〈激動の時代の波に揺られて〉
それから1時間半後、僕らはレンタカーを返して宿に着いた後、大浴場で疲れを流し、軽い眠りについた。20:00手前だったと思う。
21:30。強い眠気のままに布団に潜っていたい欲求を、3分おきのアラームが許さない。僕らは1日目の夜と似た、半袖半ズボンに少し膨らんだリュックという格好で宿を出た。
その後、宿のすぐ近くにあり、目星をつけていた居酒屋に入り、もちろんここでもカツオを筆頭に高知の味を満喫した。そしてここで前章で決意した“あること”を実行した。
「2人とも、マジでありがとう。運転も、狂ったこの旅に賛同してくれたことも。」
そう告げてその居酒屋と、〆のラーメンを奢った。それが僕のできた感謝の表現だった。2人は喜んでいたが、それ以上に本当に嬉しいのは僕の方だった。このことを知らなかった2人は、単なる友情だけで同行することを決めたのだから。空には黒い半透明のショーケースに入った宝石が、僕らの思い出に反射して小さな確固たる光を放っていた。
24:00。
ラーメンを食べた僕らは、ホテルから徒歩5分のラウンドワンでボウリングをしていた。僕はカーブにこだわるあまり、ゴキブリ(G)を大量発生させていた。5回を投げてスコアは7。その後も無謀な挑戦を続け、迎えた9回目。遂に覚醒した。が、時既に遅し。最終スコアは33。
悔しさを胸に、僕らはビリヤードに向かった。人生初のビリヤード。見よう見まねで球を突く。もちろん外れて息を吐く(つく)。はぁ。ついていない。いや、憑いてるのか、悪運が。いや待てよ。そもそも実力がついていないんだった。しかもどこかフワフワした感覚がある。まずは地に足着いてこそだ。落ち着いて放った一打は綺麗に球を弾き、その流れで1つが穴に吸い込まれていった。7番だった。どこかで見た数字だった。
2:00。
ビリヤードを終えた僕らは、ホテルに戻るか、カラオケに行くかの二者択一を迫られた。もちろん僕らが選んだのは後者だった。
ボウリングから続くこの一連の不可解な行動こには理由があった。それは、桂浜で朝日を見る、というものだ。ただどうやら電車の時間を調べたところ、朝日に間に合うような時刻には運行が始まっていなかった。故に選択肢は一つである。そう、今回の旅の相棒、pippa(レンタルママチャリ)である。僕らはホテルに戻っては結局寝てしまうと結論づけ、自転車を借りてカラオケに向かった。
カラオケでは、マイクを持った2人が歌い、残る1人は呆然と画面を見つめながら意識だけ眠る、という状態を交代で繰り返していた。ホテルに戻って休んだ方がいい。そんなことは百も承知だった。ただこれが最終日で、なかなかこんな旅行も、高知に来ることもできないことは百二十も承知だったのだ。
そして1時間半後、死体のような足取りの僕らは景気づけにコンビニでオロナミンCを買って乾杯し、漕ぎ始めた。とてつもない重さだった。僕らはゆっくりと、ゆっくりと走っていった。閑散とした夜の街に、自転車のペダルを回す音が小さく響いた。どこか気味の悪い、されどもどこか小気味良い音だった。
その後僕らは順調に、道を間違えながらも最後の山場の大きな橋の手前まで来ていた。ここまで約1時間。ほぼ徹夜ということもあり疲弊も限界に達していたため近くのコンビニに立ち寄った。
「高校生?」
「いえ、大学生です。夏休みなので旅行に来ました。」
地元民の貫禄を纏った、僕の母よりも少し人生経験が豊富そうなご婦人が話しかけてくれた。
「他県から?」
「はい。」
「やっぱり。ちょっとイントネーションが変わってるもん。」
「え、ほんとですか?でも確かに、僕ら福井県出身なんですけど、都会出た時に独特って言われます笑」
未だに福井の訛りが抜けていないらしい。最近友人との話で滞ることが減ったのは、僕がではなく友人が慣れてくれたらしい。
「この後、あの橋を渡って桂浜に行く予定なんです。」
「へぇ。頑張ってね。ちなみにあの橋、私の娘も歩いて渡ったって言ってた。」
「そうなんですか。楽勝だったって言ってました?」
「その逆。大変だったって。でもまあ、あなたたちは若いんだから行けるわよ。」
「ありがとうございます。」
何気にこれが高知県民との初雑談だった。
そして休憩を挟んだ僕らは、遂にあの大橋へと向かった。この橋の大変な所は、急な傾きという点以上に、歩道の幅が自転車一台分しかない点である。それ故、僕らは押して登るしかなかった。ただ追い討ちをかけるように、空が急激に白さを増してきた。
「ヤバい。」
「ヤバい。」
「ヤバい。」
「空、」
「空、」
「空、」
「明るい。」
「明るい。」
「明るい。」
「あ、車!」
「あ、車!」
「あ、車!」
一列ゆえに、僕らは声を張り上げながら連携して橋を攻略していく。
そしてなんとか下りきり、桂浜の看板を見つける。最後に、四国カルストに向かう時と同水準と言っても過言ではないくらいの登りの連続があったが、まだ1時間しか漕いでいない僕らにとってはなんてことなかった。
最後の登りを終え、自転車を止めて降りる。途端、足の関節がバランスを崩し倒れかけた。実際は相当足にきていたらしい。ただ空は白いどころか赤さを増してきていたのでそれどころではなかった。僕らはすぐに浜辺へと向かった。
「「「おおぉ。」」」
群青色と曙色が中和した空に、感嘆の声を上げる。これがかつて坂本龍馬が愛した場所か。荒々しい波が、かつての激動の時代の名残りのように思えた。
幸い、まだ陽は昇ってきておらず、僕らは岩に腰かけて待つことにした。
カクン、カクン。3人全員が何度か寝落ちしながらも、辛うじて気を保ちながら空と海を眺めた。しかし日の出の時刻を過ぎても朝日は姿を現さなかった。
もう限界。3人ともの共通認識だった。しかもホテルの大浴場と朝食は9時までだった。今から急いで戻って、ギリギリ7時過ぎぐらいに着ければ良い方、といった状態であった。現在時刻は5:40。あと10分待っても出てこなかったら、諦めて帰ろうと決めた。
そして5:49。もう帰ろうかと希望を諦念が覆い尽くそうとした時、文字通り一筋の光が差した。
小さな紅の扇形の太陽が、山々の間から緩やかに昇ってきた。そして全身を現した太陽は、薄い雲の膜があったことも相まって、真っ赤な魂のように強く揺らめいて真っ直ぐにこちらを照らしていた。
この5日間、大変だったけれど心底楽しかった。そう思うと同時に、少し視界がぼやけた。幸い、友人2人は太陽に夢中でこちらには気づいていなかった。
〜続〜
※次回、最終回です!
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