切り出した。
「最後に、少しご相談がありまして……我が領で作られた品々を、他の地域にも届けられたらと思っております」
(ほう、ようやく現実的な相談が来たか)
ガストンはほっとした表情を浮かべ、腕を組みながら少しリラックスした様子でユーリに視線を向けた。
「なるほど。領内で生産された品を他の地域に届けたい、と。これは実に現実的で、分かりやすい話ですな」
少し間を置き、ガストンは慎重に尋ねた。
「ですが、その生産品とは、具体的にどのようなものなのでしょうか? どのような品が、遠方でも求められるとお考えで?」
するとユーリは、鞄に手を入れ、何かを取り出した。
彼が机の上に置いたのは、見たこともない美しい石鹸、きらめくガラス細工、そして――ガストンの目が思わず釘付けになったのは、見事な絹織物だった。
ガストンは、無意識に身を乗り出していた。
(これは……絹織物、しかも驚くほどの質の良さだ! こんなもの、この領地でどうやって……)
驚きのあまり、ガストンの頭が混乱する。
絹織物は、皇国からの輸入に頼っているため、手に入れるには大変な苦労と費用がかかる。
商会でも仕入れが難しい商品だ。
それが今、辺境のこの男爵領で生産されているというのか?
(この男……本気で皇国に匹敵するものを生み出したとでも?)
さらにガストンの目は、石鹸とガラス細工に移る。
石鹸は淡く美しい色合いをしており、手に取るとわずかに花の香りが漂った。
ガラス細工は光にかざすと眩いばかりに輝き、細やかな細工が施されている。
どちらもこの辺境で見ることすら想像できない品だ。
ガストンはしばらく目を見開いたまま硬直していたが、やがて震えるように深呼吸をし、ユーリに向き直った。
「……これは、正気の沙汰とは思えませんな。辺境の地で、これほどの品が生まれるとは……一体どのようにして?」
ガストンが驚きに目を見開いて問いかけると、ユーリは得意げに微笑み、軽く人差し指を唇に当てて、声をひそめた。
「それは……禁則事項です!」
ガストンは一瞬、ポカンとした顔でユーリを見つめた。
微動だにしないその反応に、ユーリはやや戸惑ったように視線を彷徨わせ、次第に慌てた様子で続けた。
「あ、えーと……冗談です。でも、原材料の調達や生産方法については、今のところ秘密にさせていただきたいんです。ただ、これらをレーベルク領の基幹産業に育て上げていくつもりでして、サント=エルモ商会と独占販売契約を結べればと……」
ガストンは内心の驚きを必死に抑えながらも、表情には出さず、真剣な顔で頷いた。
(まさか、これほどの品を独占販売させるつもりなのか? この男、一体何を考えているんだ?)
「分かりました。秘密は構いません。ただし、品質の安定供給だけはお約束いただきたい。それが商会にとって何よりの安心材料ですのでな」
(独占販売ができるなら、ぜひこの話に乗らせて貰おうじゃないか)
ガストンは内心で、これらの商品が商会にもたらす莫大な利益を思い描いていた。
ユーリは少し照れくさそうにしながらも、力強く頷き、その顔には確かな決意が浮かんでいた。
「実は、領地に仕立屋の職人を招きたいと考えているんです。そのために、まずは辺境女伯様にもご相談に行くつもりでして……」
ガストンはユーリの意図を理解し、少し驚きつつも、その行動力に改めて感心した。
「ふむ、辺境女伯様に相談されるのですね。それで、私にはどのようなご用件でしょうかな?」
ユーリは頷き、言葉を続けた。
「はい、もしお薦めの工房をご存じであれば教えていただきたいと思いまして」
ガストンは顎に手を当て、しばらく考え込んだ。
(工房か……あそこなら良い職人が集まっていたはずだな。辺境女伯のところで相談が終わってから案内するとなれば……)
ガストンはゆっくりと頷いてユーリに答える。
「実は、一つだけ心当たりがございます。辺境女伯様のところから戻られた後に案内させていただく、ということでいかがでしょうか?」
ユーリは明るい笑顔を浮かべ、「ありがとうございます、ぜひお願いします!」と頭を下げた。
ガストンは、その頼もしい若者の姿に羨望を覚えると同時に、この男爵夫に跳ね返り娘を預けるのも悪くないと思いながら、彼と握手を交わした。
「イシュリアス辺境女伯の説得を、ぜひ成し遂げてください」
こうして、ガストンはユーリたちを送り出したのだった。
◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆
ここまで読んで頂きありがとうございました。
跳ね返り娘もハーレム入り楽しみ!!
と思ってくださいましたら、
https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837
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