第8話 他の子が見てる前で付け直し?!

 また1週間ほど過ぎ、傷も治った。

 そして私達、子供達が寝る一室で――


 かなり……いや、そんな言葉では表しようもないほど、めんどくさい事になった。


「ほら〜! みんな見てみて! 凄いでしょ〜?」


 喜ぶエメアの声に、


 《え〜、わざとだ〜!》

 《そうそう、絶対に騙されないよ!》


 不思議そうに様子を見る子供達。


「わざとかどうかは、アイラの腰をくすぐってみればわかるよ、じゃあもう一回やるね?」

「ちょっと! 本当に良い加減にしてk――あっ」


 いつも咬まれてる傷口付近を、エメアに触られ、まるで足元が沈んでいくかのように、膝が力を無くして崩れ落ちる私。


 《すごーい!》

 《本当だ、全然反応しなーい》


 ……まずい事。


 それは首にエメアが触れると、身体が勝手に反応して、全身の力を抜いてしまう……という話である。

 一度やられると、短い時間ではあるけど、全く体を思い通りに動かせなくなるのだ。


 これは付け直しの痛みに耐える為、体が勝手に適応しようとした結果、こうなってしまった。


 パブロフの犬と言っていい。

 条件反射とも言うそれは、特定の刺激に対して無意識的に起こる反応。繰り返しの学習や経験によって習得してしまうものでもある。


 ……つまりはそういうことだ。


 《私達が首に触っても、ダメなのにね〜》

 《流石はエメア姉ちゃん!》


「……もう、遊びは良いですよね? さっさと朝食に行きましょう。その後、仕事もありますし……」


 流石にこれ以上、子供の遊戯に付き合っていられない。

 というか、朝から体に疲労が溜まってしまう。

 エメアにはこういう子供特有の、馬鹿な行動をそろそろやめて欲しいものだ。


 ……もう良いから、1人で部屋を出よう……

 

「アイラ……そういえば、もう傷が治っちゃったね」

「……はぁ、そうですね」


 一年というのは長い。

 毎度のことだけど、エメアが付け直しの件を忘れてくれることを、いつも神様に願っている。

 もちろん祈りは届かないが、そう願わずにはいられない。


 ん?

 ちょっと待って欲しい。


「なんで今、その話を出したんですか?」

「それは今から、付け直しをするからだよ?」


 ………………

 ……う……そ……?

 いや、こんなくだらない嘘を、吐くような子ではない。

 でも周りに子供達がいる。

 その状況でやることを提案した?

 つまり――

 

「貴女まさか……」

「うん、みんなに見てもらおうよ! 院長公認だし良いでしょ?」


 《えー、なになに〜》

 《何かするの〜?》


 エメアが何かをやろうとする気配を察して、部屋を出ようとしていた他の子達も、興味津々と言った感じで戻ってきた。

 今やエメアは、孤児院のボス的な位置についてしまっている。


 私は乾いた笑いを出した後、ゆっくりと口を開いた。


「……冗談というのは、時に身の毛がよだつほどの恐怖に、落とすようですね。さっさとご飯にしましょう……」


 そう言って部屋を出ようとした刹那、後ろから魔力の起こりを感じた……が、寝起きと周りの環境のせいもあって判断が遅れ……


 私は魔術を使う暇もなく、後ろから高速で近づいたエメアに押さえ込まれた。


「し、正気ですか?! みんなの前でやるとか、恥ずかしいですよ!!?」

「別に恥ずかしくないけど」

「貴女が恥ずかしくなくても、咬まれる私が恥ずかしいんです!!」


 話の最中も、必死で抜け出そうとしたが、無理だった。

 力では絶対に勝てないので、こうされると抜け出せない。


 子供達がじっと様子を見守っている。


「一年間の約束だから、逃げちゃ駄目だよ?」

「それは! 時と! 場所を選んでから! 言ってください!!」

「アイラっていつも、あー言えばこう言うよね。たまには私の我儘も、聞くべきだと思うな〜」


 そう言って私の体の位置を、正面に向けた。


 確かにエメアの言う通りかもしれない。

 だとしても、この辱めに耐えれる人間がどれほど存在するだろうか?

 思うに、ほとんどいない。

 嬉々として受け入れる奴は変態のソレだ。

 

「無理無理無理です! 本当にもう許してください!!」

「うんうん、そうだね。じゃあ――は〜むっ!」


 ……あぁ。

 

 全身の力が抜けていく。

 触れるだけはなく、当然、歯が当たれば力が抜ける。

 元々は痛みに耐える為の、反射的行動なんだから。

 

 まだ、甘噛み程度。

 口を動かす事は可能だ。


「…………エメア……」


 そう呼びかけると同時に、エメアの歯がゆっくりと、私の皮膚を突き破っていく。

 ここからは一言も話せない。


 《えっ……えっ?、なにやってるんだろう?》

 《痛くないのかな?》

 《でもアイラお姉ちゃんの口から、涎が出てるし……》

 《気持ち良いってこと……?》


 口々に適当なことを、子供達が口走っている。


 ……はぁ。

 本当に一年って……長いな…………




 ---




「本当にやってくれましたね!私じゃなかったら、絶対に貴女と縁を切ってますよ!!」

「あはは、嫌いになった……?」

「……なってません!!!」


 あの後、来るのが遅いことを気にしたティーガ院長が、寝室の様子を見に来た。


 その時点では私達の行為は終わっていたけど「遅かった弁明をしろ」と私たち含めた子供全員に言われ……

 当然口止めも何もしていなかったので、子供達は全てを話した。


 それで院長室への呼び出しがあり「他の子達が真似してしまうから、2人きりの時にやって欲しい」と苦言を呈されたのだ。


 全く。

 今日ほど疲労感が溜まる日も、他に無いだろう。


「今日は初めて、外へ買い物に行く日なんですよ? 朝から疲れさせないでください……」


 いつもは大人達がやっていることだけど、私達は今回特別に任された。

 他の子達がやると、下手すればその子ごと誘拐されかねないので、基本的に買い物へ出かけるのは大人がするらしい。


 まぁ魔術が扱える以上、職員達よりは遥かに、街中を出歩くことが可能というわけである。

 そして無限?に物を収容できる、私が行くのはある種、道理のようなもの。


 大人が1人、一緒に来るはずだったけど、エメアが我儘を突き通したので付き添いは無しだ。

 食料を買うだけだったら、道に迷っても夕方までには終わるだろう。

 

「久しぶりに2人で行動出来るってことだよね、楽しみ〜!」


 何とも嬉しそうなことだ。

 尻尾の動きで分かる程度には喜んでいる。

 ここで私がヘソを曲げたままというのは良くない。

 水を差すことになってしまうから。


「本当に仕方のない子ですね……今回は許してあげます」

「……次は街中でやる?」

「反省してください!!」


 朝の件があるので、全く冗談に聞こえないのが怖い。


「……もう、行きましょう」

「そうだね」


 エメアがそう言った直後に、突然、私の肩に触れる


「……何ですか?」

「手を繋ごうよ。人がいっぱいいるから、はぐれちゃうかもしれないし」

「子供扱いですか?……まぁ、良いでしょう。貴女が勝手にどっか行かないように、繋いでてあげます」

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