11.レーベルク男爵領改革(草案)
『レーベルク男爵領改革草案』の分厚い報告書がテーブルの中央に堂々と置かれた瞬間、全員が一様に息をのんで見入った。
気がつけば、その場にいる皆が自然と拍手をしている。
ユーリは報告書にじっと目を落とし、皆の顔を見回してから感謝の言葉を口にした。
「本当に……ありがとう、みんな。なんだかレーベルク男爵領の未来が拓けた気がするよ」
リーゼロッテは感動で目を潤ませ、報告書を撫でるように見つめながらうなずく。
「何を言っているのですか……これはあくまで計画です。これからが本当の戦いではありませんか」
その言葉には使命感がこもっていた。
オフィーリアは深いため息をつき、冷静に肩を落としながらも、どこか満足げに報告書に視線を落とした。
「十日間……本当に死ぬかと思いましたけど、意外と人間、頑張ればできるものですのね」
その様子を見ていたセリーヌが、少し頬を膨らませ、不満そうに声をあげる。
「いいですわね、皆さんは毎日旦那様とご一緒で。私なんて……可愛くもない男ばかりと仕事をしていたのですよ! 私にも癒しをくださいませ!」
腰に手を当て、芝居がかった口調で嘆くと、場がほころんだ。
アイナはセリーヌに少し頭を下げ、冷静にたしなめる。
「セリーヌ様、どうぞ落ち着いてくださいませ。これも皆様のご努力の賜物ですので……」
いつも無表情の彼女であるが、その口元にはわずかな微笑みが浮かんでいる。
フィオナは報告書を見つめながら、陽気な声で笑顔を見せる。
「ほんと、みんなで頑張ったよね! 分厚い改革案が、私たちで作れるなんて……ホントすごいよ、さすが私たち!」
するとクロエが、深いため息をつきながらフィオナに向かって淡々と一言。
「何を言っているのよ、貴女の計算、穴だらけだったではありませんか。埋める私の身にもなって欲しいですわね。旦那様に電卓を貸して頂かなければきっと終わりませんでしたわ」
冷静な口調だが、表情の端には笑みが浮かんでいる。
リリィは控えめに手を合わせ、しみじみと呟いた。
「こんな立派なものが出来上がるなんて……私、すごくうれしいです……」
【レーベルク男爵領改革(草案)】
領地の発展と安定を目指すための主要改革案。
第一部:税制改革とギルド改革
(責任者:セリーヌ、サポート:クロエ)
・領民の負担軽減と商工業の自由化を図り、経済基盤を強化する。
・十分の三税の廃止:領主による農作物の一括購入制度導入
・農業協同ギルドの設立:冒険者ギルドを中核とした食料生産管理組織の新設
・職人ギルド解体と商工会設立:工房の規制緩和とセーフティネット導入
・パサージュ運営会の設立:アーケード街の運営組織の新設と経営を統括
第二部:農業改革と六次産業の育成
(責任者:リーゼロッテ、サポート:フィオナ)
・自給自足と新たな産業を結びつけ、農業からの収益拡大を図る。
・水稲を中心とした二毛作導入:休耕地削減と安定した食糧生産体制の確立
・有用植物の育成:
の植物を生産し、産業利用を拡大
・商品やレシピの開発:地産地消の新商品と料理を開発
第三部:産業振興と地場産業の育成
(責任者:オフィーリア、サポート:アイナ)
・地元産業の発展により、経済的な自立を目指す。
・地場産業の立ち上げ:絹織物や石鹸などの工房を新設し、
領地独自産業の創出
・パサージュ出店支援:商品の販売店を支援し、安定した販路の確保
・流通網の構築:サント=エルモ商会と取引交渉を行い、商品流通の基盤整備
・ルナ=ノワール商会設立:美容に特化したエステサロンの設立と展開
第四部:人材確保と観光産業の開発
(責任者:ユーリ、サポート:リリィ)
・優秀な人材と観光資源を開発し、レーベルク領の発展を図る。
・優秀な人材の調達:職人や商人を誘致するための他領主との交渉
・ハーレム要員の確保:領地経営や商品開発を任せられる人材の篭絡
・ラグジュアリア構想:湖上リゾートの開発、領地ブランドの開発
ユーリは『レーベルク男爵領改革草案』をパラパラと捲り、記載されている課題にため息を漏らす。
「にしても……圧倒的に人が足りないね……」
眉をひそめて呟くユーリに、リーゼロッテが冷静に応じた。
「特に職人の確保と、機密性の高い仕事に関われる人材が不足していますね」
すると、セリーヌがいたずらっぽく微笑んだ。
「やっぱり旦那様には積極的に、ハーレムの人材募集活動をして頂く必要がありそうね?」
「いやいや、募集して集まるようなものでもないでしょ」
ユーリが口ごもり、視線を逸らすと、オフィーリアが肩をすくめて冷静な口調で意見を述べる。
「私が言うのもなんですけど、情報漏洩を覚悟で優秀な人材を確保する方が、合理的ではないかしら?」
セリーヌは少し遠くを見るようにしながら、指を組んで静かに応じる。
「そうですわね……まだ何も成していないのに、先の心配をしても仕方ないかもしれませんわ」
「だったら、防犯面を少し強化した方がいいのかな」
ユーリが提案すると、セリーヌがほっとしたように微笑んだ。
「さすが愛しの旦那様。そうしていただけると、とても安心ですわ」
「ところで、リアは王太后様へどのような報告を?」
リーゼロッテが気になっていたことをズバリと尋ねると、オフィーリアは少し首をかしげ、思い出すような仕草を見せた。
やがて、いたずらっぽい笑みを浮かべながら、チラリとユーリに視線を向ける。
小悪魔のように目を輝かせ、ささやくように答えた。
「そうですわね……この前は、旦那様のアレとかソレとか、ちょっぴり報告しましたのよ」
彼女の無邪気な言い方に、ユーリは驚きで目を見開く。
オフィーリアは肩をすくめ、微笑みを浮かべると、さらにいたずらっぽく続ける。
「だって、書けることがあまりないんですもの」
その姿に、セリーヌも思わずくすくすと笑いをこらえきれず、口元を抑えながら楽しそうに言った。
「ふふ、王太后陛下が真っ赤になって報告書を破る姿が目に浮かぶわね」
すると、リーゼロッテが少し心配そうに眉を寄せる。
「そんな報告ばかりで、リアの実家への融資は本当に大丈夫なのですか?」
オフィーリアは上品に手を横に振り、余裕の笑みを浮かべた。
「私がここにいる時点で大丈夫ですわよ」
「そうね、これで融資を止めたら、王太后様の求心力が危ういでしょうから」
セリーヌが頷きながら言うと、ユーリが理由がよく分からず首を傾げる。
「うん? なんで?」
「だって、貴族たちの間で、『自分のために娘を売り飛ばした非道な王太后』という噂が広まってしまいますもの」
セリーヌがニコニコしながら答えると、リーゼロッテが「お母様は悪い人ですね」と呆れ顔で呟く。
オフィーリアが少し呆れた様子でセリーヌに突っ込んだ。
「広まる、じゃなくて広めるの間違いではありませんの?」
セリーヌは肩をすくめ、微笑みを浮かべる。
「まあ、そうとも言えるかしら」
そして、オフィーリアが楽しげに笑みを浮かべ、ユーリの方に向き直ると、上目遣いでお願いしてきた。
「というわけで、王太后様への報告のためにも、後宮にもう少し面白い話題を増やしていただけないかしら? もちろん、旦那様が赤面するような、楽しい話をたっぷりとね」
「レーベルク男爵領の『種馬』。さて、今月の犠牲者はいかに?」
アイナがぽつりとつぶやくと、ユーリは思わずむせかけた。
「ちょっ、アイナさん、そんなことありませんからね!」
ユーリが焦り顔で手を振る。
その言葉に、セリーヌが「アイナもたまには面白いことを言うのね」とクスクス笑いをこらえきれずにいる。
少し場が落ち着いたのを見て、セリーヌは全員を順々に見回しながら口を開いた。
「これからが領地改革の本番よ。これはあくまで計画にすぎないわ」
そう言って、セリーヌは手のひらで『レーベルク男爵領改革草案』を軽く叩いた。
「借金も多いし、金食い虫も多いけれど……みんなの力を貸してちょうだい」
セリーヌの言葉に、全員が一斉に声をあげて頷いた。
そのとき、ふとセリーヌがユーリに視線を向け、少し意地悪そうに微笑む。
「あっ、旦那様。リリィと一緒だからって、そちらばかり張り切りすぎないでくださいましね?」
その一言に、ユーリとリリィは顔を見合わせ、リリィの頬が紅く染まった。
「そ、そんなこと……あるわけないだろ!」
ユーリも顔が熱くなるのを感じながら、慌てて反論した。
「本当に?」
セリーヌは唇を軽く突き出すと潤んだ瞳で、じっとユーリを見上げる。
「たまには私たちにも……お時間をいただけると嬉しいんですけど?」
ユーリはその瞳にたじろぎながらも、必死に言い返す。
「ここ最近はずっと忙しくて、そんな暇、ちょっとしかなかったでしょ!」
その言葉に、皆が「えっ、アレがちょっと?」と一斉に疑問の声を上げた。
「アレがちょっとだったら、何がちょっとなのか聞いてみたいわね」
と誰かの声が聞こえ、室内にくすくすと笑いが広がった。
◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆
ここまで読んで頂きありがとうございました。
レーベルク男爵領の種馬らしく、もっとハーレム要員増やして!!
と思ってくださいましたら、
https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837
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