第7話 戻りたいなら......

 中に入りしばらくすると、歳が近い子達が集まり、順番に挨拶をしていった。

 元気な子が多い印象がある。

 やっぱり孤児院としては当たりかもしれない。

 

 ただ、学校で1クラス分くらいの数が、在籍しているようで、名前を覚えるのに少し時間が掛かりそうだ。


 もうすぐ夕食の時間となる。

 いつも新入生が来ると、その子が他の子達から仲間外れにされない為の一環として、食事を豪華にする風習があるらしい。

 確かに集団で生活する上で、新入りというのは目立つ、なので最初は媚びを売らなければならない。


 そしてその媚びを売る手段として、私は良い物を持っている。

 私達は調理場へ向かうことにした。


「ねぇ、アイラ……それ本当に2人で食べないの?絶対勿体ないよ?」

「勿体なく無いです。これは面倒なことが起きなようにする為の、未来の投資なので」

「でも、折角私達で狩った猪なのに……」

「こんなのすぐ食べれるようになりますよ、私のことを思うなら、あと2年ほど我慢してください」


 ちなみにエメアは孤児院で生活するには、少し成長し過ぎている。

 見た目だけだったら、中学生くらい?

 

 なので本来は、働いてる側の人ではあるけど、今回はルルクさんの口添えもあって、2年の間だけ孤児院で生活して良いことになった。

 まぁ私より絶対に、この子の方がここで生活して、周りの空気感や雰囲気を覚えるべきだと思うし、上手く事が運んで良かった。




 ---




 猪を渡し終わり、しばらくして食事の時間となった。


 私達は他の子達同様、食堂に出来た列に並んでいる。

 どうやら職員さんが、決められた量の料理をトレイに乗せるらしい。


 渡された物を見てみると、しっかりとあの猪が使われている。

 全て受け取り終わったので、エメアと一緒に席へ座り、食事の合図を待つ。


 少し経つとティーガ院長が部屋の1番前に立ち、全員の視線を集めた。


「今夜は稀にある新入りの歓迎会だ。飯を見るだけでいつもと違うのが分かるだろう? それは中級者以上の冒険者や、貴族が食ってるような高級肉が使われている!」


《お〜》

《すっげ〜……》

《やっぱり!凄く美味しそうだもん!》


 周りの喜ぶ声が聞こえてくる。


「その肉を取ってきたのは、今回の新入生であるアイラとエメアの2人だ! 感謝して食事をするように!」


 その一言で更に大きい歓声が湧き出た。

 私達の第一印象はこれで少しくらい、良いものとなるはずだ。

 

 子供達の騒ぐ声が静まりだすと同時に、ティーガ院長は笛を鳴らした。

 食事をしても良いという合図。

 

 私達はようやく飯にありついた。


 味は何とも言えない。

 多分、普通に自分達で作った方が美味い気がする。

 私はそこまで食事の味にうるさい方ではないので、別に良いけど、なんか少し勿体ないようにも思う。



 

 そんなこんなで2週間ほど過ぎた。


 何事もなく日々が過ぎて行って欲しかったけど、そう上手くはいかず、ちょっとした事件が起きた…………




 ---

 



 とある日の夜。

 

「アイラとエメア。食事が終わったらすぐに私の部屋へ来るように」


 真剣な形相で、食事中の私達を見るティーガ院長。


 何か起こったのだろうか?

 それとも隣のエメアが何かやらかしたのか?


 とりあえず疑いの視線を、エメアへ向ける事にした。

 

「……?」


 何も知らないと言った感じの様子。

 まぁ、視線だけで分かったら苦労はしない。


「返事は?」

「あっ、はい。分かりました……?」

「は〜い」


 何故、院長室に呼び出されるのだろう。

 普通にその場で用件を言うのでは、ダメだったのか?


 《エメアお姉ちゃん、もしかしてなんかやらかした?》

 《食事中に院長が部屋に来いって言ったら、基本的に叱られる時だけだよ?》


 不思議に思っていたところを、近くで食事を摂ってる子たちが、私達の様子を見ていたらしく、エメアに向かって揶揄うように、院長の行動パターンを説明した。


 ちなみに、たった2週間ほどでエメアは孤児院の人気者になってしまった。私の心配が徒労に終わって安堵しているけど、今は良いだろう。


 それより叱られる?

 エメアだけではなく私も一緒に?


 ……だめだ。全く心当たりが無い。

 つまり私は何も悪いことはしていないはず。


「何をやらかしたんですか、エメア……」

「なんで私が悪いことになってるの? 多分また何か頼み事とかだよ。きっと」


 ものすごく楽観的な返答だ……


 頼み事。

 私達は2日目から、食料の貯蔵……つまり冷蔵庫的な役割、そして調理の一部を担当している。


 初日に氷漬けの肉を、私の空間から出したことで任されることになった、仕事の一つ?だ。


 だけどその程度の話なら、やっぱりその場で言えば良い話。

 やはり周りの子達が言うように、叱られるのだろう。

 ……全く、この子は何をやらかしてくれたのか……



 ---



 そして場所は院長室に移った。

 

「単刀直入に聞くが、アイラの首にある傷……それはエメア、あんたがやっている事だね?」


 ……………………ヤバい。

 私1人なら大きい声で、叫び出してるくらいには最低な状況だ。

 やばい。

 

 やっぱりバレてしまった。

 歯形と大きさを見れば一目瞭然だし、新しく付け直すと尚更分かりやすくなる……

 

 というか出会った当初、指摘しないでって言ったのに、もう忘れたのこの人?!


 ……いや、あの日は色々と忙しかったし、そんなに重要度の高い話だと思われず、忘れられたのだろう。

 他人の傷なんてどうでも良いのが普通だし。

 だとしても、どうやってこの状況を切り抜けろと?


 エメアはどんな返事をするんだろう……?


「うん、そうだよ」


 何の嘘も付かずに言い切った?!

 

 これ……エメアはこの状況がどれだけヤバいか、絶対に理解出来ていない。


 この孤児院で流血沙汰の喧嘩が起きたら、拳骨ではすまない。

 最低でも裸吊り。

 再度、過ちを繰り返すようなら、ここから叩き出される……って子供達が説明してくれた覚えがある。


 どうせ止めるつもりなんて、さらさら無い癖に、なんで言い訳の一つも言わないのか……


「……2人の仲が良いのは理解している。それに頭も良い。喧嘩なんて馬鹿なことでは無いはずだ。だから一応理由を聞いてやる」


 頭ごなしに怒るのではなく、しっかり理由を聞くのか。

 でも、理由は理由で、実質喧嘩してこうなったようなものだから、当たっては……いる、つまり私達は馬鹿なのだ。


 エメアは再び、何も考えていないように見える顔で、口を開いた。


「えっと――」


 表情一つ変わっていない。

 

 ダメだ。

 絶対あった事をそのまま言うつもりだ。

 これでは孤児院から追放されてしまう。

 もう話に介入するしかない。



 ……そして私には、こんな馬鹿な言い訳しか思いつかなかった。


 

「それは――」

「それは私からお願いした事なんです!この傷があると落ち着くので……」

「意味が分からない。詳しく説明するんだ」

 

 もうどうにでもなれ。


「私は生まれてすぐ親に捨てられ、山の中でエメアに拾われて育ちました」

「続けて」

「私は生まれてからの事を全部記憶しています、捨てられことも当然覚えていて、最初はそれがショックで自傷行為を……」

「…………」

「それをやめさせる為、私の世話をしてくれていたエメアが、首に軽く噛み付いたのが始まりで、後はズルズルとその習慣が続いてしまった……というわけです」


 あ〜……

 なんでこんな馬鹿な嘘が、スラスラと言えるんだろう。

 自傷行為以外は全て本当の話だ。

 上手い嘘の付き方は時折事実を混ぜること……なんて言ったのは誰だったかな。


「そうかい…………確かに似たような子はこの孤児院にも居たことがある。それでそれ以上酷くならず、幸せに暮らせるなら、私は目を瞑るしかないね……」


 これは……上手くいってしまった?

 ティーガ院長はこの嘘を信じてしまうのか……?


「辛い過去を思い出させるような事をして、悪かった……これ以上この話を続けるのもアレだ。もう部屋に戻ってくれて構わない」

「はい。それでは失礼します……エメア、行きますよ」

「うん!」


 凄くニコニコしている。

 これは後からめんどくさいことになるな……

 ……いや、それ以前にまず一度、問い詰めないといけない。



 

 

「……少し過ぎた成長をしているように見えたが、しっかり2人とも人の子ということかい……」


 


 ---


 

 

 部屋から出て少し廊下を歩いたところで、一度エメアに話を聞くことにした。


「……なんで嘘をつかなかったんですか?」

「逆にどんな嘘を付けば良かったの? 私は思いつかなかったな〜」


 確かにエメア視点で考えてみると、出せる嘘が思いつかない。


 だけど、嘘を付かないとしても、あんなに迷わず話そうとするのは、どうなのだろうか?

 少し腑に落ちない。


「それに、私はアイラと山へ帰るのも、良いと思ったし……」


 ……あぁ、なるほど。


「そっちが本音ですか……」

「でも大丈夫だよ。別にここで下手な事をしようなんて、考えてないから。2年くらいなら我慢できるしね」


 そういえば人の住む街へ行くことに関して、エメアに何の相談もしていない。

 全て私の独断専行。

 今考えてみると、かなり我儘な行動だ。


 ……思えば、あの生活もそれほど悪いものではなかった。


「山に戻り――」


 その先を言おうとする前に、エメアが私の唇に人差し指を当て、言葉を封じた。


「私はアイラの望むことをしてあげたいし、これもその一環。だから気を使わないで良いよ」

「でも……」

「じゃあ本当に戻って後悔しない? それについて、私に何の憎まれ口も叩かない自信があるの?」


 この質問。

 多分、前にキレた件を例に、持ち出されてる気がする。

 考えなしに言ったこと、やっぱりだいぶ根に持たれているな。


「すみません……私はやっぱり、人のいる場所で生活したいです……」


 山の生活を振り返れば数年、

 人の姿は死体でしか見た覚えがない。

 多分だけど、これは狙ってやっていたのだろう。

 あの頃のエメアは始めから、私を人間に会わせるつもりはなかった。


 そして時を見て人間の場所を教えた。

 ……一体どういうタイミングを見て、一緒に人と暮らす事を選んでくれたんだろう?


「うん、良いよ。アイラは家族なんだし、愛してる人の我儘を聞いてあげるのも、役目のうちの一つだよね」


 何でもないような顔。

 恥ずかしげもなく、そう言い切った。

 

「…………」

 

 ……【愛してる】【家族】


 両方ともエメアがただ、言っているに過ぎない、戯言。

 ……いや、本心で言っているのかもしれないが、私には理解出来ない概念だ。


 私が思う家族の在り方は、何だっただろう?

 血の繋がりがあって、優しく……そこにはきっと、【愛】というものも共存する。

 そんな願いだった……はず……?


「アイラ。ほら、早く行こう?」

「……そうですね」


 生存本能のまま、私は私の知る方法で、この子を縛り付けた。

 それが災いして、離れられなくなっているだけの関係。

 今でも自分の選択が、間違っているとは思わない。


 もう充分、自分でどうにか生活出来る状態になった。

 他人の介護を必要としていないのだ。

 

 ……とっくにこの子を、自由にしてあげても良いのはずなのに、それでも手放す事は考えられない。


 自分で自分のことが分からない……でも一つ理解出来るのは、私自身がどうしようもない、愚か者ということだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る