第15話 命の天秤
「王都脱出計画?……それってそこまで大げさに言う事ですか? そんな事を言っている暇があるなら、貴方達だけで今すぐ走って、逃げれば良いと思いますよ」
「ううん、そう簡単には行かないよ」
「そうだぜお嬢ちゃん……っていうか名前知らねえと不便だな。全員名前を言ってけ、俺はガミルだ」
今さら自己紹介の時間を設けるのか……
まぁバタバタしていたし、仕方無いのかもしれない。
「……はぁ、アイラです」
「ムムはムムララだよ〜」
「……アロンっす」
「それで簡単に行かないっていうのは、どういう事ですか?」
別に逃げるだけなら割と簡単そうだと思うが……
特にある程度実力を持った者なら、すぐだと思う。
私のように、今から城の方へ用があるわけでもないだろうし。
それに、この王都は壁で囲われてるわけでも無いから、門の前で人が集まりすぎて、脱出できないという事にもならない筈だ。
「じゃあ、さっき言わなかった3つ目の話をするね。実はあの黒いのを倒した後、またすぐに魔物の塊が空から落ちてきたんだよ、お城の方にね」
「は――?」
まずい。
こんな場所で道草を食ってる場合じゃなかった。
今すぐ向かわないと行けない。
私はすぐに向かおう立ち上がったが、ムムララに押さえつけられてしまった。
「何してるんですか邪魔です!どいてください!私はエメアの下に向わないと行けないんです!!!」
「落ち着いて……というか考えなよ。キミ1人でお城の方に今向かっても、道中で死ぬだけだよ」
そんなの試してみなければ分からないじゃないか!
クソ!
振り解けない。
馬鹿力め……
…………落ち着け。
確かに今の私が出来るのは、自身の体を傀儡のように操るのと……おそらく転移が数回ほど使えれば良い方だ。
言われてみればムムララの言う通り。
なんなら現地に到着するだけして、ただの足手纏いになって死ぬのがオチまである。
どうにかしないといけない。
考えろ私。
「なんだよお前ら、城に用があんのかよ。じゃあ結局当てハズレじゃねえか」
「ガミルさんはさっきから、何を期待してるんですか?」
「それはな――」
---
この男達はどうやら腕が無くなって、かなりパワーダウンしたらしい。
片腕だけではまともにバランスも取れなく、戦闘も出来ないので、チマチマと逃げながらこの家に、たどり着いたという。
それでたまたま出会った私に、助けを求めようとしたけど、残念ながら私も瀕死状態と対して変わらない、と。
「っていうか貴方達2人揃って、なんで片腕が無いんですか」
「それはっすね……魔物達が降って来る直前、偶然出会った通り魔に腕をもぎ取られたんすよ」
「へ〜、そうですか……」
腕だけもぎ取っていく通り魔って、いったい何……?
この世界ってそんなのがいるのか。
変わってるとは思うけど、まぁ因果応報だと思う。
子供を攫ってたんだし。
「あまりに動きが速すぎて、殆ど目で動きが追えなかったんだが、一つ面白い身体特徴を見たんだよな」
「……はぁ」
別に話は通り魔にやられただけで充分なんだけど、質問をしたのは私の方だし黙って聞くしかないか。
「それがな――尻尾が2本の獣人だったんだ!凄くないか!? 珍しい物を見た嬉しさと痛みで、俺の感情は複雑だったね!」
「そんなのを見て感動できる先輩だけっす。俺はもう片腕が無くなって泣きたいくらいですもん」
「あれ、どうかしたのアイラちゃん?左手で目を覆ったりして」
……うわぁ。
そんなの絶対エメアしかいない。
って言うことは何、あの断末魔のような声の正体って……
こうなると偶然というより必然まである。
というか絶対ありえない例え話だけど、エメアを置いて、私とムムララだけで逃げるということになっても、今この場にいるこいつらの手を、借りる必要性を全く感じない。
じゃあムムララは何の報酬も無しに、出会ったばかりの人の腕を治したりするのだろうか。
初対面といえば私もそうだが……
「そういえばムムララさんは、この人達の腕を治す気があるんですか?」
「なんでムムがそんな事をする必要性があるの? 男性諸君だけで逃げるのは無理かもしれないけど、ムムとアイラちゃんだけで逃げる分には、結構余裕あるよ?」
やっぱりそうか。
っていうかムムララは私と逃げる気満々だけど、城には近づきたく無さそうに見える。
まぁ今わざわざ城に近づきに行くのは、自殺行為に等しいし、行きたくないは当然といえば当然。
だけど何故か分からないが、私という存在に固執している。
…………よし!
とても良い案を思いついた。
久しぶりに自分が天才だと思えたかもしれない。
「おい、どういうことだ!てめぇ、俺――」
「ガミルさんは少し黙ってください。大丈夫です。何とかします」
ここにいるゴミクズ達を利用して、私が道中、ある程度安全に、エメアの下へ行く方法。
ムムララは不思議な物を見る目で、こっちに視線を向けている。
「アイラちゃんが何を言い出すか分かんないけど、ムムはそこの人達を治す必要性を感じないよ!」
「……ムムララさんは私に生きていて欲しいですか」
この質問。
もちろん初対面の人間相手にするものではない。
「まぁ、そうだね……ムムに近い人は久しぶりに見たし」
「じゃあ、やっぱり私の手伝いをしてください。そうすれば何も問題ありません」
「それはい〜や! 多分ムムがキミを介護しながら城に向かって、そのエメアって子を助け出しても、脱出できるかは五分五分だよ? やってらんないって」
ムムララは小さな鼻息を漏らし、プイッと顔を横に向けてしまった。
「ふぅ。そういえば貴女はいったい、誰のおかげでほぼ無傷なんでしょうか?」
「……」
「どこの誰が四肢を犠牲にして、貴女を助けたんでしょうね」
「…………」
「あの時、空から降ってきた貴女を受け止めた事を、いま凄く後悔しそうなんですけど、そこらへんは大丈夫そうですか?」
「…………うぅ、でもぉ……流石にぃ」
モジモジとするムムララ。
あぁ、これは押せば行けるな。
善意なんて物をまともに持ってる相手は、割と漬け込みやすい。
まぁ私を最初に脅したクズが、善人かどうかは議論余地があるが……
この雰囲気に出来た時点でこっちの勝ちだ。
ムムララには最低限、私が行けると判断した場所、もしくはこれ以上は流石に無理、と言い出すまでの、道中の露払いをお願いしたい。
そしてこの鬼人ガミルと、アロンという人間。
対面した魔物達の平均と、両手がある2人のコンビネーションなら、片腕くらい治してやって、露払いの手伝いをさせるのもありだと思う。
この男達には、それを出来るだけの力があるように見える。
「じゃあ分かった、良いよ。アイラちゃんがそこの男性諸君の傷を治して、何をやらせるつもりなのかも、大体予想できる――だけど!!それならそれで、ムムに傷を治した対価を払ってもらうよ!」
対価?
そんなのは私の両手両足で事足りてる、と突き返したい所だけど、あまりに時間が惜しい。
「良いでしょう。私が今すぐに差し出せる物なら、何でも言ってください」
「今回払ってもらうものは――お金!」
ありきたりである。
別に要求する物としては、そんなにおかしくもない。
「別にお金くらい払いますけど、いくら欲しいんですか?」
私も多少は金を持ってるし、なんならガミルさん達から奪った分もある。
どれだけ額を提示されるかは分からないが、最悪手持ちの全てを取られても別に良い。
……しばらくの間、山暮らしをすれば良いだけだし。
「それはね、これで決めるよ!」
そう言ってパッと取り出したのは、六面体のサイコロを3つ。
「これで何を?」
「これの出た目で金額を決めるの!……治したのは左腕と両足、だからムムが3つのサイコロを振って――」
「理解したのでもう始めてください。会話している時間が無駄です」
くだらない。
だけど何だろう。
なんか似たようなゲームを日本にいた頃、やらされた気がする。
「よ〜っし! もうサイコロを投げちゃうからね〜!」
「はいはい」
「治療費ルーレット、スタート!――てぇりゃあぁっ!!」
出た目は6、5、4。
そういえば、どの硬貨を払うのかも聞いてなかった。
この場合はどうなるんだろう。
無難に足し算で銀貨15枚とか?
なんて考えていたら……
「金貨654マァ〜イ♪毎度!」
「は――はぁぁぁ!!?? ぼったくりにも程がありますよ!!払えるわけないでしょ!そんな金!」
馬鹿すぎる。
星金貨が約6枚分?
あまりふざけた事を抜かすなよ、と言いたい。
この額の提示。
始めから協力する気が無いとしか思えない。
「アイラお嬢さんは知らないかもしれないっすけど、失った体の部位を治す事が出来る魔導士って本当に少ないんですよ。多分、国に3人いれば良い方なんで、割と妥当な値段かも…………あんま詳しくは知らないけど」
はぁ……頭が痛くなってくる。
アロンという男。
ムムララの肩を持ってしまっているが、こいつの味方をしてしまうと、腕が治らないという事に気づいていないのだろうか?
「ならムムの要求にもある程度、正当性があるってことだよね〜! ほら、早くお金出して!」
私は一度舌打ちをして、星金貨を含めた持っている金の全てを、ムムララの前に差し出した。
「それで手持ちは全部です。これで許してください」
「ううん、もう一つ出せる物があるよね?」
「他には本当に何も無いですよ……もしかして体でも売れって言うんですか?」
「違うよ――アイラちゃん、自分の左耳に触ってみてよ」
「良いですけど……――!!」
何も疑問に思わず、そのまま触れた。
だけどやって理解した。
同時に頭のてっぺんから爪の先まで、冷えていく感覚。
胸の奥から込み上げる怒りで、喉に何かが詰まったような錯覚すら覚える。
言いたい事は分かった。
このクズヤロウ。
絶対に……
「その龍の瞳を模した耳――」
私は瞬時にクズの真横に転移し、左手に魔力を込めて突き出した。
「オマエは……ココで――コロス」
「やっだなぁ、落ち着きなよ〜。これ言うの2回目だよ?」
だけどその拳は、なんなく受け止められてしまった。
術の種明かしをほとんこのクズ相手に、してしまったのが裏目に出るとは……
「こんなことやってる間にも、その獣人の子が死んじゃうかもしれないよ? 命と物、天秤にかけてしっかり選んでね〜」
クソクソクソ!!
……だけどクズの言う通り、迷いに迷って両方失うのでは意味が無い。
大事なのは物じゃなくて命。
エメアさえ助かれば、最悪全てどうでも良いのだから。
全部終わった後、貰った物を100倍にして返せば良い。
そう……そうすれば良い筈なんだ……!
一度深呼吸して、自分の怒りを落ち着かせる。
「分かりました……それで良いですよ、クズヤロウ」
よくこの状況で笑っていられる。
ニヤケ面が減らないやつだ。
「アイラちゃんの本心が垣間見える言葉だね〜、嫌われちゃうのもアレだし……次、生きてムムの前に現れてくれたら、返してあげるよ」
なんだ。
完全に取られるのかと思ったけど、返すつもりがあったのか。
問題ではあるけど、それならまあ良い。
私は耳飾りに、魔術糸を絡ませた。
領域の範囲内に入ったら、その糸の場所が分かる……仕組みになる筈だ。
初めての試みだから、ちゃんと成功しているかは分からない。
「……そんなのすぐに、エメアを連れて貴女を探し出してやりますよ」
ムムララに耳飾りを手渡した。
「もう休憩時間も良いですよね。さっさと取り掛かりましょう」
---
ガミルとアロンの怪我を、ムムララが治療し、更に私の体にも、何かの魔術を施してくれた。
右腕が治ったわけじゃない……多分、痛み止めの類な気がする。
何となくだけど体の動きが鈍くなったし、寝起きの時もそんなに体の痛みを感じなかったので、同じ魔術をかけてくれたんだと思う。
男2人には事後承諾のようなものだったけど、怪我を治すかわりに協力をお願いした。
特に異論は無いらしい。
腕が治るなら基本的に、なんでも手伝うような様子だった。
結果論ではあるけど、こいつらの腕をもぎ取ったエメアの行動は正解だったかもしれない。
そしてすぐに4人で外に移動した。
もう殆ど日が沈んでしまっているが、王都中が焼け野原なので、視界の問題はそこまでない。
魔力切れであまり索敵範囲を伸ばせないのが、ちょっとした悩みどころだろうか。
「ごめんだけど、ムムはあんまり城付近に近づきたくないんだよね」
「は? 今更なにを言い出してるんですか、貴女は」
「話を最後まで聞いてよ――だからここから、王都中にいる魔物達を惹きつけてあげる」
そう言ってムムララは、目を瞑って下を向いた。
それと共に周囲が、原因不明の輝きを放ち出した。
「この光……魔力か?」
「これは高密度の魔力が一箇所に集中しないと、起きない現象っすよ」
これはムムララの魔力のはず。
こいつが私の領域範囲に入った時、流れを視たのでおそらく間違ってない。
アロンの話は初耳だけど、それがこのタイミングで、可視化可能なレベルになると言うことは……
「貴方達!今すぐ私の後ろにしゃがんでください!!早く!!!」
叫びに合わせ、すぐに男達は背後に移動する。
「久しぶりにアレを見たからね」
私は急いで小さな結界を作り上げた。
「うぉ、何だ?――またなんか見えないものに押されてんぞ」
「ムムララさんは何をやるつもりなんすか……?」
この感覚。
間違ってなければクロカゲの魔術詠唱と一緒の筈。
「空にいるあの子には関係ないけど――お返しをしてあげる」
ムムララはそう言ってゆっくりと顔をあげ、視線が裂け目に合わさると同時に、私の視界が白で埋め尽くされた。
---
ゆっくりと世界の色が戻ってくる。
「やっぱり壊れないよね〜……じゃ、魔力切れだから、ガミル君がムムを担いで、外まで走って逃げてね。魔力の残穢を見て魔物達が追って――スヤァ……」
「何してんだ馬鹿女ぁ!ってかなんで寝てんだくそ!」
「先輩、キレてる暇なんて無いっすよ!さっさと逃げるっす!!!」
一通りその光景を見終わった後、私はその場から離れるため、2回ほど転移を使った。
なるほど。
こういう形になるのか。
予想外ではあるけど、結果オーライ。
見る限りかなりの数の魔物が、あの3人のことを追っているようにみえる。
ムムララは上手く調整してくれたのか、私の結界には殆ど傷が入らなかった。
でも無かったら無かったで、死んでそうな威力はあるように感じたが、まぁ目を瞑ろう。
そしてもう本当に魔力が足りないので、左腕を操っていた糸を解き、私は城の方に向かうことにした。
走るは大通り。
目に映るのは数えきれない程の人の死体。
半日も経ってないというのに、これだけの時間でどれだけの人が死んだのだろう。
いったい何%くらいがここから逃げきれるのだろう。
あのゴミクズトリオのおかげで、助かる人は増えたんだろうけど、それでも微々たるもの。
これから行く場所に近づけば近づくほど、魔物の数が増えていく。
私達は逃げ切れるだろうか?
この限界の体で……
……いや、
弱気になってはいけない。
体力の限界を考えてはいけない。
まだまだ走り続けないといけないのだから。
---
走る。
走る。
少ないながらも生きてる人を観測し、人が目の前で喰い殺される姿を見ながら、心を無にして進む。
そして……
「いつになったら終わるんだこの地獄は!」
「頼む。きっともう少しで終わるだろうから、耐えてくれ獣人族の人!」
城の精鋭と思われる人達の中心に。
「はあああぁぁぁ!!!」
必死に戦っている、エメアの姿があった。
ようやく、ようやく見つけた。
別行動していたのは短い時間のはずなのに、長いこと離ればなれだったように感じる。
大丈夫。
もうやることは逃げるだけ。
すぐに脱出してムムララから耳飾りを取り返し……
あれ、おかしい。
こんなに近いはずなのに、エメアが私の方に走りよって来ない。
いつもならすぐに気づくはずなのに。
なんで……?
そして目の前の魔物がエメアの背後から、爪を突き刺そうとしているのが見えた。
精鋭の兵士は気づいてるのに、エメアは気づかず……
これはもう、きっと体力の限界が来ているんだと思う。
あぁ。
エメア、気づいて。
もう少しだけ、あとほんのすこしだけ……がんばって。
「おい、君!うしr――」
その瞬間、私の脳の時間がぎゅっと濃縮されたように感じる。
ここでまた天秤。
次は物ではなく、2つとも命。
エメアを選ぶか、自分を選ぶか。
日本で生活していた頃の、馬鹿で傲慢な私なら、迷うまでもない選択肢。
ここで自分以外を選ぶのは、馬鹿のすること。
きっと過去の私なら、そう吐き捨てると思う。
だけど今は違う。
……いや、もしかしたらその馬鹿に、成り下がってしまったのかもしれない。
私は足の糸を解き、残りの魔力でエメアまでのレールを引いた。
絶対に死なせない。
貰うだけもらって、エメアに何もお返しが出来ていないのだから。
たとえ、私が死ぬ事になるとしても。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます