第12話 とんでもないクズとの出会い

 全てを告げる寸前、それを掻き消すかの如く、再び大地が騒ぎ始める。

 今までの比ではないほど、地面が大きく揺れ、倒壊し始めてる建造物もいくつかあった。


 私はエメアに支えられているので、何ともないが……


「全く、空気の読めない地震ですね……どうかしましたか?」


 何故か空を見上げているエメア。

 

「アイラ。上を見て……」


 そう言われ指差す方向を見た。


 ……今の地震と何か関係があるのだろうか?

 王都の城を中心に、雷のような青白い亀裂が、夕焼けの空を貫くように覆っている。

 そして亀裂がまるで生き物のごとくうねり、やがて真っ黒な裂け目が広がっていった。


「何ですか、アレは――!?」


 突然の出来事にあっけにとられていた私達。

 いや、ここに住む全ての人達が、今の私達と変わらない反応をしていただろう。

 次の瞬間、あの空間の裂け目みたいな場所から、真下にある城に向け、目を疑うほど大きな真っ黒い玉が投下された。

 そしてそれは城に触れる寸前に破裂し、沢山の生物がそこからいたるところへ飛び出した。


 目視で確認できる距離じゃないけど、気配で分かる。

 あれは魔物だ。

 空から異常な数の魔物がやってきた。

 王都は宝具で護られているという話だった気がするが……


「驚いて良い時間が、塵ほども無くなってしまいましたね」


 早く王都中に飛び出した魔物を、狩らなければいけない。

 そうしないと私達の新しい家まで、被害が出てしまう。

 まずは国を運営している城の人達から、助けに行くべき何だろうけど、流石に孤児院優先か。


「エメア、貴方はあの城の方に向かい魔物達を殲滅してください。私は孤児院に結界を張ってから、そちらに向かいます」


 これなら効率が良い。

 一石二鳥でコスパが良く、時間もあまり無駄にならない。


「ダメだよアイラ……逃げよう?」

「え?」


 エメアが少し青白くなった顔でそう言った。

 

 魔物を狩る上で、意見が食い違うのは初めてだ。

 何故、逃げるという判断になるんだろう。

 流石に山へ帰りたいなんて話じゃない筈だけど。


「気づいてないの? あの魔物、今までのやつと全然違うよ? 私達でも流石に死んじゃう……」


 なんとも弱気な回答。

 全くもってらしくない。


「何言ってるんですか、さっさと助けに行きますよ。私達にはそれが出来るだけの力があります」


 そう言うとエメアの顔は更に険しくなった。


 とはいえ、もう決めた。

 ここからよほどの事が起きない限り、意見を変えることはない。

 それに、こんなことでいきなり生活環境を変えるのは、あまりにストレスが来るし、多くの人間を見殺しにしたとあっては、夢見が悪そうだ。

 ……自分以外の人間を基本的にどうでも良いって思ってるのに、こういう馬鹿すぎる慈善活動をするのは、やっぱり生前の倫理観の影響が、多少なりとも残っている証拠なのだろう。


 エメアがゆっくりと、何か少し堪えるような表情で口を開いた。


「…………分かった。じゃあ約束して」

「何をですか?」

「『これは死ぬ』って思ったら、一緒にすぐ逃げてくれるって」


 真剣な顔で何を言い出すかと思えば、逃げる準備だけはして欲しいようだ。


 ……まぁ、確かに命は大事。

 先のビジョンにそれしか映らなかったら、取る選択肢は逃げの一手しかないだろう。


「分かりました。それで良いですよ」

「絶対だよ?!絶対だからね!!?」

「そんなに大きな声で言わなくても、分かりましたって……」


 そう言うと同時に飛び出してきた魔物を、私が拘束し、すぐさまエメアがトドメを刺した。


「じゃあ、また後で会いましょう」

「うん……」




 それからは、見かけてしまった避難してる人の手伝いをしたり、途中で視界に映った魔物を倒しながら、孤児院へと向かう。 

 

 道中で色んな男の人から「一緒に逃げよう!」と誘われたのが、中々に鬱陶しかった。

 自分の身長を鑑みれば、妥当な扱いのされ方かもしれないが、流石に言われすぎるとウザく感じる。


 再び空を見上げると、裂け目から凄まじく大きな黒い手のようなものが現れていた。

 だけどそこから出ることが出来ないのか、顔を出す度に、手の先から焼失していく。


 とても奇妙な光景。

 ……この場所に住み続けるのは、もしかすると本当に無理なのかもしれない。

 


 

 最大距離まで引き延ばした私の索敵範囲に、孤児院の様子が映った。

 ただ中に人の反応が無い。

 もう全員、魔物に殺されてしまったのだろうか?

 

 目で確認するため、焦る気持ちを抑えながら、更に急いで向かった。




 ---




 誰もいない。

 でも、魔物に中を荒らされた形跡もない。

 これは……


「お、おぉ?! 急に魔物の動きが止まった……?!」

「すみません。あそこに住んでいた人達を見かけませんでしたか?」


 状況を知るため、偶然付近で剣を持って戦っていた男の人に、話を聞くことにした。

 

「何だキミ、置いて行かれたのかい?」

「はい……?」

「孤児院の人達なら王都の外に向かって、馬車を走らせたみたいだよ」


 どうにもこの人が言うには、凄腕の冒険者が来て、すぐに馬車を複数用意し、ここから去っていったという。

 

 ……判断が早い。

 

 よくあの大所帯で、すぐ逃げることが出来たものだ。

 まぁ、この時間だから私とエメア以外の子達が、孤児院の中にいるのもあって、このスピードで動けたのだろう。

 昼間ならもう少し遅れていた可能性もある。


 にしても凄腕の冒険者か。

 優先して孤児院の人達を助けたということは、おそらくあのバカ商人と同じで、ここ育ちのはず。


 ……良かった。

 結界一つで守りきるには、流石に不安があったから、私達を切り捨てて逃げてくれたのは、だいぶ助かった。


「今、お嬢さんを助けながら逃げるのは難しい、俺は自分の身を守るので手一杯なんだ。本当にすまない……だから……」


 さっきの魔物の動きを止めたのが、私ということに気づかない時点で、介護するのはこっちになりそうだ。

 この男も剣を使って競り合ってたし、最低限は動けるのだろう。

 これ以上手を貸す必要もない。


「アッハイ、大丈夫です……それでは失礼します」


 ――そう言い残して去ろうとした刹那、私の領域内に1人の人間?反応が、範囲ギリギリの方で引っかかった。

 ただ歩いてるだけなら、いつも通り無視するのに、この人はとんでもない魔力を宿しながら、空から高速でこっちに向かって飛んできている。

 ……いや、視た感じだと体勢的に、飛ばされているという方が正しいかもしれない。


「どうかしたのか、上なんか見て――え!?空から人が降ってきてないか?!」


 流石に無視するのもアレだし、人間のようだから一応、私の糸で受け止めた。




 だけどそれは間違いだった。



 

 --




「は〜死んだかと思った……ムムを助けてくれたのはキミでしょ?」


 凄い。

 なんで分かったんだろう?

 あの剣を持った男の人は、すぐ逃げてしまい、この場に私しかいない状況とはいえ、よくその言葉をこの身長をした人間に言えたと思う。


「……どうしてそう思ったんですか?」


 それにしても変だ。

 何故かこの人からは近いものを感じる。

 白に近い銀の髪に、あまりに整いすぎた顔と10代後半くらいの身長。


 私との類似点が、人族の女という点しか見当たらないというのに……なんだか気味が悪い。


「う〜ん、親近感ってやつかな、めちゃくちゃ久しぶりに見たかも、ムムと同じで世界に愛されてる人」

「……貴女は何を言ってるんですか?」

「――っていうかそんなことを話してる場合じゃないよ! アイツがやってきちゃうから!!」


 その発言と同時に私の索敵範囲内へ、同じく上空からゆっくりと魔物?が入った。

 気配自体は魔物だけど、体は人型。

 内包する魔力は、隣にいる変な女と私を足しても、全く届かない……というか今の私だと底が見えない。


 ヤバい……

 ここら一帯の空気が、薄くなったかのような錯覚すら覚える。

 

 自分が魔術を使えるからか知らないけど、今までは外敵要因の恐怖を、殆ど感じることは無かった。

 魔物を狩る時も何も思わず、ただ義務のように、もしもの時に対するシュミレーションを重ねていただけ。


 死の恐怖。

 それを今、ここで経験している。


 …………逃げる準備をして欲しいというのは、こういうことだったのか。

 確かにアレに気づいていれば、あんな苦い顔もしたくなる。

 分かってたんなら、もっと強く私に言って欲しかった……なんて思わないでも無いけど、どちらかというと、説得するのを諦められていた気がしてきた。

 あの何ともいえない顔を思い出すと、そう思えてくる。


 大人しく言うことを聞くんだった。

 今すぐエメアと合流して王都を出よう。

 ここはもうダメだ。

 

「すみません。足を踏み入れる場所を間違えたみたいです」


 そう言ってここから立ち去ろうとした瞬間、この変な女から肩を掴まれる。


「ちょ――ちょっと待ってよぉ〜!今置いてかれたら、ムムは今度こそアイツに殺されちゃうよ?!」


 今度こそ……?


 服や怪我の状態を見た感じ、さっきまでこの人は、今近づいてきてる魔物と戦ってたようだ。


 だったら2人だけで続きをよろしくやってて欲しい。

 巻き込まれるのは話が違う。


「貴女も近づいてくる魔物も、私より遥かに魔力が多く見えます」

「そ、そうかもしれないけど〜……」

「……私に何をしろって言うんですか? 何も出来ませんよ」

「本当に待ってよ! アイツは今、キミを警戒してゆっくり近づいて来てるんだよ?! ……多分、ムムが1人きりになったらすぐ殺しに来ちゃうよ!」

「その手を離してください。貴女がいつどこで死のうと、私には関係ありません」


 アレとの戦闘なんてごめんだ。

 勝てるビジョン以前に、これ以上近づかれると、逃げきる可能性すら無くなるように思える。


 だから早く、肩から手を退けて欲しかったのだが……

 更に私を掴む手の力強さが増した。


「ムムを助ける気が無いなら――ここでキミを殺しちゃうよ」


 殺気を後ろから感じる。

 これ以上拒否を続けようものなら、本当にこの人はそうするだろうと確信させるだけのものを、だ。

 

 …………クソ。

 最悪だ。

 助ける相手を間違えた。

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