第4話 イレギュラー(最終話)



「ご主人様、お食事のご用意ができました」


 子供部屋のような研究室に、少年型アンドロイドの僕——アルモが、今日の食事をトレーで運ぶと、ご主人様は嬉しいという表現かおをしました。


「ありがとう、アルモ。今日のメニューは何かしら?」


 すると、弟のクロモが今日の献立を説明します。


「最近、体調がよろしくないようですので、アワビのお粥をご用意しました」


「そう、いっぱい食べて仕事がんばらなきゃね」


 ワーカホリック気味のご主人様は、今日も顔色がすぐれません。


 量産型のアンドロイド製作をとある企業に頼まれているそうですが……企業との連携がうまくいってないそうで、トラブルが多発しているようです。


 僕たちのように愛情をこめて作りたいというご主人様の思いとは裏腹に、相手側は生産性の速さと安さを求めているようです。

 

「今日も徹夜になりそうだから、あなたたち二人で家に帰ってちょうだいね」


「僕はご主人様のおそばにいます」


「アルモ兄さんがいるなら、僕も」


「あなたたちがいると、集中できないのよ。だからあなたたちは帰って家の掃除でもしてちょうだい」


「ご主人様がそうおっしゃるなら」


「じゃあ、帰ろう兄さん」


 僕のコピーであるにもかかわらず、ご主人様よりも僕を優先するクロモは、どこかに欠陥でもあるのではないかと心配になります。


 新しい機能が搭載されている新機体と聞いているので、僕よりも高性能なはずなのですが、ご主人様を優先しないところは、本当に理解できません。




「ねぇ、兄さん。今日も一緒に眠ろう」


 ご主人様の自宅に到着すると、クロモが枕を持って僕のところにやってきます。


 僕はいつご主人様が帰ってきても良いように、ベッドメイキングをしているところでした。


「僕たちは眠る必要なんてないじゃないか」


「でもご主人様とは一緒に眠ってたんでしょ?」


「それは、ご主人様の安全を見守るためであって……」


「じゃあ僕は、兄さんの安全を見守るために一緒に眠る」


「僕の安全なんて、見守る必要はない」


 ありとあらゆるプログラムをインプットされている僕が、たかが泥棒などに負けるはずもなく、クロモの言葉は相変わらず理解不能でした。


「世の中、何が起こるかなんてわからないよ?」


「わかった。緊急時に備えてバックアップをとるから、交代で再起動しよう」


「僕はいいよ。バックアップは兄さんだけすればいい」


「さっきは、何が起こるかわからないって言ってたじゃないか」


「いいんだよ、僕は」


 それから同じ内容をぐるぐると言い合った僕たちですが、結局クロモはバックアップを拒否し続けた。




 翌朝、僕とクロモはお弁当を作ってご主人様の元に向かいました。


 ありとあらゆるご主人様の好物を取り入れてオニギリを作りました。


 これなら、仕事で食事をする時間がないご主人様でも、片手間に食べられます。


「いいかい、クロモ。今日は会話をなるべく控えるんだ」


「どうして?」


「ご主人様のそばにいたいからだ」


「僕は兄さんと会話を交換してAIの成長を促したい」


「それは帰ってから二人の時にでもできることだ」


 相変わらずクロモとの意見が合わず、半ば言い合いになっていましたが——。


「兄さん、何か嫌な音がしない?」


「音? 僕にはわからない」


 その時でした。


 猛スピードのトラックが曲がり角から現れました。


 僕の処理スピードでは逃げることができず茫然としていると、何かに突き飛ばされて僕は地面を転がりました。


 そしてトラックはそのまま何かにぶつかって動きを止めました。




「……クロモ?」


 慌てて顔をあげると、目の前にはトラックを全身で受け止めるクロモの姿がありました。しかもクロモは半分以上機械がむき出しになっていました。


「クロモ!」


 暴走トラックは、運転手が気絶しているようでした。僕は慌てて運転手を救出してトラックを止めました。


 すると、クロモは膝をついて倒れます。


「クロモ」


 僕は運転手を近くにいた人間に任せたあと、クロモを抱えてご主人のラボに向かいました。


 ですが、ご主人様は大事な会議をしている最中だったので、僕は会議室の前に座り込んで待ちました。


 何においてもご主人様を優先するプログラムが働いて、僕はご主人様を呼ぶことができませんでした。


 すると一時間ほどしたところで、ご主人様が現れました。


「アルモ? どうしたの?」


「ご主人様、クロモが……」


「どうして早く言わなかったの!」


 それからクロモの緊急手術が始まりました。手術といっても、パーツの交換です。


 痛みを伴うことも、出血による死の危険があるわけでもないもの、パーツを一新することで不具合が起きる可能性はありました。


 それにクロモはバックアップをとっていないので……僕はあらゆる悪い可能性を想定して、研究室の外でひたすらじっとしていました


「アルモ……あなた、なんて顔してるのよ。クロモの手術は終わったわよ」


「お疲れ様でした、ご主人様。今お茶をお持ちします」


「お茶なんていいわ。それより早く、クロモのそばにいてあげなさい」


「……はい」




 それから研究室の中に入ると、壁際に目を閉じたクロモが立っていました。


「……クロモ」


 クロモの見た目は、破壊される前そのままの姿をしていました。


 そして声をかけるなり、クロモがパチリと目を開きます。


「初めまして、兄さん」


「クロモ……」


 予想通り、クロモは僕を認識することはありませんでした。


 なぜか僕のシステムが不安定になる中、ご主人様が後ろからやってきます。


「あ、ちょっと待ってアルモ。バックアップをアップロードするから」


「バックアップ……あるんですか?」


「あれ? 言ってなかったけ? クロモの新機能で、クラウドで遠隔バックアップがとれるのよ」


「遠隔バックアップですか?」


「ええ。だから、あなたがそんな顔をする必要はないのよ」


「僕はどんな顔をしているのでしょうか?」


 ご主人様は僕を抱きしめて笑いました。


「ふふふ、他の人にはわからなくても、私にはわかるの。同じ顔をしていても、今のあなたはとても悲しい顔をしているわ」


 それからご主人様はリモコンのようなものを操作して、バックアップを復元させる作業に移りました。 


「……ほら、リストア完了よ」


 ご主人様の合図を聞いて、僕が近づくとクロモは「兄さん」と笑いました。


 するとなぜか僕も、自動的に笑顔を選択していました。


 余談ですが、クロモが僕をかばって破壊されたことで、企業のトップが深く感銘を受けたらしく、量産型のアンドロイドの開発をご主人様に任せてもらえることになったそうです。


 ご主人様はとても忙しくなりましたが、充実した日々を送れていると喜んでいました。

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