〈ひと夏の青さ〉

5:30。辺りが明るくなってきた。しかし幸いにも、1つ目の山の最終局面に到達することができていた。

最後はもう斜度5%〜10%超えが連続するつづら折りだった。曲がっても曲がっても、延々と道は続いてゆく。

ただ何故か僕だけ、足の筋肉がゾーンに入っていた。先ほどまでは気怠げな重さが付き纏い、歩くだけでも一苦労だった。しかし今はギア3で斜度10%以上の坂を登り始めた。

エンジンは朝やけだった。綺麗な景色で体力が回復したのだ。そんな“バカな話”があるのか、答えはイエスだ。友人より先に駆け上がって写真を撮っては追い越される。そんなことを繰り返していた。

ただまあ、その後の様子は予想に難くない。すぐにバテてヘトヘトになりながらなんとかチャリを押して進む。ほらね。上述したように“バカな話”だ。

空は焼けるように赤く美しいが、その美しさを横目に死に物狂いで自転車を押す僕は、まだまだ青く、そして白かった。なんでも吸収できる、そんな白さを持っている。というわけではもちろんない。頭が真っ白なほど、いっぱいいっぱいだったというだけである。

そしてそんな僕に追い討ちをかけるように、地図を見ると想像以上に進んでいないことに気づいた。

僕はふと富士山の感覚を思い出した。9号目を過ぎて最後の200m。平坦であれば全力疾走すれば30秒もかからない距離である。しかし当時は、人の混雑具合もあったが、1時間ほどかかってやっと登頂できたのだ。

今はそれに近い感覚である。あとたった200m。それなのにつづら折りを曲がっても曲がっても、その先に延々と急な上り坂が続いているのだ。


6:00。僕らはなんとか1つ目の山の頂に達することができた。と言っても、見晴らしの良い山ではなく、僕らの行程においての登りの終着点というだけである。ここからは6kmほど下りが続いた後、最後に今登ってきた道以上に斜度が厳しい坂道が10kmほど連続するつづら折りが待ち受けている。そこを登った先に、僕らの夢が待っている。

しかしその夢は、儚くも散り始めていた。その理由は3つある。まず1つ目は、車通りが少し出てきたことだ。最後の上りで、こんな山道で朝早い平日にも関わらず、車が3台ほど僕らを追い抜いて行った。また2つ目は、気温である。光が出てきて元気をもらえたのも束の間。熱い真夏の太陽は、容赦なく僕らを焼き始めた。今までの人生で太陽をこれほど憎んだことはない。そして3つ目は、単純に体が限界だった。僕は登り終えて座り込んだ瞬間、右足を攣った。そして回復してから1分後、次は左足を攣った。


28km地点同様、僕らはここで多数決を採ることにした。結果、満場一致で引き返すことになった。このまま進んでは、ホテルまで戻ることが絶対にできないためである。

夢はこうして散っていくのかと、この先の下りの始まりであるトンネルを写真に収め、僕らは踵を返した。

空には、世界の偉大さを語っているかのような夏の青さが雲の隙間から顔を覗かせていた。忌々しくも目を逸らすことを許さないほどに雄大で、深く遠く澄んでいた。僕らの目指す青で、そして手の届かない青だった。


〜続〜

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