〈帰路と岐路〉
踵を返して下りになった途端、やけに体は楽になった。僕らは今までの疲れが嘘のように、重力に任せて自転車を漕ぐ。いや、漕ぐというよりはただ足をペダルに添えるだけ。バスケでシュートを打つ時の左手と同じだ。朝の静けさに便乗して、僕らは滑らかに加速していく。
ただ、しばらくすると左腕に違和感を覚えた。ふと目をやると血管に異常が現れていた。血が所々でダマになっている感じなのだ。(※「ツールドフランス 血管」で調べると似た感じの画像が出てきますが閲覧注意です。繰り返しますが閲覧注意です。自己責任でお願いします。🙇♂️)ただ、止まってもどうせすぐには回復しないだろうと覚悟を決め、とりあえず下っていく。僕らが登ってきた道を一瞬で下っていく。淡くて暗い思い出が風と共に流れていく。
行きは暗闇と体力との闘いに必死で気づかなかったが、時速80km近く出ていた時があったらしい。車通りが非常に少なく、静か過ぎる田舎の夜だからこそ可能なことだった。しかし今は車通りも出てきたし音も光も溢れているため少しスピードを抑えて走る。と言っても下りゆえに30〜40kmぐらいは出ていた。
帰路についてから約1時間。アドレナリンが切れたことと、下り坂が少なくなってきたことでスピードが落ちていた。それに加えて、ここで空腹を強く意識するようになっていた。そのため僕らはとりあえず最寄りのコンビニを探す。
来た道の中で最も近いコンビニまで約10km。こんな人里離れた所まで来ていたのかと、再認識して驚く。とともに僕らの頑張りが今となっては仇となってしまったことに小さく嘆く。しかし泣き言を言っても始まらないので、僕らは自転車に跨ってコンビニに向けて再度漕ぎ始めた。
それから約1時間後、やっとコンビニに着いた。とりあえず朝ご飯を買い、コンビニの裏手で無心で貪った。
食後は3人全員が無言で、下を向いて回復を図る。しかし極度の疲労と眠気により、そんなことでは全く回復の兆しが見えなかった。
Rが小さく呟く。
「あと何km?」
「45km」
地図を見て僕が答える。
「登りは?」
「見た感じそんなに無いけど、無くはない。」
「しかも行きで時速80kmぐらい出たあの長い下りあるしな。」
Kがあの難所について言及した。
「確かに…」
「・・・」
それを思い出した僕が小さく呟いた後、少し場が静まった。絶望感が喉にまとわりついていた。
「もう、無理じゃね?」
3分間の沈黙の後、Rが口を開いた。
「でも、どうする?」
「ジャンボタクシーは?」
僕が全く考えていないアイデアを彼が出してくれた。一旦自転車を置いてレンタカーなども考えはしたが、明日以降の予定やそもそもレンタサイクルであることを鑑みてそれらの手は全てボツになっていた。そんな中、それは唯一、実現可能性が高いアイデアだった。
その後、僕らは電話してジャンボタクシーを以来した。料金は非常に掛かってしまったが、このままではホテルまで無事に帰れるかも怪しかったのだ。
コンビニの近くにあった仁淀川町役場を待ち合わせ場所として伝え、僕らその役場の駐輪場に自転車を置いて休憩室で待った。安堵と悔しさ、そして疲労感がぐちゃぐちゃに混ざった中、体は限界を表現するかの如く、覚醒と気絶を繰り返した。
約1時間半後、タクシーが到着した。タクシーに自転車を積んだ後、高知駅に着くまでの1時間半。僕らは一言も喋らなかった。いや、喋れなかった。全員ぐったりと頭を垂れ、夢の中を彷徨っていたのである。
深い深い闇の中、走っても走っても光は見えない。無限とも思える時間、走り続けた末、僕は不意に暗闇に溺れた。その時天を仰ぐと、一箇所だけ青空が広がっていた。そこに手を伸ばして助けを求めようとした時、ちょうど高知駅に着いた。
目を擦りながら自転車を返してホテルに戻った僕らは、すぐさまシャワーを浴びて布団に飛び込んだ。
〜続〜
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます