第11話 それはきっと――

 断末魔と入れ替わるように、エメアがやって来た

 おそらく匂いか何かで、私の場所を突き止めたのだろう。


「こんなところで何してるの?」

「「何してるの?」はこっちのセリフですけどね。逆に貴女が何してたんですか? 私を置いて」


 この子が勝手に離れたせいで、無駄な体力を使うことになった……と言っても久しぶりの1人の時間は、そこまで悪くなかった。

 本当に邪魔さえ入らなければ、だが。


「え、なに。寂しいって言った?」

「貴女が私を置いていったおかげで、大変な目にあったと言ってるんです」


 あの男達のことを伝えると、余計に面倒な事が起きそうだ。

 一旦黙っておこう……

 

「悪いのはアイラだよ」


 それが当然であるかのように、そう言い切った。

 

「は?――私の何が悪いって言うんですか?」


 勝手にどこかに行ったのはエメアの方だし、何ならそのせいで馬鹿達に絡まれたり、と。

 少し疲れてるのもあって、今の言動は少しだけ私の心に響いた。


 エメアは小さなため息をついて、私を諭すような表情でゆっくりと口を開いた。

 

「一緒に歩いてる時とか孤児院で生活してる時、それにさっきも……気が緩み切ってるから、あんな目にあうんだよ」


 ん?

 この言い方だと。


「……もしかして見てたんですか?」

「見てないよ。感じただけ」


 また訳の分からないことを。

 見ていたのなら無事なのが分かっていても、助けに来て欲しかった。

 

 私はそう伝えようと口を開けかけたが、直前に気づき踏みとどまる。

 

 ……いや、なるほど。


「分かったって顔してるね」

「………………」


 言いたいことは理解出来た。

 

 簡単に言えば、今のままだと人の生活圏で生きていくのは難しいと言いたいのだろう。

 

 そもそもあの馬鹿達が領域内に入ってるのに、何の疑問も持たずに素通りさせているのだ。

 まぁ、私が悪いと言うのも分かる。


 ここら辺の話は戦闘中に近い事を考えていたので、飲み込む事ができるし反省もしている。

 奇しくも考えている事がかち合った。

 でもこれ、言うなれば獅子の子落とし的な事を、私はエメアにされているわけだ。


 そう思うとなんか素直に頷きづらい。

 自分の小さなプライドに、傷がついたと言っても良いだろう。


 この話を続けていても、自分が惨めに感じるだけなので、話題を戻すことにした。

 結局エメアは離れて何をしていたのか、流石にこのカスみたいな勉強会の為だけではないはず……


「そ、そんなことはどうでも良いんです。私の質問に答えてもらって良いですか?」


 少しばかり強引だったかもしれないが。

 まあ仕方ない。

 

「あ、話をそらした〜」


 笑顔でそう言い出すエメア。


 孤児院の生活は割と、悪影響を及ぼしているかもしれない。

 ここら辺の返し方は一緒に住む子供達の影響が滲み出ている気がする。


 というかこっちは恥ずかしくて、話をすり替えようとしているわけであって、意図に気づいたのならそれを汲みとってくれても良いのでは無いだろうか。


 ……何を伝えたいのかと言うと、あまり調子に乗るなよ。と言いたいわけである。

 

「質問に答えてくださいよ、このバカ!」


 流石に我慢がしきれずに言ってしまった。

 まぁ、ちょっとした軽いジャブ程度である。


 言葉を言い終わった刹那、立っていた場所から消え、瞬時に私の背後に高速移動され、腰を両手で軽く固定された。


「気が緩み切ってると、首にもう一つ……傷がついちゃうかも?」


 そう言って口を開いたのが、後ろからの息づかいで分かった。

 もちろん思い通りにさせるつもりはない。


「全部見え見えです!」


 私は腰を固定された状態で後ろを振り向き、首に向かって手刀を打ち出した……が。


「は〜む!」


 その手刀はエメアの口によって、受け止められてしまう。

 流れで思わず触れてしまった口腔の感触に、ゾクっと、意味不明な感覚が背中を刺激した。


「離してもらって良いですか、私の手……」


 口で受け止めようなんて考えた、この子の思考に驚きである。

 私なら絶対にしない。


 エメアは私の腰へ更に、2本の尻尾を巻きつけて固定した後、エメア自身の手を腰からどけて、何故かおもむろに、ポケットから革袋を取り出した。


「あの……?」


 行動の意図が読めない。


 そして革袋から何かを取り出し、いたわるように、とても慎重に、私の耳を両手で包み込んだ。

 耳には何か硬くて冷たい、少し金属質な物が触れてるのを感じる。


 しばらくしてエメアが手を離し、私の手も口からそっと離してくれた。


 ほんのりと感じる耳の違和感を確認する為、自分で触れて確認をする。


「それはね、私の感謝の気持ち」


 違和感の正体は耳飾りだった。

 いったいどこで手に入れて、何でこのタイミングなのだろう?

 

「なんで今……?」


 そう言った瞬間、突然抱き寄せられ、エメアの顔が自分の肩に隠れて、表情が見えなくなった。

 

 感謝されるような事をした覚えがない。

 

 最近は特に……言ってしまえば迷惑をかけている私の方なので、礼をするべきなのは、こっちの方ではないかとも思ってしまう。

 

「ずっと、ず〜っと、感謝してるの。私と出会ってくれたこと、必要としてくれること、一緒に生活してくれるのも、それを伝えたくて……」

「はい」

「でもそれを言葉で伝えるのは、なんか凄く恥ずかしかったから、だからお使いの最中に、アイラが物欲しそうに見てたのを買ったの」


 そんなことを普段から想っていたのだろうか。

 なんか申し訳なくなってくる。

 あの時のことは覚えてるけど、私目線だとそれほど重要視する事ではない。


 でも、この子と出会えたのは……


 私は優しく背を撫でるように抱きしめ返した。

 背中まで手が届かず、腰でストップしたのはご愛嬌。


「今も顔を見られるのが恥ずかしくて……」


 『大好き』『愛してる』は伝えれるのに、そんな、ありがとう、で済むようなことに恥ずかしげを感じてしまう変な子。

 いや、違うか。


 そういう感情を抱いてしまうほど、あの出会いはこの子にとって大事だった。

 私には理解出来ないけど、エメアにはとっても大事なこと……なのだろう。

 

 それにしてもなんか自分の馬鹿な部分ばっかり、エメアが吸収していってる気がする。

 この子が私に面と向かって、素直に気持ちを伝えられないのは、そういうところが似てしまったのかもしれない。


「全部言っちゃってますね。エメア」

「そうだね……すごく恥ずかしい。でもありがとう、大好き。本当に愛してる」


 より一層、抱きしめる力が強くなり、エメアの早鐘のように鳴り響く心臓の音が、胸越しに伝わってくる。


 ……自分はどうなのだろう。

 私は、私……は、恥ずかしくてエメアに対する感情を、本人に伝えられないでいるのだろうか。

 まだ自分でも分からない。


 もしかしたら言葉にすれば、答えが分かるかもしれない。

 何もこもってない、愛の告白に価値なんて無いと、今でも思うけど。

 それを告げてしまえば、あるいはそれが真実になってくれるかもしれない。


 口にする覚悟を決めて、ゆっくりと告げる。


「わ……私も……私もエメアのことを――」

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