第14話 王都脱出計画

 まどろみの中、意識がゆっくりと浮上してくる。

 下から伝わってくる微かな振動が、体を包む柔らかな眠気を振り払うようで、鬱陶しさを感じさせられた。


「ねぇ!いま目を覚ましたよね!そのまま、また寝ちゃったら、ムムは生きてることを保証出来ないよ!!」

「うるさい…………寝かせてください―――痛いです!どこ触ってるんですか!!!」


 突然、右半身から電流のような痛みが脳に流れ出した。

 すぐに首を回して何をされたのか確認すると、何故か右腕が無くなっていた。


「え、なんで私の右腕が無いんですか?」

「アイラお婆ちゃん……さっき斬り飛ばされたばっかりでしょ、もう忘れちゃったの?」


 そうだった。

 確かにそんな事があった……気がする。

 まだ眠気が脳を支配していて、事実を飲み込みきれていない。


 そうか……

 アレは悪夢か何かじゃなかったのか。


「っていうか誰ですか貴女」

「……はぁ、ムムはムムララだよ。寝ぼけてるならもう一度肩を引っ叩くけど、良い?」


 そういえばそんな名前だった。

 段々と脳が起き始めてるのが、自分でも分かる。


 もう一度首を元の位置に戻すと、最初に目に映ったのはムムララの足。


 どうやら私は今、このクズに担がれているらしい。

 下から伝わる小さな振動は、ムムララが移動中だからだ。

 

「結構です。自分で起きますので」


 そう言って私は、自分の頬を左腕を動かして、つねろうとした。

 だけど腕がピクリとも動かない。

 

 これは……

 いや、でも今はそれ以上に重要な事がいくつもある。

 こんな事に頭を働かせている時間が惜しい。


「あ、腕が動かないことに気づいた? 説明いる?」

「それは後にしてください。まずはあの魔物がどうなったのかと、私が寝てからどれだけ時間が経ったのか……そして他に何か変わった事があったかを、少なくまとめてお願いします」


 まず私が生きている時点で、あの魔術を受け止めきれたのだ。

 今はおそらく、それほど悪い状況では無いはず。

 

「質問が多いね〜、じゃあ順番に説明していくよ」




 ---




 ムムララは簡潔に説明をし始めた。


 1つ目、クロカゲは私と魔術の競り合いをしている最中に、どうやらムムララがトドメを刺したという。

 詠唱で魔力をほとんど使い果たした後だったようで、かなり簡単にスパッと両断出来たとか。


 2つ目、私が寝てからの時間は約15分程らしい。

 かなり時間を寝てしまっていたようだ。

 だけど1日寝続けるような事にならなかっただけ、マシかもしれない。


「そして3つ目――は、話す前に一旦あの建物で休もっか、アイラちゃんも体の調子を確かめたいでしょ〜?」


 なんだいきなり勿体ぶって……

 まぁ良いか。

 この体勢だと休もうにも、休みづらいし。

 屋内で魔力の回復を待ちながら少し休んで、すぐにエメアと合流するとしよう。


「分かりました。それで良いです」


 返事を返すとムムララはもう建物の前なのに、まだ走るスピードを落とさない。

 こいつまさか――

 

「うん、じゃあ行くよ〜――2名様の、ごっ来場!!」


 そう言いながら民家の扉を派手に蹴り破って、ダイナミックに民家へ足を踏み入れた。


「馬鹿なんですか貴女は! 中に人がいる可能性を考えてください!」


 今の私は魔力回復のため、周囲1メートル程の範囲でしか魔術を展開していない。

 だから中に魔物や人がいても分からないのだ。


 っていうか音を立てると周りの魔物にバレるかもしれないから、本当にやめて欲しい。


「大丈夫だって!みんな逃げてるか、ほとんど死んでるんだから、誰もいな――ん?」

「どうかしましたか――あっ」

「――お?」

「――え?」


 とても見覚えのある顔。

 そこには民家の食糧庫から、飯を盗み食いしている鬼人と人間の姿があった。




 ---




「なんだお前ら、お前らもお腹減ってんのか? これを渡すつもりはないぞ」

「先輩、絶対に違いますよ。っていうか1人知ってる顔っす」

「……貴方達、ここで何をしてるんですか……」

「誰? アイラちゃんの知り合い?」


 私を攫って売ろうとしたゴミ共が、何故かここで食事を摂っていた。

 

 ただ姿が少し変わっている。

 2人揃って片腕が無いのだ。

 

「お前アレか。あのクソ強いお嬢ちゃんだな。そこに座れよ。話そうぜ」

「先輩、逃げましょうよ。このままここにいても死ぬだけっすよ」

「んなことは分かってるよ。少し黙ってろアロン」


 そういえばなんでこいつらは、ここから逃げて無いんだろう。

 いや、それは事情を聞けばすぐに分かるか。


「……ムムララさん、一旦下ろしてください」

「ん〜、おっけー」


 私の体をゆっくりと下ろすムムララ。

 

 なんとか立たせてもらったので、体の調子を確かめるために歩いて見る事にした。


 まずは左足を出し、そして次に右足を出そうとした、が――思うように動かない。

 まともに動かないのもあって、当然バランスを崩したので、そのまま地面に向かって倒れ込む事になった。


「何やってんだ?」

「…………なるほど、こうなりましたか」

 

 今、理解した。

 四肢の中で正常に機能するのは、もう左足しかないということを。


 だけど解せない。

 私がまともに受けた攻撃は右腕だけなはず。


 もしかして魔力切れが原因だろうか?


 完全なガス欠状態になったのは、生まれた時以来なはずだけど、もしかして魔力が体から完全に抜け落ちると、こういう身体障害が発生するとか……?


「疑問に思ってるみたいだね、アイラちゃん」


 ニヤっとした顔でこっちを見てくるムムララ。


 この状況でよくそんな顔が出来るものだ。

 クズの思考はやっぱり私には理解できない。

 

「そうですね。なんですか、これは」

「キミはね、あの詠唱魔術を受けた時、瀕死状態……左手は消し飛んで下半身もぐっちゃぐちゃ、残ってたのは魔力がよく巡る頭と上半身だけ」


 なんだそれ。

 じゃあこの左手と両足は何だというのだろう?

 

 まぁ、続きを聞こう。

 

「……はい、それで?」

「で、何とか出来ないかな〜って思って、アイラちゃんの体を弄ってたら、上手くいっちゃった。これが回復魔術ってやつなのかな?初めてやったから分かんないけど」

「回復魔術とか……マジっすか――あっ、すみません。話を続けてください」


 いきなり口を挟んできた人間の男。

 今の話の何に驚いたのか、分からない。

 

「傷を治してくれたのは理解しました。じゃあなんで動かないんですか? 私の左腕と右足は」

「うん、さっきも言ったけど初めて使ったんだよね、この魔術。だから魔力の消費がヤバいし、それ以前にアイラちゃんの体は特別製だから、ムムの魔力を馬鹿みたいに喰うわけ。やった事ないけど、多分他の人ならここまで要求されない」

「はい」

「だから左足を完全に治した後は、左腕と右足を形作るだけに留めた……みたいな?」

 

 なるほど。

 大体は納得できた。


「ということはなんだ。ぶっ倒れてる方のお嬢ちゃんはもう歩けないのか?」


 鬼人はそう言った後、あまりに分かりやすいくらい大きなため息を吐いた。

 まるで期待外れとでも言うような態度だ。


「う〜ん、そういう事になるのかな? まぁここから逃げきれたら、残った部位の治療をするつもりだけど」

 

 わけがわからない。

 ただ、いまこの男から凄く馬鹿にされたのだけは理解できた。


 決めた。

 ……こいつはもう一度蹴り飛ばす。


 私は目を瞑って集中し、体中に魔力を回す。

 そして無数の魔術糸を、動かない腕と足に撚り合わせた。

 

「当てが外れたと言いたいところだったが……回復魔術を使える女がいれば、話は別になるかもしれねぇ。なぁお前、俺の――ぐはぁっっ!!」

「先輩っ!!」

「え?――なんで蹴り飛ばしたの、アイラちゃん!鬼人の人がぶっ飛んでいったせいで、家の壁壊れちゃったし……さっきムムに注意したの何?!」

「大丈夫です。付近にいる魔物なんて、襲ってき次第、ぶち殺せば良いだけですから」


 クロカゲを蹴り飛ばす時にも一度使った、自分の体を糸で傀儡のように操る技。

 右腕は形すら作ってくれなかったみたいだけど、まぁ両足があるなら、しばらくは問題ない。

 

 飛んでいった鬼人はすぐに戻ってきた。

 やり返しにくるのを覚悟で、一応構えたのだが、何故か涼しい顔をしている。

 

「歩けるみたいだな、なら話の続きをしようぜ――王都脱出計画の話をよ」

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