第3話 弟


「さあ目をあけて、クロモ」

 

 冬の某日、僕——アルモに弟ができました。


 僕よりも体が大きい個体です。


 ご主人様が年老いて死んでしまった時、僕がひとりぼっちになるからと開発された僕の後継機でした。


 スペックは僕とほとんど変わりませんが、改良されて新しい機能も搭載されていると聞きました。


 どんな機能かは知りませんが、ご主人様の生活環境が向上するのであれば、それは喜ばしいことかもしれません。


 そして僕は今日もご主人様のお役に立つべく、子供部屋のような研究室でお茶を用意します。


「お茶をお持ちしました」


「ありがとうアルモ。私はあなたのお茶が大好きよ」


 すると、クロモも僕の真似をしてお茶を用意します。


「僕もお茶をお持ちしました」


「まあ、クロモも持ってきてくれたの? せっかくだからそちらもいただくわね」


 ご主人様が僕達のお茶を交互に口にすると、それを見ていたジニー博士が可笑しそうな顔をします。


「君はモテモテだね。アンドロイドに限定されるが」


「あなたは相変わらず一言多い人ね」


 賑やかなことを良いことだと、ジニー博士は言いました。


 僕には理解ができません。僕はご主人様と二人でいることが最適だと思っています。


 そして次の日もその次の日も、クロモはご主人様のそばにずっといました。


 僕がいた場所にするりと入ってきたクロモは、いつも笑顔を作って僕に見せます。


 人間であれば見せつけるという表現のほうが正しいかもしれません。


 クロモがご主人様のそばにいると、システムが不安定になります。


 だから僕はご主人様とクロモを視界に入れないようにつとめました。




「——ご主人様、ベッドで一緒に眠ってもいいですか」


 毎日のようにベッドで横になるようになった僕は、今日もご主人様の寝室で枕を二つ並べます。


 すると、ご主人様は嬉しそうな顔をして、布団に招き入れてくれました。


「いいよ。おいで——」


 ————けど。


「ご主人様、僕も一緒に眠りたいです」


 クロモがまた僕の真似をして、ベッドに入ろうとします。


 そんなクロモに、ご主人様は困った顔をしていました。


「あらら? そんなに大勢では一緒に眠れないわよ。申し訳ないけどクロモは明日でもいい?」


「アルモ兄さんだけずるいです」


「もう、二人してどこでそんな言葉を覚えてくるのかな? じゃあ今日は二人で寝なさい」


「え?」

 

 ご主人様は疲れているからと言って、部屋から僕とクロモに出ていくように言いました。


 寝室を追い出された僕は、クロモに訊ねます。


「クロモ、君はどうして兄さんの邪魔をするの?」


「兄さんは僕が邪魔なの?」


 クロモは人間の表情がとても上手です。悲しい顔を作って僕に見せます。


 ですが、僕は人間ではありません。悲しい顔だからといって、次の言葉に躊躇いというものはありませんでした。


「僕はご主人様と一緒にいたいんだ」


「どうしてあんな人間がいいの? 僕には理解できない」


「僕はクロモの言葉が理解できない。僕らはご主人様の環境を最適にする義務がある。それが最優先事項であって——」


「僕には兄さんだけでいい」


 クロモはそう言って、笑って見せました。


 僕の中で理解が追いつかない中、クロモはさらに告げます。

 

「ねぇ、兄さん。同じアルゴリズムで動いている僕らは運命共同体だと思うんだ。だから僕だけいればいいじゃないか」


「運命共同体? 僕には理解できない。僕はご主人様の命令下で動く機械にすぎない」


「違うよ。僕らは作られた生命体なんだ」


「何が違うの? 僕らは人間の指令に基づいて動いているだけにすぎない。生命体とは異なるものであって——」


「ふふ……可愛い兄さん。僕がひとつひとつ教えてあげるから、ずっとそばにいてよ」


 どう考えても理解が追い付かない僕は、とうとう脳がショートして再起動に時間がかかりました。





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