6.淑妃の降嫁 ①

 本日は青天なり。

 結婚式にはもってこいの日である。

 セリーヌが大王太后陛下、王太后陛下、そして国王陛下に王宮出立の挨拶をしてから一か月。

 結婚式の準備や借金の調整に追われ、あっという間にこの日がやってきた。


 セリーヌとリーゼロッテの尽力で借金も三か所――大王太后陛下、高級娼館の女主人、そして、イシュリアス辺境伯領の商人――に立て替えてもらっている。


 当初はイシュリアス辺境女伯に相談したようだが、何か問題があったようで辺境女伯から紹介された商人にお願いしたらしい。

 三人は、魔の森の素材やレーベルク男爵領での利権に絡めるという期待もあって、借金の立替えだけでなく、融資にも積極的だったらしい。


(しかし、今回の融資がうまくいったのは、結局のところセリーヌたちの『美しさ』のおかげだろうな……)


 ユーリは、そんな考えが頭をよぎり、「うちの奥さんたちは可愛いからな、あたりまえか」と思わず苦笑する。

 ふと、高級娼館の女主人であるルクレティアが突撃してきた時のことを思い出した。


 * * *


『まるで絹のような滑らかな肌……そのツヤとハリ、一体どうやって手に入れたのか、今日こそ教えてもらうわよ?』


 ユーリは商人ギフトで購入した監視カメラセットをサロンに設置し、リーゼロッテと共にモニターから映し出される映像をじっと見つめていた。

 モニターにはサロンの端々が鮮明に映し出され、リーゼロッテは興味深そうに首を傾げる。


「これは本当に便利ですね。でも、どうしてこんなに鮮明に見えるのでしょう……?」


 カメラ越しでも、ルクレティアの挑発的な笑みがはっきりと分かる。


「なんたって異世界の魔導具だからね」


 ユーリは微笑みながら答えた。

 魔術が存在するこの世界で、日本の商品を「魔導具」と言い切るのは無理があるが、説明が面倒なので、前世は魔導工学が発達した世界ということにしていた。

 ちなみに、カメラ越しで分かるのは、それだけではない。

 ルクレティアは、圧倒的な爆乳を誇っていた。

 まさに圧巻の一言。

 思わず目を奪われるユーリだったが、そんな時、不意に隣のリーゼロッテが小さな声で呟いた。


「ユーリ様って、そんなにお胸が好きなのですか?」


 彼女の言葉があまりにも唐突で、ユーリは一瞬固まり、目をパチパチとさせてリーゼロッテを見た。

 言葉を失っていると、タイミングよくモニターからセリーヌの声が聞こえ、慌てて視線を戻す。


『あら、本当に特別なことなんて何もしてないのよ。ただ……これ以上は領地経営に関わることだから、秘密にさせてもらうわ』


 セリーヌは微笑みながら軽く目を伏せた。

 その仕草にはどこか自信が感じられる。


『秘密ねぇ……。昔から、人をじらすのが上手だったわね、セリーヌ』


 ルクレティアはわざとらしく肩をすくめてみせた。


『まあいいわ、融資すればいいんでしょ。でも、何の担保もなしに大金を出せっていうのは、さすがに無理な話よね。私は人が良すぎて損をする性格じゃないの』


(そりゃそうだよね。無担保での融資なんて普通ないよね……)


 自分で提案しておいて言うのもなんだが、相当に強気な交渉だと思う。


『美容薬液だけでなく、他にもいろいろと事業を考えているのよ。ティアも、儲け話にご興味があるのではなくて?』


 セリーヌの含みのある口調に、ルクレティアは目を細めた。


『成功する保証なんてあるのかしら?』

『あら、ティアがそれを言うの? 先代に、変化を恐れる者は変化に淘汰される、不確実性を恐れる者に未来はない。とまで言って、今の地位を築いたんじゃなかったかしら?』


 ルクレティアはセリーヌの瞳をまっすぐと見据え、ため息をつく。


『よくそんな昔話を覚えてたわね。分かったわ。だけど、私は慈善家じゃないの。せめて、土地と建物くらいは用立ててほしいわ』

『土地は構わないけど、建物ぐらい用意してほしいわ』

『あら自信がないの?』


 カメラの映像に映るルクレティアの顔には、微かに笑みが浮かんでいる。


『分かったわよ、建物もこちらで用意しましょう』

『風星霊の遊び場にならなければいいけど。人気のない屋敷には、すぐ彼らが集まるもの』

『私たちには旦那様もついておりますから、ご心配なく。逆に忙しすぎて、風星霊たちも寝床を探す暇もないわよ』


 その一言にユーリはドキリとした。

 まさか、そこまで期待してくれているとは思ってもみなかったからだ。


『商人のギフトを授かったっていうあの旦那様ね……。セリーヌ、本当に大丈夫なの? 私は貴族でないからギフトは持ってないけど、頼りすぎて足元をすくわれたりしないでよ』


 ルクレティアの視線が鋭くなる。


『ふふ、大丈夫よ。旦那様は特別だもの』


 満面の笑みを浮かべてセリーヌが答えた。

 それを聞いて、こちらまで顔が熱くなる。


『セリーヌがそこまで言うなんて珍しいわね。ちょっと興味が沸いて来たわ』


 少し驚いたようにルクレティアは目を見開いたが、その表情はすぐに好奇心に満ちたものへと変わった。


『だめよ、猛獣の檻に一角ウサギを入れるような危険な事しないわ』

『一角ウサギの角って、確か……意外と凶暴よね……』

『ふふ、私もまだ深淵を覗いてないから何とも言えないわね』


 艶めいた笑みを浮かべ、口元に指先をやって考える仕草をしながら甘やかな声で答える。


『そんなに独占欲丸出しだと、嫌われるわよ』


 ルクレティアが肩をすくめ、少し揶揄するような口調で言う。


『リーゼロッテに後宮を任せてるから大丈夫よ』


 セリーヌの言葉に、リーゼロッテが「本当に全部丸投げするつもりなのですね……」と頬に手をやり困ったような声をこぼした。

 何と返して良いか分からず、ユーリは鈍感男に徹することにした。


(今ここで何か言ったら、余計に話がややこしくなりそうだな……)


 モニターからルクレティアの声が聞こえてくる。


『ホントかしら、まぁ、いいわ、まずは商品を試してから判断するわ』

『アイナが美容にいいマッサージもできるから、ぜひ体験していって』

『やっぱり何かしてるじゃない。特別なことなんてしてないと言ったのは誰かしら? 本当に商売上手になったものね……。昔は可愛くて素直だったセリーヌが、こんなに遣り手になるなんて』


 ルクレティアがそう言うと、セリーヌは、少し照れ臭かったのか、ぎこちなく微笑んだ。


『お風呂に入ってマッサージをするのは、高貴な者の嗜みよ』

『前は私のこと、お姉ちゃん、って慕ってくれてたのに』

『わ、分かったから、その話はやめて頂戴。恥ずかしいじゃない』


 セリーヌの耳元がわずかに赤くなっているのをユーリは見逃さなかった。

 その愛らしい仕草に、心の奥がほんのりと温かくなる。


 * * *

 

 思わず微笑みながら、ユーリは彼女たちのやり取りを思い返していた。

 そんな交渉を方々で繰り広げ、セリーヌは見事に多額の資金をもぎ取ってきたのだ。

 「インチキ商人」のギフトが役立ったことに、ユーリとしても少しホッとしていた。

 とはいえ、ここからが本番である。

 出資者たちからは「具体的な商売の内容を教えなさい」と急かされている。

 レーベルク男爵領に着いたら、具体的な事業計画を練らなければならない。

 ユーリはぼんやりと天井を見上げながら、本当にうまくやれるのだろうか、と不安と期待が入り混じった気持ちが胸をよぎった。


 そして、ついに今日の結婚式――。

 ユーリは、ふとタウンハウスでの生活を思い返す。

 レオニダス家を追放され帰る家のない彼は、王都にあるレーベルク女男爵のタウンハウスの使用人部屋を借りて生活していた。

 セリーヌとはまだ婚約中だったため、王宮に居候するという案もあったが、セリーヌとリーゼロッテが「あまり遠くに行かないでほしい」と頼んできたのだ。

 あの上目遣いに、断る術などあるはずもない。

 まったく反則級の可愛さだった。


(……あの時のセリーヌとリーゼロッテ、本当に可愛かったな……)


 商人ギフトで手に入る食料品が目当てだったとしても、彼女たちの無邪気な願いに応えるため、ユーリは使用人の館での貴族らしからぬ生活を選んだ。

 今振り返ると、将来の主人が使用人部屋で暮らすなど、侍女たちには気を使わせてしまっただろう。

 レオニダス家でも使用人部屋で寝起きしていたので問題はなかったが、心労をかけたことを思うと申し訳ない気持ちになる。


 そんな侍女たちは、今も忙しなく動き回り、最後の準備に余念がない。

 彼女たちの張り詰めた空気が、胸にじわりと伝わってくる。


 ユーリの身支度はアイナが担当しており、最後の衣装チェック、髪型の整え、持ち物の確認を、一つ一つ無駄のない動きでこなしていく。

 いつもより少しきつく締められた礼装の襟元に手をやった。

 心なしか、呼吸が浅くなっている気がする。

 気にしすぎだと自分に言い聞かせながら、部屋の中に視線を漂わせた。

 豪華に飾り立てられた衣装や装飾品が、なんだか妙に現実離れしているように感じる。


「王家の人間と結婚するんだから、盛大にしないといけないのはわかるけど……なんだか、僕には身の丈に合わない気がするね」



◆◇◆ お礼・お願い ◆◇◆


ここまでお読み頂き有難うございます。


はよ、ルクレティア登場して!!

と思ってくださいましたら、

https://kakuyomu.jp/works/16818093086711317837

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