〈2つの困難〉
2:30。休憩を経て50km地点を出発した僕らに、早速1つ目の暗雲が立ち込めた。これは比喩表現ではない。つまるところ文字通り雨雲が発生したのである。ポツリポツリと、気のせいだと思えば思うほど、雨足は強くなってきた。天気予報を確認すると、先ほどまで晴れマークだったところが雨マークに変わっている。
そのため、一度路肩に自転車を止めてバッグをビニール袋で覆った。軽量化のためレインコートは持ってきていなかったため体は雨を防ぐことはできないが、せめてバッグとその中身だけでも死守しようと考えたのだ。また、マーフィーの法則が頭をよぎったことも1つの理由だった。
「マーフィーの法則?」
「うん。まあ、俺もよく分かってないけど、失敗する可能性があると失敗しちゃうってことらしい。」
「うーん。よくわっかんね。」
「まあね。ただこういう例なら分かりやすいんじゃね?パンが落ちた時、高確率でバターが塗ってある面が下になる、とか。」
「なーるほど。なんとなく分かった。」
「そそ。だから今回も、そのまま何も対策を取らずに走り続けると、きっと雨足がさらに強くなる、とかね。」
「だからあえてバッグだけでも防水対策するんか。」
「そう。まあ気休め程度だけどね。」
その後も僕らは、夜の闇に飲まれないように会話をしながら進んでいった。幸いなことに、マーフィーの法則のおかげかは定かではないが、雨足は次第に弱まって止み、少しひんやりとした涼しさが僕らの汗を拭ってくれた。
ただ、空にはこちらに襲い掛かりそうな雨雲が依然として広がっており、星はもう見えなくなっていた。
その後、僕らの進む道は過酷さを極めた。ここで2つ目の壁である。いや、壁というより坂である。傾斜はキツイ登りの連続で、斜度も5%〜10%が連続していた。ロードバイクであれば、10%を超えて15%ぐらいから激坂だとも言われているが、僕らが乗っているのはママチャリである。それも電動無しの。しかもここまで50km漕いで、荷物も大きなリュックを背負って、真夏の夜の気温で汗だくになりながら。そのため、僕らはそんな斜度の坂道を漕げるわけもなく、自転車から降りて引いて進むしかなった。
この時僕らは、既に1つ目の山、最初に「前座」と表現して舐めていた山道に入っていたのだ。
ゆっくりとゆっくりと進んでいく。この時のスピードは、時速4kmぐらいだったと思う。いや、もっと遅かったかもしれない。
自転車を置いて歩けば、もっと速く、しかも楽に歩けただろう。だがしかし、僕らの夢はママチャリで四国カルストを疾走することだったのだ。これだけ自転車に苦しめられながら、目的が山の上で自転車を乗り回すことだというのは可笑しな話ではあるが、ともかく僕らはそれを夢見ていた。その淡い光を辿りに一歩一歩足を前に運んでいた。
そして体力の消耗に伴い、休憩の頻度も増えていた。僕らは20分ごとの小休憩と1時間ごとの大休憩を繰り返さざるを得なかった。相棒として親しんでいた自転車は、いつしか鉛のように重さを増し、煩わしささえ感じるほどに心の余裕も無くなっていた。
そして何度目かの休憩の時、辺りがほんのりとと明るくなってきていることに気がついた。まだまだ暗闇ではあるが、暗さのピークは過ぎ去ったような感じだった。先ほどまでの漆黒に、白の絵の具がほんのちょっと混ざった黒、そんな色をしていた。時刻は4:30。1つ目の山の終わりまであと6kmほど。なんとしても日が出てきて暑さが増してくるまでにはこの「前座」を片付けたかった。
僕らはそれを目標に奮起して、力を振り絞った。
できるだけ足早に、ゆっくりと。そうならざるを得ないほどに疲弊していた。そしていつしか話し声は消え、荒い息遣いだけが静かに響いていた。
〜続〜
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