6.淑妃の降嫁 ⑪
ユーリが初夜の儀が行われる部屋でしばらく待っていると、扉が静かに開いた。
ふと顔を上げた彼の視界に、ナイトガウン姿のセリーヌが静かに入ってくる。
柔らかなガウンが彼女の曲線に沿って美しく流れ、床まで広がっている。
その動きは、まるで夜風に揺れる花のように優雅だった。
湯上りのセリーヌは頬をほんのりと赤らめ、上気した顔が艶やかに輝いている。
ユーリは、無意識に息を詰めた。
胸が高鳴り、喉が自然とゴクリと音を立てた。
(やばい……綺麗すぎる……)
冷静を装おうとしたが、セリーヌの美しさが眩しすぎて、視線を外すことができない。
彼女が静かに歩み寄るたび、ガウンが優雅に揺れ、その度にユーリの心臓がさらに高鳴った。
「だ、旦那様? そんなに凝視されると……さすがに恥ずかしいのですが……」
セリーヌは少し体をよじり、頬を紅潮させながら、恥じらいの混じった声で囁いた。
「ご、ごめん、じゅ、準備はできてるから、中にどうぞ」
焦るあまり、声が裏返ってしまい、ユーリは急いで儀式の準備が整ったテーブルへと座り直した。
なんとか落ち着こうとするが、心の中の緊張は一向に収まらない。
セリーヌに続いて、リーゼロッテとオフィーリアが入室してくる。
(二人はホントに見学するんだ……)
二人が儀式を見学することは、事前に知らされていたため驚きはなかったが、次の瞬間、ユーリは思わず息を飲んだ。
(な、ナイトガウン……!?)
彼女たちが纏っていたのは、ドレスではなく、セリーヌと同じく夜の装い――ナイトガウンだった。
控えめなドレスを着てくるものと思い込んでいたため、その予想外の装いに心が一瞬で揺さぶられた。
リーゼロッテは少し恥じらいを含んだ顔で、頬を赤らめながら静かに歩みを進めてくる。
オフィーリアもまた、いつもとは違う柔らかで控えめな微笑を浮かべていた。
普段は毅然としている彼女たちが、今はどこか無防備で、親しみやすい雰囲気を醸し出していた。
心の中で理性が叫んでいたが、それを抑えつけるように感情が高まり、内側から熱が押し寄せてくる。
心臓がどんどん速く脈打ち、焦りと高揚が一緒になって胸の内で暴れ始める。
自分が何をすべきかは分かっているはずなのに、視線を彼女たちから外すことができなかった。
「旦那様、少し落ち着いてください。それだと最後まで身体が持ちませんよ」
いつのまにか横にメイド姿のアイナが立っており、耳元で小声で囁いてきた。
(よかった……アイナは見届け人か)
ユーリは少し残念に思いながらも、どこかホッとする。
しかし、安堵したのも束の間、扉が閉まることなく、荘厳な表情をした神官や、神妙な顔つきをした貴族たちが続々と入ってくるのが見えた。
(えっ……全員来るの!? 多くない?)
初夜の儀には神官が立ち会うと知ってはいたが、まさかここまで多くの貴族が集まるとは思ってもいなかった。
彼らの視線がセリーヌやリーゼロッテ、オフィーリアのナイトガウン姿に釘付けになっているのが、どうにも気に入らない。
(アイナ! 始めてくれ)
ユーリは一刻も早く彼女たちを貴族たちの視線から守るべく、アイナに目力で訴えかけた。
しかし、アイナもまた「セリーヌ様を凝視している男は後で殺す」というような鋭い目つきで周囲を威嚇しており、ユーリの訴えに気付く様子はない。
(ちょ、アイナさん?)
そんな様子を見たセリーヌは、「全く仕方のない人ね」と軽く笑いをこぼす。
そして、ユーリの心情を察したかのように、セリーヌは神官に向かって静かに声をかけた。
「儀式を始めてもらってもいいかしら?」
セリーヌの言葉に神官は慌てて姿勢を正し、声を張り上げた。
「そ、それでは、これより初夜の儀を執り行います!」
神官の宣言と共に、目の前に小さな杯と陶器製のボトルが置かれた。
ボトルには、古代の伝説を描いた精巧な彫刻が施されている。
片側には美しい女神が寝そべり、手を伸ばしている。
反対側では、力強い翼を持つ天使が、風に逆らいながら女神に手を差し伸べている。
構図とは逆に、女性側にはユーリが、男性側にはセリーヌが座っている。
彼らの間にあるのは、ただの杯ではなく、これから誓いの象徴となる大事な儀式の品だ。
「まずは、お互いの杯を交換し、ワインを注いでください」
神官の言葉に従い、ユーリとセリーヌは杯を静かに交換した。
ユーリは手元にあるセリーヌの杯に慎重にワインを注ぎ、その後、セリーヌが同じように彼の杯にワインを注いだ。
赤く透き通った液体が蝋燭の光を受けて、まるで宝石のように煌めいている。
「参列者の皆様にも行き渡りましたでしょうか?」
神官が部屋を見渡し、皆の準備が整ったことを確認すると、厳かに声を響かせた。
「それでは、杯を掲げてください。これより、永久の愛を誓う二人に祝福があらんことを!」
「「「二人に祝福を!」」」
乾杯の代わりに唱和された言葉が部屋にこだました。
ユーリはセリーヌと軽く杯を合わせ、グイッとその赤い液体を喉に流し込む。
次の瞬間、喉の奥が焼けるような熱さに襲われた。
口の中に広がる濃厚な甘さと、仄かに漂う苦味。鼻を抜けるアルコールの香りが強烈に彼の感覚を刺激した。
「強い……」
思わず呟くと、喉を押さえながら、ユーリは何とか耐えた。
「これ、結構くるね……」
隣のセリーヌがくすっと笑いながら優しく囁いた。
「初めてだから無理しなくていいのよ」
彼女の頬もわずかに紅潮しており、ユーリはその姿に一瞬ドキリとした。
胃の奥から燃え上がるような熱が全身に広がり、体がじんわりと熱くなっていく。
部屋のあちこちから、参列者たちがワインを飲み干した音が聞こえ始め、それに続いて、拍手が静かに広がり、次第に部屋全体を満たしていった。
「これにて初夜の儀は終わりとします。これからは、床入りの儀へと移ります。それではアイナ殿、よろしく頼みましたぞ」
「謹んで見届け人の役、承ります」
アイナはそう言うと、神官の前で片膝をつき、神に祈るように腕を胸の前で交差させ、頭を垂れた。
そして立ち上がると、寝所へと繋がる扉を開け、ユーリたちに向かって声をかける。
「セリーヌ様、ユーリ様、リーゼロッテ様、オフィーリア様、それではどうぞこちらへ」
アイナの言葉が静かに部屋に響いた瞬間、見守っていた貴族たちは一瞬、息を呑んだかのように静まり返った。
しかし、次の瞬間には――
「お、おい……四人で……?」
「いや、まさか……女男爵夫は、そこまでやるのか……!」
「う、羨ましすぎる……!!」
貴族の一人が声を震わせ、興奮を隠しきれない表情で呟く。
周囲も信じられないといった様子で顔を見合わせ、その場がざわめきに包まれた。
「セリーヌ様だけでなく、リーゼロッテ様とオフィーリア様まで……」
「ざ、残念貴族の癖に……そ、そんなことが許されるのか……!」
「なぜ王太后陛下は、このような試練を我々に与えたもうたのか!」
嫉妬に満ちた視線が次々とユーリに注がれる。
貴族たちの反応は様々だ。
目を見開いて口をぽかんと開ける者、手のひらで顔を覆う者、唇を噛みしめて堪える者……中にはその場で悔しそうに足踏みをする者もいた。
「……王国の至宝に、妖精姫、漆黒の月華姫、ありえない……」
そう呟いた若い貴族は、まるで自分の運命を嘆くかのように、顔を両手で覆って肩を落とした。
「なぜに相手が残念貴族なのだ……なぜ、儂はもっと若くないのか……」
その横で、年配の貴族は震える手でグラスにワインを注ぎ、一気に飲み干すと、目を閉じて天井を仰ぎながら深い溜め息をついた。
「もう一杯。もう一杯飲まんとやってられんわ……」
その呟きに、周囲の貴族たちも頷きながら、グラスを掲げて再び飲み始めた。
部屋全体が、嫉妬と興奮の渦で収拾がつかなくなっている。
(や、やばい……これは死ねる……)
ユーリは、貴族たちの嫉妬の視線を一身に受けながら、セリーヌ、リーゼロッテ、オフィーリア、そしてアイナを伴い、寝所の中へと入っていった。
◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆
ここまでお読み頂き有難うございます。
ユーリ君、チートな能力つかってスケスケのネグリジェ作って!!
と思ってくださいましたら、
https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837
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