第5話 攻撃的心理

人間の攻撃的心理……? なんだそりゃ。


「おい仲村。この記事に書いてある『人間の攻撃的心理』ってのは何だよ? 」


俺は仲村のスマホの記事を食い入るように見つめると 、その画面を仲村の顔の前に突き出して質問をした。


「まあ、僕もそんなに詳しい訳じゃありませんが、攻撃的心理ってのはあれでしょ……みたいな感情の事じゃないですか? たぶん。先輩だって、そんな相手の一人や二人いるでしょ? 」


確かにいる。そう訊かれて真っ先に顔が浮かぶ奴が、約一名だけいる。言うまでもない、店長の石上だ。……そうだったのか、は石上だったのか。


※ ※ ※


仕事が終わりアパートに帰ってから、俺は今日仲村から仕入れた情報を元にして、今後の対応策を考える事にした。


今夜生成される卵は、昨日の倍の三十二個。これは仕方が無いとして、もうこのあたりで終わらせたい。この先も倍、倍で増えていくのだけはどうしても避けなければいけない。


その為の対策をいろいろ考えた結果、確証は無いが卵の生成を止めるのは、結局は俺の心の持ちようなんじやないか? という事に気が付いた。


つまり、誰に何を言われても何をされても腹を立てずいつも平常心で応える。いつも笑顔で人に優しく。


俺がそんな人間になれば、攻撃的心理なんてものは生まれず、もしかしたらこの卵の増殖は止められるんじゃないかって思えてきた。


そうと決まれば、今夜は早く寝て夜中の卵の処理に備える。そして、明日からを実践しよう。



※ ※ ※


「おい、沢村! さっきからニヤニヤしやがって! お前、俺の話を真面目に聴いてるのか! 」


「はい〜! ちゃんと聴いてますよ〜。あと七台売ればいいんですよね〜♪ 」


昨日までとは明らかに違う、何を言っても全く意に介さない俺の態度に石上も怒りの持っていき場が無いのか、奴は溜め息をつき、まるでハエでも追い払うように俺の前で掌をひらひらと振った。


「……もういい、お前と話してるとなんかこっちの調子が狂う。さっさと営業に行ってこい! 」


「はい、喜んで〜〜♪ 」


「…………… 」


俺のいつもと違う様子に、石上も困惑しているようだった。しかしなんだろうか? 俺も石上に対してあまり腹は立たない。これが平常心というやつだろうか。






「おい、仲村〜! 」


「なんですか、先輩? 」


「お前、コーヒー飲むだろ? ほら、俺の奢りだ 」


喫煙室の自販機で缶コーヒーを二本買い、片方を仲村に渡す。


「あっ、ありがとうございます! どうしたんですか先輩。今日はやけに優しいですね 」


「いや、まだ結論ば出てないんだけどお前が見せてくれた例のネット記事のおかげで、俺の問題が解決する見込みがついてきたんだよ。これはそのお礼だ」


「問題って、例の『増殖卵』問題ですか? 」


「ああ、まだ今夜にならないと判らないんだけど、とりあえず今日から俺は心を入れ替えて、でやっていこうかなと思うんだよ」


「なんだそれ……そんなの全然先輩らしくないですよ」


仲村は、真面目顔でそんな事を言う俺を少しからかうように笑った。


「なんとでも言えよ。もう俺は、あの卵地獄から抜け出すんだからよ」


「まあ、頑張って下さい。僕も先輩が平和に暮らせるように祈ってますよ」


「おう、ありがとな。仲村」


そんな風に仲村と談笑してから、いつも通り営業に向かった。



※ ※ ※


仕事が終わって車でアパートに帰る途中、俺は信号の無い横断歩道で道路を渡りあぐねてオロオロしているお婆さんを見かけた。


当然ながら俺は車を停止してお婆さんが横断歩道を渡るのを待つが、お婆さんはなかなか横断歩道を渡りきれない。なにか背中に背負っている荷物が重くて、あまり速く歩けない様子だった。それはまるで、ような気がした。


今日の俺は、今までとは違う。俺は車を端に停めハザードを焚いてお婆さんのところへと歩いていった。


「お婆さん、大丈夫ですか? 俺が荷物を持ちますから、ゆっくり渡って下さい」


「おや、これはありがとうございます。すみませんねぇ〜もう年なもんで、上手く歩けなくて……」


「そんなの全然気になさらないで。誰だって年を取れば足腰は弱くなりますから。家は近くなんですか? よかったら、車で送りましょうか? 」


どうだ、この。セールスマンをやってるだけあって、初対面の人の対応は得意なんだよ。








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