第80話 擬態生物アダーパラシテス
ウインが笑います。
「いやいやトキト、算数が必要って場面じゃなかったよ。でもパルミが交渉してくれたのは、ほんとうに助かったよね」
トキトのよわよわな面が見えたので、軽いツッコミを入れたようです。
カヒがふたたび口を開いて、
「バノの言ったとおりだよ。ミッケンに手伝ってもらって、ドンの体を手当てできたもん。パルミ、お
と言いました。
バノとハートタマを含めて、みんな改めて、ドンの姿をながめます。
アスミチがわずかに不安をのぞかせて、
「記憶のほうも、ちょっと思い出せることが見つかったわけだけど……体のほうは、どうかな」
と言うのでした。
ドンの落ちた部品はほとんど元の位置にあてがわれています。ミッケンが手伝ってくれたおかげです。けれどもくくりつけただけの部品がむき出しで、全体としては、いまだにひどい壊れようです。
「ちょっとばかり不格好だけど、これで大丈夫だよね? ドンちー」
とパルミがつとめて明るく言うとドンは音声で、
「大丈夫だよ。ボク、これならすぐ歩けるようになると思うよ」
と返してきました。トキトが笑顔で
「記憶のときと違って、自信がこもった返事だよな」
そう言うと、ドンがふたたび確信した答えを返します。
「うん。自信あるよ。かならず歩くからね!」
その言葉に子どもたちはいっせいに
カヒがドンに提案しました。かねてより、話に出ていたアイディアです。
「あのね、ドン。ベルサームからわたしたちが乗ってきたスクラップがあるのはここから歩いていける距離なの。ちょっとだけでも歩けたら、そこまでいけるね!」
ドンはこんな素朴な疑問を口にしました。
「ボク、スクラップを食べていいって聞いたおぼえがあるけど……みんなは、スクラップに乗ってきたの?」
ドンは湖に落ちてきた子どもたちを助けた張本人です。
アスミチが答えました。
「乗りこんだときは新品だったんだけどねー」
カヒがやさしくドンキー・タンディリーに言います。
「あのね、空間転移ゲートっていのに入ったときにゴーレムの手も足もちぎれちゃったんだ。ゲートから出たときには操縦しようとしても動かなかった。もう半分以上は壊れていたと思うよ」
さらにパルミがジェスチャーを交えて説明を加えました。
「そーそー。空をぶーんと飛んでね、落下した時の衝撃でがっしゃんオシャカになって、すっかりバラバラのスクラップになっちゃったんだー」
手でローラーコースターの動きのように落ちる様子を表します。
ドンはそれに素直に理解を示します。
「空を飛んだけど機械が壊れていた。だから空から助けてってボクを呼んだ。そうなんだねー」
だいたいのところがドンキー・タンディリーにも伝わったようでした。
アスミチがドンに質問を投げかけました。
「ところでさ、ドン。ヘクトアダーの体のことだけど、あれも食べられる?」
枯れ枝や枯れ葉を食べ物にしたドンです。その理由は有機物がエネルギーになるからでした。ヘクトアダーも有機物に違いありません。
「うん」
とドンはかなり前向きな返事をしました。
「あれはステキだよ。食べたいな」
こんな風に二つ返事をしたほどです。
どういう意味でステキなのか、バノを含めて誰も理解できませんでした。
「おいしそうに見えるものなの……?」
とたずねるウインに、
「おいしそう? 味っていうこと? それは、食べてみないとわかんないや」
と、少しちぐはぐな返事をするドンでした。カヒが気になったようで
「さっきまで食べていた石や木は、味がしたの? ドンキー・タンディリー」
と質問すると、
「ううん。味は感じなかったよ、カヒお姉ちゃん」
ということでした。ステキという言葉は、どうやら味のことを言ったのではないようです。しかし、ドン自身でも伝わるようには説明できないようでした。時間がおしまれたので、この話題は
『ドンキー・タンディリーがヘクトアダーを食べる』
ということで決着しました。
ドンはロボットなので人間の基準では測れないのだろう、とみんなはその程度に考えたようです。このときには。
バノと出会って二日目、ヘクトアダーとの戦いを経験した長い一日がそろそろ夕方にさしかかってきています。
午後の柔らかな光が、湖と森の木々の葉をとおって地面におりたっています。影と光が小さな生き物のようにせわしく動き、よろこびに舞い踊っているようです。
六人の子どもたちは火を使わない、かんたんな食事をすませました。
今日のうちにしなければいけないことを考えます。
「一度、軽く見回りをしたほうがいいんじゃねえかな。あと、ドンがどこまで動けるか、やってみたほうがいい」
トキトが言うと、ドンが返事をします。
「ミッケンお兄ちゃんが包帯やそえ木を当ててくれたから、歩いてもバラバラにならないよ」
会話しているあいだにも、ドンの言う「自然に部品が体に戻る」という作用は働いていたに違いありません。そえ木で固定しただけでも効果があるのだそうです。
ウインがみんなに考えを話します。
「だったら、暗くなる前にドンを連れてスクラップヤードに行っておきたいよね」
ウインの言葉に、「明日でいい」と答える者はありません。
疲れてはいます。
「今すぐか、なるほど……」
トキトも少し考えるようです。仲間の負担、ドンの壊れ具合、太陽が沈むまでの猶予、それらをひとつひとつ検討しているのでしょう。
今日、時間の大切さを思い知った彼らです。ドンの修復のためにスマートフォンや、パルミの大切な思い出の品も失って、やっとぎりぎり助かったほどです。
いろいろなことを少しでも後回しにしていたら、全員が助からなかったかもしれません。
トキトが言います。
「いいかもな」
パルミも同意のようで、
「金属をいっぱい食べてもらって、ドンちーにもっと元気になってもらいたいもんだよね」
と、大いに賛成のようでした。カヒがドンキー・タンディリーの大きな体を見上げます。
「ねえ、ドンは有機物を食べてすぐにエネルギーにできるの? ヘクトアダーを食べておいたほうがエネルギー取れるのかな」
カヒは首をヘクトアダーの残された胴体に向けました。
ドンはうれしそうな返事をします。
「ヘクトアダー、今、食べていいの?」
ミッケンが回収せず残していったヘクトアダーの体は今すぐにドンの食べ物にすることになりました。
「つかさー、ドンちーの三倍くらいヘクトアダーの長さがあるけど? 食べられるの?」
と言うパルミに、バノがすかさず答えます。
「パルミの疑問はもっともだが、もうこれまでにドンは
というバノの推理でした。
「バノお姉ちゃんの言う通りなの。折りたたみ風呂敷がボクのなかにもあるんだ。今日、半分だけ食べるね。残りは明日にするよ」
「やはりそうか。これからもドンキー・タンディリー自身について、たびたび質問させてもらうかもしれないが、いいかな?」
「いいよ、バノお姉ちゃん。ボクも知りたい。けど、なかなか思い出せなかったら、ごめんね」
「なあに、私も、自分自身の記憶をなくしている身だ。君がちょっとでも思い出せるだけで、とてもうれしいんだよ」
そんな会話をしました。
ここでドンの回復の具合がひとつわかることになりました。左腕が自由に動かせるのです。
ドンはもう手伝われなくても食事ができるようになりました。
「なるほど……手も変形する。指も細くできて、小さいものをつかむとか、いろいろできるんだね」
アスミチがドンキー・タンディリーが体ばかりではなく、手の形状も変化させることに気づいて好奇心のかたまりになっていました。バノも加わって、あれこれ二人で話しながらドンの体と動きを少しのあいだ眺めました。
ドンが食事を始めたころ、ふいに大きな声が挙がります。
ヘクトアダーの胴体のあたりにいたトキトからです。
「うおおおおおおおお、なんだこれは、なんだああああ」
大あわての叫び声です。トキトがこんな声を出すのは珍しいことでした。
トキトはアスミチたちと同じようにドンの食事を間近で見ようとしていたのですが、事件に
ヘクトアダーの胴体は、ウィルミーダによる深い切り傷があります。胴体がなかば分離しそうなほどになっています。
切り口からにょろりと出てきた大きなものがあったのです。
「ぎゃっ、ヘビの中から白いヘビぃ?」
パルミはトキトの後ろにいたのですが、猛スピードで遠ざかりほかの仲間の後ろに隠れました。
ヘクトアダーの切断面に、長い白い生き物が動いています。巨大なアダーから出てきただけあって、その白い生き物も巨大です。
細長い姿をしているようでした。目も口も見当たらない、胴だけのような姿でにょろにょろと出てきます。
うどんを一本だけ
バノが冷静な声で言います。
「寄生虫だ。なんと亜竜に寄生する生き物がいるとは」
と言いながらも彼女もだいぶ腰が引けていました。決してその白い寄生虫に近寄ろうとしません。
口調だけは冷静に、
「名付けよう、アダーパラシテスと」
などと言っています。 カヒが体を
「バノ、これ危険じゃないの?」
トキトを心配してのことでしょう。
カヒにうながされて、バノはトキトに言いました。
「ヒトになにかするとは考えにくいが、トキト、警戒をしておいてくれ。
アスミチがさっそく例を挙げました。
「魚を宿主にするアニサキス、カマキリを宿主とするハリガネムシは、中間宿主を必要とするよね。どちらもにょろっと長い姿だよ」
アダーパラシテスは頭をぐるぐると回していました。空気中の分子でもとらえていたのでしょうか。
「ヒトにも、ぎょう
トキトが用心深く金属棒を構えて言いました。
ウインもその名前なら聞き覚えがありました。
「うー、それも長いやつだよね……にょろにょろが……消化管に寄生して栄養を吸い取るっていう……
アダーパラシテスがヒトを襲って捕食するようには見えません。けれどサイズがあまりに大きくて、不気味な感じがしました。
やがて宿主であるヘクトアダーの体から地面に向けてアーチを描いて進路を定めます。
「クエスチョンマークみたいな形になってる……何をするんだろう?」
ウインがそんなことを言っているうちに、アダーパラシテスは頭を地面に突き刺し、体をぴんと伸ばしました。
倒立したまま、体を固くしたかっこうです。
「
アスミチは興味深そうです。
「釘にしてはずいぶんでっかいよな……」
トキトが言うのももっともで、ヘクトアダーに寄生するので大きなサイズなのはわかります。とはいえ、ヒトの身長の何倍もある
見る間にパラシテス・アダーは体の色を変えてゆきます。
白から濃いクリーム色へ。さらに茶色を
「木の幹みたいになったね……」
カヒの言うとおりでした。あまつさえ、高くかかげた尻尾にあたる部分が、細かく枝分かれを始めます。
「ひょわー、ほんとに木に変わってきたよ。葉っぱも出てきたんじゃね?」
パルミが自分の後ろから言うので、ウインも目を凝らします。
「うそ、ヘビから出てきて植物に? そんなことが」
と言いましたが、ウインは言葉を
枝分かれした先のほうは、緑色に
バノがこの変化を見て考えた仮説をみなに伝えます。
「あくまで仮説だが、宿主の命が尽きると、植物に
今の説明にまた興味を刺激されたのはアスミチでした。
「ヘクトアダーも、寄生虫も、寿命がないんだ!」
アスミチはやはり彼独特の部分に
「ヘクトアダーをはじめとする亜竜には寿命がないことがわかっている。でもアスミチ、このアダーパラシテスがどれだけ生きるかはわからないよ」
ウインが思い出しました。
「あ、ミッケンも同じことを言っていたよね。ヘクトアダーのほう。定命ではないから心臓を破壊しないとずっと生きる、って」
バノは、仲間たちに言うというよりは独り言のような口調になりました。
「ふむ。ヘクトアダーが伏流水からオアシスを作るのも寄生虫に
植物に擬態させたままここに放置するべきかどうか、仲間は話しました。
ドンに水を向けると、
「食べたい」
とのことなので、食べてもらうことになったのでした。
アダーパラシテスをすっかり飲みこんだとき、ドンに一時的にいじちるしい変化がありました。少しずつ起こった変化に、はじめに気づいたのはカヒでした。
カヒがドンを心配そうに見ています。
「ねえ、みんな。ドンがちょっと変……っていうか、光ってない?」
もともとドンの外装板は、黄色っぽいくすんだ色をしていました。
以前、バノが「ドンキー・タンディリーは重機のように
今、重機のようなその体がほのかに発光しています。
ホタルの光のようにほのかな輝きでしたが、パルミはおどけます。
「ひゃっ、まばゆいまぶしい神々しい」
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