第13話 死ぬ気で守る
場所は孤児院近辺の上空。
隣には
目の前で相対するは、全身真っ黒でまともに姿が認識できない、剣を持った……魔物?
あまりに人型すぎて、本当に魔物か疑いたくなるけど、人間を襲ってるし気配が人のソレとは全く違うし、まぁ魔物のはず。
「それじゃあアイラちゃん、一緒に頑張ってこ〜!」
隣のクズがそう声を張り上げると同時に、右手を勢いよく掲げた。
……自分が今際の際に立ってる自覚はあるのもあって、この馬鹿のテンションに合わせる気が1ミクロンも湧かない。
「……今私は、一緒に心中する相手が貴女になりそうで、戦慄してますよ。ムムララさん……」
目の前にいる魔物……仮称クロカゲと接敵する前に、軽い自己紹介と私の出せる手札を教えた。
そしてナチュラルに戦場が上空になってしまっているが、周りの人達を気にせずやれるという点を見れば、悪くないかもしれない。
周囲にいるクズや魔物と違って、私は自身の魔術特性を利用して空を足場にしている。
それがどれだけこの意味不明な初めてだらけの戦闘に響くか……最低限、死なないよう神様に祈るしかない。
「それも面白いね、そうなったら運命だよ」
この馬鹿に付き合ってられないので、目の前で静かに佇んでいるクロカゲへ、話しかける事にした。
「ずっとこっちを見ていますが、何しに来たんですか? 道に迷ったのなら、帰り道くらい教えますよ」
そう言って私は裂け目の方を指差す。
……それにしても不気味だ。
まだ、コイツが完全に人の可能性を捨てきれないし、私は手を出されたわけではないから、一応言葉を掛けたけど、流石にこの様子だと会話することは出来ないか……?
「ムムは道に迷ってないよ? ちょっとお城にお邪魔した後、お散歩してただけだもん」
そう言ってムムララは鞘のない剣を、無邪気な子供が大人に自慢するように見せてくる。
「あの……貴女に聞いてないので、黙っててもらって良いですか?」
私はムムララの方を見ながら言葉を発した。
――その視線を外してる最中に、領域内で動きがあった。
クロカゲが先に動いたのだ。
それも途轍もないスピードで、ムムララの方では無く、こっちに向かってくる。
脇の方へ回り込んできたクロカゲを、横眼に視ると同時に、私は魔術の糸を絡ませた銅貨を、サッと横に投げた。
クロカゲは側を抜けていく銅貨を無視し、私に剣を振り下ろす――が、むざむざやられる私ではない。
一応自分を守る為の糸を展開したけど、かなりの速さで断ち切られていく。
……これはダメだ。
守りに徹すれば、まだまだ糸の強度は上げることが出来る。
だけどその時間稼ぎをした場合、私の動きに慣れ始めてしまうだろう。
戦場が空中ということに、まだ順応してないのはおそらく私だけ。
そして魔力量が足りていないのも私の方だ。
守り主体で動くのは、死ぬ可能性をあげるだけ。
この間の思考時間、約0.01秒。
---
剣が体に触れる直前、銅貨を投げた方向に、あらかじめ引いておいたレールを使って、クロカゲの後ろに転移し、糸でプログラムしておいた動作――超本気で殺すつもりの蹴りを、頭に放った。
クロカゲは音を立てながら、民家の方に向かってぶっ飛んでいく。
「す、凄〜い! 愛されてるね〜!」
「……手応えがほとんどありません。おそらくかすり傷程度でしょう……逃げて良いですか?」
「ダメー!!」
両手をクロスさせて意思を伝えてくる。
一々体を使って表現しないと、まともに会話も出来ないのだろうか?
「……起き上がりましたね」
まだ土煙が上がっていて、視界には映らないが、領域の射程範囲内にいるので、クロカゲの状態が視える。
「うん、手筈通りに行こっか。アイラちゃんがさっき言ってたやつ、ムムにやって〜」
ムムララの言う通り、首に糸を巻き付ける。
「繋ぎました」
「オッケー!キミの言うエメアちゃん?みたいに上手くいかないかもしれないけど、頑張るね!」
「合わせが出来なかったら死ぬだけです……私達のコンビネーションが上手く行くことを願います」
「それは大丈夫! ムム達は似た者同士だもん」
「はいはい。それでは貴女はしばらく寛いでいてください。どうせ狙ってくるのは、私の方でしょうから」
---
私は対人用に、いくつかの対応策を用意していた。
それがさっき放り投げた銅貨。
ただの魔物ではなく、知性があるタイプなら、今ので疑問に思っただろう。
私が眼に見えない速度で動いたのは、どういう原理なのか――もしかすれば、あの銅貨が関係しているのではないか、と。
考える力があるなら、今の私の行動原理について、頭を回してくれる事だろう。
銅貨には糸を絡ませて投げているので、挙動がおかしく見えるかもしれないが、この能力の1番の弱点には、まぁ気づかないはずだ。
クロカゲは再び、私の方に距離を詰めてきた。
地力が割れてしまったから、とうとう弱いものいじめと言ったところだろうか?
ならもう少し翻弄させてもらうとしよう。
私は振り下ろされた剣をギリギリで避け、銅貨を1枚後ろへ、銀貨を一枚ありえない軌道で飛ばし、更にもう一枚を、クロカゲに見えないよう、私の背中に滞空させる。
さて、
なぜ別の種類の硬貨を、投げる必要があったのだろうか?
根本的に見れば無駄な行為。
くだらない選択肢の連続を、強制し続けるだけ。
ただ中途半端に頭が回ってしまうと――
もちろん慣れさせるつもりはない。
命の取り合いは早く終わらせる方がいい。
クロカゲは飛ぶ銀貨を横目に、もう一撃、こちらに向けて振り下ろす。
それを避けて私は後ろに転移し、さっきまで自分が立っていた場所には――ムムララが現れた。
「いないいないばぁ〜!!」
そう言いながらムムララはクロカゲに向けて剣を振り下ろすが、ギリギリで受け止められてしまった。
ただ力が完全に入ってなかったようで、クロカゲは力負けして吹っ飛んでいく。
「ちょっと!なに奇襲を失敗してるんですか! 『いないいないばぁ〜』じゃありませんよ!!!」
「え〜、初めての連携にしては頑張ったくない〜?」
私の糸は繋いでしまえば、生物、無生物を関係なく転移させることが出来る。
近くにいる人物、もしくは物限定で、だが。
初めてにしては合わせが上手いけど、動きが舐めてるようにしか見えない。
……とりあえず、さっき死ぬ死ぬ言ってたやつの動きでは無いことは確かだ。
この女の性根が腐りすぎてて、私には理解出来ないだけかもしれないが……
「貴女は馬鹿すぎて知らないかもしれませんが、実は命って一つしか無いんですよ、
「そんな怒んないでよ。大丈夫だって、今良い感じだし、2人ならやれるよ!」
確かに悪いペースではない。
状況はパッと見、こちらが優勢。
魔力差はあれど、それを状況作りと私の魔術でカバー出来ている。
大きいのを一撃喰らってしまえば、死ぬのには変わりないけど、今の配分で行けばやれるだろうか?
問題は何考えてるか分からないところだ。
まだ他の魔物の方が、遥かに何考えているか分かりやすい。
クロカゲは一定の距離を保ったまま、こちらを見つめている。
「ここからは普通に2対1!」
コイツのスピードには多少慣れてきた。
こっちの手札も、ある程度理解してもらえただろうし、ここら辺で一気に詰めてしまいたい。
「そろそろ終わりにしましょう」
私がそう言って、異空間から銀貨を取り出そうとした瞬間――クロカゲが姿を消した。
今の取り出す動作をする時も、ずっと見ていたのに。
領域内にすら姿が無い。
もしかして術の絡繰に気づいたのだろうか?
「アイラちゃん!!!!!」
その呼びかけよりも先に、銀貨を握っていた右腕が飛んだ。
…………最悪だ。
油断、驕り、慢心。
今の私にはそのどれもが、当てはまっていることだろう。
クロカゲは腕を飛ばすだけでは飽き足らず、更に私の体の中心に、剣を突き立てた。
――が、その剣をどこにも引かせるつもりはない。
ほぼ全ての糸に魔力を流し、剣と私の傷口に糸を絡ませて、動きを止める。
そして一本のレールをクロカゲの横に引いた。
「ムムララさん!!!!!」
「はあああぁぁぁ!!」
そこへ転移したムムララが鋭い一撃を入れた。
だけどクロカゲは倒れず、私に突き刺さったままの剣を捨て、すぐに距離を取ってしまった。
---
「アイラちゃん大丈夫?!動ける?」
「はい……片腕が無くなりましたが、体の中心にある傷は、多分急所を避けてるので……大丈夫です」
「うわ〜、痛そうだね。痛くないの?」
他人事のような言い方。
誰のせいでこうなってるのか、理解していないのだろうか?
「めっっっちゃ痛いです。体の傷は縫ったので、暫くは大丈夫でしょう……戦闘が終わった後、寝て起きたら発狂モノの傷ですね。これ……」
とりあえず治す方法を探さないといけない。
魔術のある世界だしどうにかなるだろう。
全く。
馬鹿のせいでとんでもない目に遭ってしまった。
エメアが見たらなんて言うんだろう。
自分でもあまり想像付かない。
まぁ、絶対怒られるのは確か。
と言うかエメアがこっちに来ないな。
もしかしたらすぐ終わらせて、こっちに来るなんて思ってたけど、状況が状況だし、淡い期待過ぎるか。
「あのクロカゲって奴、裂け目の方に飛んでってる――アイラちゃん、追いかけるよ!」
「貴女は元気で良いですね。私は今だいぶしんどいので、ここは一旦引き分けで良くないですか?」
相手が逃げる?
大いに結構。
ぜひそうして欲しい、
剣はこっちが持ってるから、他に武器も無いだろうし……私もこんな場所からはすぐ立ち去りたい。
ムムララの言う通り、確かにどんどんと高度を上げて行ってる。
そのまま帰ってくれるなら、ありがたい。
だけどこの考えは甘かった。
---
私の領域から抜けていく直前、クロカゲから大きな魔力の起こりを感じ、私はすぐ裂け目の方へと視線を移した。
「――告げる」
今の声はクロカゲ?
喋れたのか。
まるで脳に直接話しかけられたみたいに、声が響いてくる。
「げっ、そこまで出来たの!?」
ムムララが慌て始めたけど、私にはどういうことか理解出来ない。
というか頭が上手く回ってくれない。
魔力量にはまだまだ余裕があるけど、今日はちょっと立て続けが過ぎて、精神的にもう限界が近くある。
「穢れし
クロカゲが片手を大きく掲げて、何かよく分からない言葉を口ずさむと、更に周りの魔力が励起し始めた。
「まずいよアレ、魔術詠唱だよ! しかも上から撃たれたら、ここら辺が全部吹っ飛んじゃうくらいヤバいやつ!!」
魔術詠唱?周りが吹き飛ぶ?
魔術の詠唱というのがよく分からんけど、ここら辺が消える分には全然構――いや、エメアがいる。
そこまで遠くない距離に。
私は自分で自分の頬を叩いて、気合を入れ直した。
「さっさと止めます。早くどうすれば良いか言ってください」
「そんなの!黙らせる一択でしょ!!」
ムムララがそう言うと同時に、私は領域内の端にギリギリいたクロカゲの脚を糸で掴んで、すぐ近くに転移させた。
まだそっちに割れてなかった手札の一つだ。
こんな手品だけで終わらせるつもりは、もちろんない。
「口を閉じろぉぉぉ!!――ぐっ」
すぐさまムムララがクロカゲに向かって、剣を振り下ろしたが、詠唱の隙間で剣を白刃取りされ、蹴り飛ばされてしまった。
「……
「隙だらけ――?!」
ムムララとの合わせで一撃を入れたのに、微動だにしない。
さっきは地面に向かって飛んで行ったのに。
これも魔術詠唱と呼ばれるモノの効果?
今も膨大な魔力が、コイツの片手に収束していっている。
ヤバい。
私では手も足も出ない。
しかも狙いは私達じゃなくて、王都と来ているのだ。
今すぐにエメアを掴んで、ここから転移したいところだけど、城まで全く距離が届かない。
もう全く時間が無いのは見て取れる。
――覚悟を決めるんだ私。
「アイラちゃん!もう間に合わない!!多分1人くらいだったら守れるから、ムムの後ろに来て!!!」
自分が助かるだけでは意味がない。
「自分1人生き残ったって、意味が無いんです……ここで止めます!!」
私の馬鹿な我儘で危険地帯にいる、もう1人を助けないと、ダメなのだ。
領域を限界まで伸ばし、私は残っている魔力を全て糸に集中させ、それを目の前に幾重にも織り重ねていく。
さあ、
今の私は目立ち過ぎなくらいには、射程の中心にいるはずだ。
――今一瞬、クロカゲと視線が合った気がした。
私は逃げも隠れもしない。
お願いだから王都を消す前に、上手く私を狙ってくれることを祈るばかり。
「笑う天輪の姫、起源の音色が大地を染めあげる
――――――
詠唱の終わりと同時に、私の視界は一瞬にして、白色で埋め尽くされた。
目に収めきれない魔力の塊を、全力を持って受け止める。
「止まれええええぇぇぇぇぇ――――――!!!!」
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