第9話 お使いへ行きます!

 玄関の扉を開けると、朝から子供達が走り回っている姿が目に映った。

 私達の存在に気づいたのか、こっちに近づいてくる。


 《お姉ちゃん達でかけるの?》

 《お使いに行くらしいよ》

 《それなら前もってきてくれた、あの美味しいお肉が欲しいな〜?》


 なんとも大きな要求だ。

 物の相場について多少勉強をしたので、あの時に狩った猪肉が、どれくらいの価値なのか、私は理解している。


「ダメダメ。あんなのを買ったらすぐお金が無くなっちゃうから」


 エメアがそういうと、子供達はあれこれ文句を垂らしたが、すぐ大人達から頭を叩かれて、遊びに戻って行った。


「……お金の価値なんて知ってるんですね」


 つい、口から溢れてしまった。

 とはいえ疑問ではある。


「アイラがあの人間に色々と質問してた時、私もしっかりと話を聞いてたんだよ?」

「あぁ……」


 やはり、ところどころちゃっかりとしている子だ。

 あんまり舐めていると、足をすくわれるかもしれない。

 もう

 手遅れかもしれないが。



 ---

 


 市場は比較的近いところにある、歩きでもすぐ行ける距離だ。

 だから物を買いに行くのに、然程体力を使わないし、すぐ帰ってこれるのを想定して、私達だけの外出を許したのだろう。

 

 大人達が孤児院をここに建てた理由は、おそらく成長した子供達が、すぐに仕事を見つけやすくするため……なのかもしれない。

 ただの私の推測なので間違ってる可能性しかないが。

 

 ちなみに私より大きい子の一定数は、近くで職業体験のような事をしていたりする。


 数年先、体がもう少し大きくなったら、私やエメアもあの輪に加わる事になるのだろうか?

 それとも森に……?



 

「ねぇ、なんでそんなに着込んでるの?」


 訝しげな視線をこちらに送ってくるエメア。

 孤児院の敷地を出た途端、すぐこの質問である。

 だけど、まだ焦る時間ではない。

 

「今日はそういう気分で……」

「本当は?」


 大丈夫、まだいける。

 

「……朝から血を流したせいで、少し体が冷えてて……」

「あんまり変なことばっかり言ってると、もう一箇所、本当に付けなきゃいけなくなるかも……ね!」


 そう言い終えるや否や、ふわっと体が軽くなって……気がつくと私は、両手で持ち上げられていた。

 いつも見上げるこの子の顔が、すぐ目の前にある。

 エメアは少し口元を緩め、優しく微笑みながら視線を向けてくる。


 ……世界が静まり返ったような錯覚に陥る中で、この子の目をじっと見つめた。

 その瞳の奥に引き込まれ、自分の鼓動が不規則に跳ねるのを感じる。


 どれだけの時間見つめ合っていたのか分からない。

 体感ではかなり長い時間の気もするが、実際は全くそんなことはないのだろう。

 私はこの理解不能の時間に耐えることができず、視線をスッとそらした。


「……ぅっ……この傷を隠して、街を歩きたかったからです……」


 これ以上の黙り込むのは無理と判断して、正直に答えた。

 なんとなく分かっていたことだが当然、騙し通せるほど甘くは無いらしい。


 だけど、見ず知らずの人にこれを見られるのは、流石に私の許容範囲を……


「そんなに隠したいものかな? だってあそこの人を見てよ」


 そう言って目配せで見る方向を示された。


 そこには1人の獣人女性が、獣人の男性と手を繋いで歩いている。

 よく見ると私と同じように、肩の近くあたりに傷が付いていた。


「見えたでしょ、だから全然普通の事なんだよ? 分かったらその冬用の服を脱いで、早く行こ」

「……そのようですね」


 いや、あの女性に付いているのは、確かに咬み傷なんだろうけど……この傷ってそんなタトゥーを入れるみたいな感覚でやる事なのだろうか?

 その人以外にも少数ではあるけど、傷があるのを見受けられた。

 大体は獣人族。

 

 まぁ……やっぱり世界や国が違うと、文化が変わってくるという事なのだろう。


 あんまぐちぐち文句言うのもアレに重ねて、こうなった原因は私なので、強く拒否をすることは出来ない。

 仕方ないので、着込んでいた服をしまう事にした。

 



 ---




 その後、任せられた買い物は思った以上に遅く終わった。

 

 当然といえば当然かもしれない。

 どこに何が売られているのか知らないのだから。

 なのに大人達の付き添い無しだ。


 うろちょろとそこら中、エメアが私を引っ張って散策しだしたのも、遅れた原因の一つ。

 ……物見遊山ここに極まれりである。


 時間は太陽が傾きだし、夕暮れ時。


 エメアは何か目新しい物でも見つけたのか、勝手にどこかへ行ってしまった。

 勿論ついて行こうとしたが、何故か嫌がられた。

 珍しいこともあるものだ。

 

 あの商人から貰った金は、私とエメアで半分に分けている。

 もしかしたら1人でショッピングしたい気分だったのかもしれない。



 

 私は今1人で周辺の散歩しながら、さっきのお使いの出来事について考えていた。

 

 思えば買い物の最中、いくらか視線を感じて、やっぱり傷跡を見られているんじゃないかと、エメアに視線を送りつけたが、それは間違いだと気づく。

 見られていたのは私じゃない。

 エメアだ。


 尻尾が2本の獣人というのは、他を見ても1人としていない。

 私の傷なんかより、遥かに目立つだろう。

 よく考えてみれば当たり前のこと、自分の心配をする必要性は全くなかった。


 とはいえ、ひときわ目を引くエメアの方に、誰かがちょっかいを掛けたりはしなかった。

 いや、【何もさせなかった】の方が正しいかもしれない。

 あの時、なんでエメアが少し苛ついていたのか、よく理解出来なかったけど、今思うと納得できる。

 

 まぁ、街の治安が良いのは悪いことじゃないし、地面が多少抉れた程度なら、あまり問題にもならな――――――





―――――――――――

 あとがき。


 第9話をお読み頂きありがとうございます。しばらく投稿をしていませんでしたが、ストックを用意したので、数日ほど連続投稿をする予定です。

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