第10話 世界に不用心
周りが突然薄暗くなり、足元から地面が消えたような感覚がした。
いきなりのこと過ぎて、頭が回らない。
すぐに魔術を使って自分の領域内の、細部を確認した。
すると、かなり近くに男が2人……鬼人族と人族のタッグのようだ。
鬼人が私を小脇に挟んで人気のない道を走り、もう1人がその隣について行ってる形である。
そして、薄暗いのは袋のような物の中に入れられているからで……じゃあ、なぜ私がそんな状況になっているのだろうか?
全く分からない。
「……騒ぐんじゃないぞ、口を開いたら痛い目を見るからな」
私を抱えて走っているであろう鬼人が、小さくそう呟いた。
……なるほど。
ようやく理解した。
これが人攫いというやつか。
よくよく考えてみれば、格好の餌だな、私。
久しぶりに人が多くいる場所を歩いた所為と言うべきか。
日本人としての感性で外をふらついていた。
酷い失態だ。
これが通り魔であれば死んでいただろう。
ここで学ぶことが出来て、本当に良かった。
私は袋に小さく穴を開けて、そこからモグラのように頭だけをちょこんと出した。
「ここで降ろしてください」
「う――おおぉぉぉ?!」
鬼人の男はかなり驚いた顔をしていた。
だけど即座に冷静さを取り戻し、ノーモーションで、私の顔を目掛けて拳を突き出した。
それが当たる直前、私は魔力が篭った糸を自分の周りから出し、それを受け止める。
すると男は大きく眼を見開き、袋ごと私を手放し、距離を取った。
「なんだ一体……何に止められた……?」
やっぱり目に映らないんだ、この糸。
普段から周囲に出してるのに、エメアや魔物にも見えてないようだし、基本的に生き物の眼には映らないのかな?
……今考えることでもないか。
「危機感を感じたのなら、逃げてもらっても構いませんよ」
別にこいつらを捕まえても、利があるわけでもないし、特に追いかける理由も無い。
しいてあげるなら、他の子達に手を出す可能性があるというのが、少し怠いくらいだろう。
私が全く気づかない程度には、手慣れてたようだし、普段からやっているのは間違いないはずだ。
まぁ、だとしても……どうでも良い。
男達は少し引いて、私が聞こえない距離で耳打ちをし始めた。
その間もこちらに対する警戒は怠らない。
私が逃げたら追いかける、と案に示されてるとさえ感じる。
……そこまで固執する理由なんてないだろうに……
どうするか決まったようだ。
男2人が体全体に魔力を回し始めた。
「嬢ちゃんにはもう少し、俺たちと一緒に遊んでもらおうか」
「先輩、俺は全然逃げたいっす」
……はぁ。
まぁでも、エメアに放置されているから、暇なのは確かだ。
人型と戦闘したことはないし、ちょっとした補習授業だと思えば、そんなに悪くない時間の使い方かもしれない。
「そうですね。遊びです」
私は迎撃の態勢を取る。
こっちから攻めても良いけど、それでは練習にならない上、自身が得意とするのは守ることだ。
人間の男がすたすたとゆっくり近づき、私の周囲を時計周りに、孤を描くような形で歩き出した。
その間、鬼人は立っている場所から動いていない。
「お嬢さん、大人しく捕まって売られてくれるだけで良いんだ。本当にそれだけだから……頼むよ」
「そのとても素晴らしいお願いに対して、素直に頷く人がいるのなら、お目にかかってみたいものですね」
この言葉を皮切りに、男の歩みが徐々に加速していく。
足音が消え、視界の端をかすめる速さに変わり、私の周囲を無数の残像が回るようで、焦点が合わず、どこを見ても掴めない。
油断も隙もない、かなりガチガチな対応である。
普通ここまでのことを、私のような見た目の相手にするのだろうか?
誘拐目的なら確実に人選ミスだ。
絶対にもっと楽に攫うことのできる子供が、そこら辺を歩いているだろう。
そんなことを考えていると、鬼人がリズムよく手を叩き、ぱん、ぱん、乾いた音が周りに響いた。
「うちの後輩ばっか見てないで、俺のことも構っ――」
---
鬼人がくだらないやり方で、私の視線を引こうとした刹那、
足元から突き上げるような衝撃が走り、頭がぐらりと揺れる。
最近頻発している地震。
日常の一つと化していたので、いつもなら無視出来るけど、今、それが起きると話が違ってくる。
男達はバランスを崩した私の隙を見逃さない。
人間の男が私の周囲を跳び回るのを止め、即座に正面からぶつかってくる。
そして鬼人族も気配を消し、高速で私の背後へと移動していた。
完成された連携。
私とエメアのコンビに引けを取らないだろう。
だけど残念。
全て私の
「――え?」
「――なっ?!」
私は瞬時に鬼人の真上へ移動し、間髪入れず、頭を刎ね飛ばすつもりで蹴りを放った――が、五体満足で壁の方へ吹っ飛んでいった。
手を抜いたつもりも無いし、相手の隙を完全に突いた形だ。
何か魔術を使ったようにも見えない。
おそらくこの男。
あの状況から、山勘で全ての魔力を頭部に回している。
とても運の良い奴だ。
「先輩!俺むりっす!今日限りでこの稼業は引退させてもらうんで!」
そう言い残して人間の男は、鬼人を置いて私が立っている場所とは逆の方向へと走り出した。
……まぁ、全然逃げてもらって構わないけど、仲間を置いて行くのはちょっと違い気がする。
私は気絶している鬼人族の足を持ち、空を駆けた。
「忘れ物です」
「わ、わぁ……」
男は全てを諦めたみたいな顔で、空を走る私を見ている。
私は遠慮なく、蝿を叩き潰す要領で、鬼人族の体を人間の男に叩きつけた。
---
「……やっべ、寝て――あ」
「…………先輩、おはようござ――あ」
「おはようございます。と言っても全く時間が経ってませんけどね」
男達がほぼ同時に気絶から目を覚ました。
時間的には目玉焼きの調理時間ほども経っていない。
その間私は、気絶した男達から金目の物を取り上げ、全て異空間へと収納していた。
「なんだ嬢ちゃん、俺達とまだ遊びたいのか」
「……先輩、このお嬢さんはありえない速度で移動して、先輩を片手で持ちながら空中を走って、俺のことを追いかけてきたんすよ? 」
ありえない速度。
それは殆どの者には瞬間移動しているようにしか見えない、私オリジナルの魔術。
あらかじめ糸でコースを作り、その上に乗って最短ルートを高速で移動する、超短距離転移魔術である。
空を走る技もこれの応用だ。
「だからなんだ」
「次は死ぬっす……この女の子、普通に世界屈指レベルっすもん」
鬼人は、まだまだやれる、といった顔でこちらを見ているが、人間の方は早くこの場から立ち去りたそうだ。
全く……あの戦闘の後で、何故その言葉が出るのだろう。
いくつか頭のネジが外れているとしか思えない。
「鬼人さん、自分が今際の際にいることを自覚して、発言をした方が良いですよ――とはいえもう充分です。そちらも満足したでしょう?」
この鬼だけ、普通に殺すつもりでやってしまったけど、けろりとしている。
というか両方とも肉体は余裕そうだ。
対人戦は初めてだから、
エメアを基準にするのも絶対違う。
この世界で生活するのに役立つデータになるかもしれないし、また今度、丁度良いサンドバッグを探そう。
「いいや!俺はまだまだいけるね!」
……この馬鹿、やっぱり殺した方が良いかもしれない。
一度死ねば馬鹿の一つや二つくらい治るだろう。
「あああぁぁぁぁ!!!!!」
いきなり人間の男が騒ぎ出した。
「うるせぇな、なんだいったい」
「俺らの金が無くなってるっす!」
「…………それはヤバいな」
今気づいたのか。
どうやら流石に金は重要だったらしい。
鬼人も動揺を隠しきれていない。
「それなら貴方達が気絶してる間に、他の子供達が奪ってるのを見ましたね」
もちろん嘘。
こいつらが気絶してる間に金目の奪ったのは私。
全部異空間に放り込んだので、まず見つかることはないはずだ。
因果応報。
私を攫って売り飛ばそうとしたコイツらが全部悪いので、罪悪感は雀の涙ほども感じない。
「なんで止めなかった!」
この状況でよくその言葉が出てくるものだ。
……普通はありえない。
「そんなことする義理がありますか……?」
「確かに嬢ちゃんの言う通りだ!」
「先輩!すぐに盗んだ奴を追いかけるっす!」
男達はそう言って、すぐに私の前から立ち去っていった。
少し経つと大通りから、誰かの断末魔のような声が聞こえてきたが、様子を観に行く気にはならない。
精神的に疲れたし、帰ったらすぐに寝たいな……
―――――――――――
あとがき。
第10話をお読み頂きありがとうございます。星レビュー、フォロー励みになってます。星を付けてくれた人が、普段どのような作品を読んでいるのか、確認するくらいには嬉しいです。
また投稿がパタりと途絶える可能性はありますが、大体の原因は慢性的な睡眠不足なので、ゆっくりとお待ちいただければ......
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