第6話 孤児院の前で
もうすぐ着く、とルルクさんが言った。
エメアには一応、到着までに釘を刺しておいた方が良いかもしれない。
最近の人の関わり方を見ていると、心配になってくる。
……私とルルクさんに対する当たり方しか、見てないけど。
「……これから住むところは、私達のように捨てられた子が多くいる場所です」
「うん」
「だから、あんまり怒ったりしないでくださいね?」
子供相手にキレて殺してしまいました。
……ではダメなのだ。
「ねぇ……私ってそんなに優しくないように見える?」
「最近はそれなりに……痛い! 痛いです!!ごめんなさい!」
エメアは再び私の傷に触れ始めた。
こういう事するから注意しているというのに。
「大丈夫だよ。こんな事はアイラにしかしないから」
「それはそれでどうかと思います……」
相手に傷を作って、自分の言いたい事を通すという手法を、他の子供達に向かってやり始めたらドン引きだ。
被害者が私だけで済むなら、我慢するしかない。
……まぁ、全部私が悪いんだけど。
そういえば道中で、私達に孤児院を進めた理由を聞いてみた。
要約すると2つ。
1つ。
基本的に6歳を過ぎないと、雇ってもらえないらしい。
その歳になるまでは、親元で基本的な生活習慣を覚えたり、家族や近隣の子供達と遊びながら体力をつけていくという。
じゃあ私が孤児院に行く必要があるのか?
なんて思ったけど、それについて聞くと「自分の身長を見て雇ってもらえるか、一度考えてみると良い」と言葉を返されてしまった。
私の見た目年齢は約3歳。
外見だけだったら、使い物になるとは思われないのだろう。
そして2つ目。
「最低でも2年はそこで暮らして、人との関わり方を覚えて来い」だそうだ。
その一言で私は理解した。
日本語で言うなれば、空気を読め、という言葉に近いものなのだろう。
とりあえず静かに人の流れを見て、それから自分の未来を決めようと思う。
……ガタガタと、下から伝わってきていた振動が収まった。
馬車が止まったみたいだ。
「目的地に着いたぞ。あんた達が今日から住む場所が、アレだ」
「割と大きな家なんですね」
外見は少し苔やツタに覆われているが、それでもかなり立派な建物に見える。
中庭のような場所では、私より少し大きい子供達が走り回っていたり、それを見守る数人の大人がいたりだ。
ルルクさんの話によると、この土地は院を卒業した人が買ったらしい。
恩返しというやつだろう。
……1人の女性が、こちらに向かって歩いてきた。
結構年老いているように見える。
その老婆は私とエメアを一瞥した後、ルルクさんの方へ向き直った。
「久しぶりだね、クソガキ。あんたが自分の子供を連れてくるなんて、時の流れというのは恐ろしくて仕方ない」
「ティーガ婆さん、それは勘違いだ。このガキ共は婆さんへ預けるために連れてきたんだ」
それからルルクさんが、事情の説明を行なった。
道中で私達二人を拾った。
気に入ったからここへ預けにきた、
そしてその他の説得を少し……
という簡潔なものだ。
「なるほど、良いだろう……小さい方、喋れるんだったら、あんたから名前を言いな」
小さい方、もちろん私のことだ。
我が強そうな話し方をする老人というのは、あんまり好きでは無いんだけど……
「アイラです。これから暫くの間、お世話になります」
「名前は覚えた。首を怪我してるようだけど、手当てが必要なら――」
怪我の事について始めに聞いてくるという事は、案外、優しい人なのかもしれない。
だけど、そこについては見なかった事にして欲しかった。
「い、いえ。全然大丈夫です……この傷については、出来れば今後一切、触れないでください……」
付け直し度に指摘されては面倒だ。
とはいえ、新しく傷をつけた時に、どうやって言い訳をするかを、考えないといけない。
普通なら1年も残り続ける傷ではない上、しばらくすれば傷を付けている犯人もバレるだろう。
歯形だし……
「ふむ?……まあ良い。次は大きい方、名前を言いな」
「私はエメア」
うん……
こっちは無愛想に一言、名前を言っただけだ。
私に対する態度と違いすぎるので、普通に怖い。
たとえ他人に興味無いのだとしても、頼むからもう少しくらい、愛想良く振る舞ってくれないだろうか?
……これからの生活が心配になる。
「覚えたよ……それでルルク、あんたは久しぶりに来たんだ。飯でも食っていくかい?」
「俺はさっさと仕事に戻る、御者も待たせてるしな。そいつらの事は婆さんに任せるぜ」
そう言ってルルクさんは背を向け、軽く手を振りながら馬車へと歩いていった。
……行商人らしいから、下手すれば長いこと会わない、もしくは一生、顔を合わせることはないかもしれない。
ここまで連れてきてくれたお礼くらい、言うべきだろうか?
いや、それはないな。
迷惑を掛けられた印象の方が遥かに強い。
本当に傷の件をどうにかして欲しい……というのを今でも思う。
「あ〜、忘れてたぜ」
?
馬車に乗るのを途中でやめて、いきなりこっちに体を向け始めた。
「アイラさん、あんたに渡したい物があったんだ――よ!っと」
ルルクさんはそう言いながら、ポケットから何か小さな物を取り出し、何の躊躇もなく、私の顔面に向けて思いっきり投げつけてきた。
全く、
最後まで怠いことをしてくるものだ。
どうせ無事だと思って、こんな事をしてるのだろうけど……
およそ三歳の子供に、豪速球を投げる大人がどこにいるのかと、問いたい。
――仕方ないので魔術を使って止めようと、右手を軽く振り上げた瞬間、エメアが目の前に飛び出し、片手で軽くキャッチをした。
……よくよく考えれば魔力を込めた右手で受け止めるだけで充分だったな……
癖は抜けないものだ。
「エメア、何もしちゃ駄目ですよ」
この子はルルクさんの事を嫌ってるから、一応注意しておかないといけない。
別れる時くらい、面倒なことを起こさないで欲しかった、
「分かってる。あんなのじゃアイラは傷つかない」
「――ふざけんじゃないよクソガキ! 子供相手になんてことしてんだい!!」
エメアが冷静で一瞬驚いたのも束の間、すぐさまブチギレたのはティーガ院長だった。
その怒声で、遊んでいた子供達も動きを止めた。
「それはあんたらに対する餞別だ! 俺の財産の半分がそこに入ってる!」
「こら!待たんか! 」
ルルクさんはティーガ院長から逃げるように、馬車へ向かって走っている。
「稼げるようになったら、倍にして返しに来い! 期待してるぞ!あ〜はっはっは!!」
……それだけ言い残して行ってしまった。
「全く。今度来たら子供達の前で、裸吊りにしてやる……」
後から聞いた話だが、ルルクさんも家族がおらず、ここで育ったらしい。
よくもまあ孤児院育ちで、例の発言が出来たものだ。
逆に感心してしまう。
……そういえば、財産とか言ってたな。
「それ、渡してください」
「うん」
エメアが持っていたのは、小さい革袋のような物。
ティーガさんも中身が気になるのか、こっちに向かってにじり寄ってきた。
中身を開けて取り出すと、今まで見たことない硬貨が2枚、そして銀貨と銅貨が数枚ほど入っていた。
教えられ、見せてもらった硬貨の内に、このタイプの硬貨は存在しなかった。
……いらない骨董品でも、押し付けられたのだろうか?
「こ、これは――星金貨か……!」
ティーガ院長は目を見開き、驚いたように言う。
「何ですか、それ」
「それはな……」
星金貨。
金貨の更に上のランクに位置する硬貨で、これが一枚あれば、数年は遊んで暮らせるという。
なるほど。
財産の半分を投資か。
大きく見られたものだ。
まぁ、貰えるものは貰っておこう。
私は自分の空間の中に、革袋を投げ入れた。
「なるほど。早熟というだけならいざ知らず、変わった魔術まで使えるのかい……これは卒院した奴の推薦じゃなかったら、突き返してたね」
「それは……良き出会いに感謝ですね」
「ふっ……まあ良いだろう。中に入りな」
そうして私達は孤児院へ足を踏み入れた。
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