第78話 リュスト・ゴーレム、展開

 作業が終わるころに、ミッケンが言いました。

「みんなは、このあとどっちの方へ移動するんだ?……って、これも聞いちゃだめだよな」

 たしかに、これからの目標は言えません。ドワーフの国に向かうこと。そこで地球へ帰るための道具、ダロダツデーニを探すこと。これらは秘密のままのほうがいい気がします。

 パルミがそつなく答えます。

「そだねー。でもさ、そっちのウィルスミッソンみたいにあたしらを乗せて運べるから。このスーパー・ポンコツ・オトートブン・マシンも」

 内容はいいのですが、パルミ独特の変な言葉づかいでした。そのせいでわかるようなわからないような言い方になっています。

 ウィルスミッソンという映画俳優でもいるのでしょう。パルミはうろ覚えの名詞があると創作してしまう子なのですね。

 ミッケンもパルミにペースを乱されて、

「いや、ウィルミーダだけど……あ、これむしろ間違っててくれたほうが助かる……」

 と言いました。このセリフで、ミッケンもメルヴァトールのことをあまり人に知られたくないと考えていることが仲間たちにもわかりました。

「いや、そんな言い間違いはパルミだけだよ。ウィルミーダの名前、ぼくたちは覚えちゃったから」

 とアスミチが言い、カヒが

「でも安心して。ミッケンの秘密は言わないから」

 と助け舟を出してくれました。

 トキトがミッケンを安心させようと言いいます。

「そうだぜ、ウィンドミールの名前も、できるだけ言わないし。さっきのミッケンのことは、うそをついてでも秘密にするぜ」

 パルミよりはマシですが、風車を意味するウィンドミルが混じっているトキト。

「さっそくロボの名前が違ってるじゃん、トキトっち! あたしにばっか言うなし!」

 とパルミが小さく爆発しました。もちろん、わざとやっているので本気ではありません。

 ウインが苦笑いをしながらミッケンに言います。

「私たちはこんな感じだけど、いつもの通りだから。ミッケンは気にしないでね」


 ミッケンは帰還の準備を始めます。

「コンテナ積載リュスト・ゴーレム、展開」

 ウィルミーダのつばさは収納力があるらしく、翼の一部が引き出しのようにスライドして、中から金属が出てきました。四角い板が何枚も重なっているように見えます。

 カヒがウィルミーダと同じ白銀の板を見て

「きらきらかまぼこ板が何枚も!」

 とたとえました。

 板は出てくるやいなや、勝手に動き始めます。切れたりがれたり、分離、合体して、人間の姿に近い見た目になりました。ウィルミーダよりは小型で、背丈がヒトの三倍ちかくあるロボットです。

 アスミチはバノが見せてくれたイシチョビの姿を思い出しました。

 ――これが強い魔法の力で作られたゴーレムなんだな。ひとりでに動いて人型に変形するんだ。

 灰色のロボットとでもいう形になりました。コピー機などのオフィスマシンをロボットに組み立て直したような印象です。

「リュスト・ゴーレム?」

 アスミチがひとり言のように言ったのをミッケンが

「リュスト・ゴーレムは見せていいと思う。我が国ではもうすぐ公開するんだ。実戦もんでるしさ」

 などと余計な情報を付けたして答えてしまいます。おかげで、ひっそり聞いているバノはまた胃がキリキリ痛む気がするのでした。

 アスミチはベルサームの戦いで見かけたよく似た形の灰色ロボットを思い浮かべていました。あのときはリュスト・ゴーレムという名前は知らないままだったのですが。

「荷物を積みこんで、ウィルミーダで牽引けんいんして国に帰るよ」

 持って帰る荷物というのは死んだヘクトアダーのことでしょう。

 勝利の証拠として持ち帰ろうとするのは当たり前のことに思えたので、子どもたちも疑問を覚えません。

 でも、ウィルミーダより巨大な体を全部持ち帰ることなんてできるのでしょうか? 

 ミッケンがなにかの作業を始めています。

 聞くと、持ち帰ろうとしているは、ヘクトアダーの頭部と心臓とのことでした。

 興味深く思ったアスミチとトキトが見せてもらうと、なんと、心臓は、体から切り離されても動いています。ウィルミーダの手の中で脈打っていました。

 ――うげ、心臓だけは死なないってさっき聞いたけど、動くのかよ!

 さすがのトキトもぎょっとなっているのを見て、ミッケンが教えてくれました。

「ヘクトアダーは非定命ひじょうみょうだからな。ドラゴン・サブスペキスは心臓を直接破壊しない限り、死なないんだ」

 今の言葉の「ドラゴン・サブスペキス」というところは、自動翻訳で「亜竜」とも聞こえました。

 まだコンテナ容量に余裕があったらしく、ミッケンは新たにアダーが生やした二本の前肢ぜんしを切り取って収納しました。

 そこにアスミチが目をつけました。

「ねえ、ミッケン。リュスト・ゴーレムのコンテナも折りたたみ風呂敷になっているの?」

 ウィルミーダよりずっと小さなリュスト・ゴーレムの大きな積載量に疑問を持ったのです。

 ミッケンは自信なさげに答えます。

「たぶんそうだね。くわしいことは発明したデンテファー……発明した人に聞かないと俺もわかんない」

 ――途中までだけど、また言った! 私の名前を言ったらダメだろミッケンー!

 そのバノの声もハートタマは中継しなかったのです。しなかったけれども、バノがさぞやハラハラ、ヒヤヒヤして、もだえ苦しんでいるだろうなと仲間たちは容易に想像できました。事実を的確に理解していたのでした。

 それでほぼすべての行程が終了となります。

 ところが、そのタイミングで、ミッケンがきこむ場面がありました。

 彼は操縦席から決して降りてこようとしなかったのですが、せきの音が外部音声で聞こえました。

 ミッケンが苦しそうに、ごほっごほっと湿った音の咳を連続しています。

 みなが心配して呼びかけます。ウィルミーダから降りて地上にくるように言ったのですが、ミッケンは降りてこようとしません。

 アスミチが一計を案じます。ミッケンにこう聞きました。

「たぶん、ミッケンは命令でウィルミーダを離れられないんでしょ?」

 返事がないのを肯定こうていと取り、

「じゃあ、ぼくをそこまで持ち上げてくれたら、魔法の治療をもう一度するよ」

 と申し出ました。

 苦しそうな声で、迷いながら返事をするミッケン。

「うう……でも、ごほっ」

 パルミがすばやく説得します。

「ミケっち、アスミチは操縦席に一度入ったんだから、今さら変わらないっしょ」

 この言葉でミッケンも、納得したようでした。ウィルミーダが膝を着く姿勢になります。ハッチが開き、ウィルミーダの手が降りてきます。

 カヒがアスミチを見送りながら、

「毒がまだ残っていたんだろうね。苦しいよね」

 と言い、アスミチはウィルミーダの手のひらにせられて上がってゆきました。

 操縦席が開くと、アスミチが乗りこんでいきます。

 ミッケンは少し血を吐いていました。顔色はすこぶる悪く、紫色の唇をしています。

 ちゃんと生きています。ただし、体調は悪そうです。

 ミッケンが言うには、

「体のどこかに残っていた毒が回ってきたかも……悪いね、アスミチ」

 ということのようでした。

 ピッチュが体力だけは回復する魔法をかけているようです。

 解毒げどくはミッケンもピッチュも得意ではないのでしょう。

 ――ボリハナという名前のピッチュ、精霊だったっけ。しゃべらないけどミッケンを助けようとしているんだ。

 ハートタマと同じピッチュという精霊ですが、似ていません。植物の姿をしているピッチュは魔法の光を放っています。

 ――さっきのバノが使った呪文を、ぼくは覚えている。

 ミッケンに魔法に同意させ、見よう見まねでの魔法を使います。

 やわらかな光の照射で、ミッケンはみるみる回復しました。

 わずかな毒も、これできれいに消え去りました。

「ありがとう。君は若い術者なのに腕がいいなあ。いい師匠ししょうに教わったんだろう」

 ミッケンにそんな風に言われて、アスミチは胸を張りました。その一方で、「師匠」の自慢をしたくなるのをこらえました。その名前を言うわけにはゆきません。

 すました顔で、

「今、魔法を使ったけど、ちゃんと医者にみてもらうのを忘れないでね」

 と言うことができました。

 ――あ、そうだ。バノと言えば。

 アスミチは自分の取り分の「きばのこ・はのこ」を取り出しました。

「おまけだよ。ぼくたちの故郷のお菓子なんだ。食べて、元気を出してよ、ミッケン」

 ミッケンもこのときは断りませんでした。素直に食べ、

「おいしい! ソイギニスのお菓子だろうなあ、俺の故郷にこんなのないから、うらやましいや」

 と感想を返してきました。

 ミッケンがあまりに素直なので、自分たちをソイギニス出身と誤解させたままなのが申しわけなく感じられてきます。

 アスミチは言い出していました。仲間に確認を取らずに、自然に口をついて言葉が出てしまったのです。

「ミッケン、ほんとうはぼくたちは……」

 この言葉はハートタマの中継で仲間たちにも届いていました。

 全員がハラハラしましたが、アスミチを押しとどめたのは、意外にもミッケンでした。

「いいって、秘密は言わなくていいから! 俺は命を助けてもらった。恩人のことを詮索せんさくしないさ」

 ここでアスミチも我に返りました。

 ただうなずいて、地上に戻ってきました。


「じゃあ、持って帰る。みんな、元気でいてくれよな」

 とミッケンは別れの言葉を告げました。

 ウィルミーダが空へと浮かんでゆきます。

 出現時との違いは両手で体の前に固定したリュストゴーレムでした。灰色のロボットは無骨で、いかにも鉄板で作ったロボットといった風情です。

「銀色のよろいの騎士が灰色のプリンターを抱き上げているみたいだね」

 カヒも自宅にあるレーザー・プリンタの四角い形を連想していたようでした。


 ウィルミーダは空に上昇してゆきます。

 羽ばたきません。

 なんの音もウィルミーダは立てません。

 ただし、よく耳を澄ませると空気を循環させる音のようなもののがフィイイと聞こえる気がします。

 金属の兵士は、ずいぶん高くまで上がるようでした。

 二十メートルほどもある機体が、小さな虫のように見えるころ、帰還のために移動を開始します。

 東の空へと進んで行きました。

 ウィルミーダは地平線に吸われるように去っていきます。やがて小さな点になり見えなくなりました。

 地平線近くがずいぶんかすんで見えました。


 バノも姿を現しました。窮屈きゅうくつな時間が続いたので体のあちこちを伸ばしています。 仲間といっしょにウィルミーダとミッケンの飛び去った東の空を見つめました。

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