6.淑妃の降嫁 ⑨

 大広間では、煌びやか舞踏会と美食の宴が繰り広げられている。


 ギデオンの登場で不穏な雰囲気が漂ったが、

 今は音楽隊の優雅な演奏に合わせ、

 貴族たちが豪華なドレスやチェニックを身にまとい、

 軽やかに踊りながら床を滑っている。


 主賓であるユーリたちは壇上に小さなテーブルを用意してもらい、

 Uの字で囲うように座っていた。


 「ふぅ、さっきの男は碌でもなかったな……。

  セリーヌ様、ロッテ、リア、大丈夫?」


 ユーリは少し疲れた表情で、三人を順に見やった。


 リーゼロッテは眉を寄せながらもすぐに頭を縦に振り、

 オフィーリアは控えめに頷きながら視線を伏せ、

 そしてセリーヌは優雅に微笑んでいる。


 「よかった、みんな大丈夫そうだね」


 ユーリが胸を撫で下ろした瞬間、

 オフィーリアが突然、勢いよく顔を上げた。


 その動きに、ユーリは何かあったのかと一瞬不安がよぎる。


 「……あ、貴方様、その、リアというのは……

  わ、私のことかしら?」


 彼女が遠慮がちに尋ねてくる。


 「オフィーリアって長いから、リアって呼んでみたけど……

  ダメだったかな?」

 「い、いえ、大丈夫です。そう呼んで頂けると……嬉しいです」


 オフィーリアは控えめに微笑んだが、

 その頬はほんのり赤く染まっていた。


 どこか落ち着かない様子で、視線を下げた。


 それを見ていたセリーヌが、何とも言えない表情を浮かべ、

 不満げにしている。


 「えーっと、どうかした?」


 ユーリは隣に座るセリーヌに向けて、

 機嫌を窺うように尋ねた。


 「旦那様、リーゼはロッテ、

  オフィーリアはリア、


  私だけ様付けなのは、ずるいのではないですか?」


 彼女は少し拗ねたように言いながら、

 じっとユーリを見つめる。


 「えっ、セリーヌ様はだって領主様だし……」


 ユーリは困惑した様子で返事をした。


 彼にとってセリーヌは領主であり、正妻になる女性だ。


 彼女に対して敬意を払うのは当然だと考えていた。


 しかし、セリーヌは微笑みながらも、


 「旦那様」


 と優しく諭すような声で彼の名を呼んだ。


 その穏やかな視線がユーリの胸に刺さる。


 (何か気の利いた呼び方をしないと……)


 と、ユーリは少し考え込み、ふと口を開いた。


 「じゃあ……セリア、とかどう?」


 彼がそう言った瞬間、セリーヌの目がぱっと輝いた。


 「せ、セリアですか?」


 セリーヌは驚いたように目を見開き、

 次第にその顔が恍惚とした表情に変わっていく。


 「うん、気に入ってもらえたら嬉しいけど……どう?」


 ユーリは少し照れながら、反応を伺う。


 「セリア……セリアですって!」


 セリーヌは、まるで少女のように興奮した様子で、

 何度もその名前を口に出した。


 その顔は笑みで満ち溢れ、

 彼女の喜びが目に見えて伝わってくる。


 「旦那様、ありがとうございます。

  本当に嬉しいですわ」


 (こ、ここまで喜んでくれるとは思わなかった……)


 セリーヌがこれほど感情を表に出すのは珍しい。


 そんな彼女の姿に、ユーリは戸惑いながらも微笑みを浮かべた。


 「ふふ、セリア、セリアですって。

  どうしましょう、私には可愛らしすぎませんかね」


 セリーヌは軽く頬を染め、

 まるで恥ずかしさと喜びが入り混じったように、


 一人でクネクネと体を揺らしながら、

 嬉しそうに独り言を繰り返している。


 (よかった、気に入ってくれたみたいだな)


 と、ユーリは心の中でホッとした。


 そんな和やかな空気の中で、ふと視線を感じた。


 オフィーリアがユーリの手元をじっと見つめている。


 疑問に思い、自分の手に目をやったが、特に異常は感じられない。


 いや、どちらかと言えば、先ほどまで血が滲んでいたはずの怪我が

 すっかり治っていることが「異常」なのだが、


 ユーリにとってはあまりに日常的なことだったため、気に留めていなかった。


 ユーリが手を開いたり握ったりして確認しているのを見たオフィーリアは、

 驚いたような表情を浮かべた。


 一方で、リーゼロッテは「しまった」という顔をしている。


 「貴方様、その手……先ほどまで怪我をしていたはずなのに、

  もう治っているのですか?


  回復魔法でもなければ難しいと思うのですけど……」


 オフィーリアの言葉に、ユーリは一瞬硬直した。


 「えーっと、ほら、あれだよ、あれ。

  きっと、大した怪我じゃなかったんだよ」


 そう言いながら、ユーリは視線を泳がせ、

 冷や汗が背中を伝うのを感じていた。


 オフィーリアの真剣な眼差しを避けるように、手元に目をやるが、

 どう見ても傷一つない自分の手が余計に際立っている。


 「そんなことありませんわ。だって、ガラスが刺さっていたではありませんか」


 オフィーリアの真っ直ぐな視線がユーリに突き刺さる。


 (確かに……めっちゃ刺さってたな……)


 ユーリは焦って、軽く笑ってごまかそうとしたが、

 内心はもう限界だ。


 何か言わなければならないと思うものの、言葉がうまく出てこない。


 「えっと……いや、きっと体質的な……

  その、自然治癒が早いとか、そういうやつで……」


 ユーリがしどろもどろになりながら誤魔化していると、

 隣のリーゼロッテが助け船を出してくれた。


 「オフィ、それは体質のせいだと思いますよ。

  きっと、傷の治りが早いのでしょう。


  ユーリ様はそういう生き物だと思った方がこれから楽ですよ」

 「えっ、どういうことですの? 治りが早い、で何とかなる傷ではありませんことよ……どうなっていますの?」


 オフィーリアは、怪訝そうにユーリを見つめる。


 「あ、うん、そうそう、なんか色々と回復が早い生き物……生き物? なんだよ」


 ユーリは軽く言い逃れようとしたが、オフィーリアの視線が鋭く痛い。


 「どういうことですの?」

 「んー、なんて言うか、激しい運動をしても全然疲れないし……


  それに、夜になっても元気が余っちゃって、

  むしろ体を動かさないと寝られないんだよね」


 ユーリは特に深い意味もなく、ぽつりとそう言った。


 だが、次の瞬間、リーゼロッテとオフィーリアの顔が真っ赤になり、

 慌てて視線をそらす。


 (え? なんで急にそんな反応……?)


 ユーリが不思議そうに首を傾げると、

 リーゼロッテが慌てた様子で話題を変えるように早口で言った。


 「そ、そんなことより、どうするのですか?

  イシュリアス辺境伯領で商売をさせてもらえないとなると

  大変なことになりますよ」

 「え、そなの? イシュリアス辺境女伯から紹介してもらった

  サント=エルモ商会と話がついているんじゃないの?」


 ユーリの問いに、リーゼロッテは一瞬困ったように顔を曇らせ、

 視線を少し下げた。


 「はい、ですが……ギデオンの取り巻きが、少し厄介でして」

 「あー、なんかいたね、三人が」


 ユーリはため息をつき、思い出したように口を開く。


 「水運ギルド長に交易ギルド長、

  それに遊撃士フィールダーギルド長の三人ですわね」


 オフィーリアが険しい表情で親指を嚙みながら呟いた。


 「その通りです。

  イシュリアス辺境女伯は海運都市で、自由都市国家や皇国との交易で成り立っていますから……

  あの三人の影響力が強いんです」


 リーゼロッテの説明を聞きながら、

 ユーリは事の重大さに気づく。


 それぞれのギルドの役割を整理する。


 水運ギルド:船による輸送を請け負っている船主が加盟する組織。

       船の製造や修繕、各種保険により船主のリスク共有や航路管理をしている。

 交易ギルド:自由都市国家や皇国と交易をしている商人が加盟する組織。

       各都市の領主や君主との商取引に関する法律や規則を交渉し独占している。

 遊撃士フィールダーギルド:調査や護衛を仕事にする傭兵集団が加盟する組織。

                仕事の仲介や傭兵集団クランの管理をしている。


 イシュリアスは王都とも運河で繋がっているため、

 彼らの協力がなければまともな取引が成立しないかもしれない。


 ちなみに、遊撃士フィールダーギルドとは別に冒険者ギルドも存在している。


 冒険者ギルドは魔獣の買い取りやダンジョンで入手した素材の買い取りを行う機関で、

 領主の専権であり重要な収入源になる。


 冒険者ギルドはレーベルク男爵領にもあるが、

 遊撃士フィールダーギルドは大きな町にしかない。


 冒険者は自由であるため、冒険者への命令権や徴兵権を領主は持ち合わせていない。


 その意味において遊撃士フィールダーは、

 国軍、領軍とは別に貴族が私有することのできる国に認可された暴力装置なのである。


 「それは……厄介そうだな」


 ユーリは顔をしかめながら、ぼそっと言葉を漏らした。


 (想像以上に根深い問題っぽいな……)


 ふとオフィーリアを見ると、彼女の肩が僅かに震えている。

 ギデオンや三つのギルドに何か思うところがあるのだろうか?


 「ここで考えていても仕方ないのじゃないかしら、リリアーナにも相談しましょ」


 さっきまで「セリア」と呼ばれてトリップしていたセリーヌだったが、

 いつの間にか現実に戻って来ていたのか、場の緊張を解くように軽い声で口を挟んだ。


 話が一区切りついたところで、ふいに頭の上から声が降ってきた。


 「旦那様、入居の儀の準備が整いました。

  そろそろ馬車へお向かいください」


 ユーリは思わず肩を跳ね上げた。

 慌てて振り返ると、いつの間にか背後にアイナが立っていた。




◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまでお読み頂き有難うございます。


リリアーナもユーリのハーレムに加えて!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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