第5話 王都へ到着

 次の日。


「……ん、んぅ……」


 目を開けば、まだ周りはかなり暗い。

 出発は夜明けと聞いていたけど、まだ誰も起きていないようだ。


 私自身、こんなに早く起きるつもりはなかったけど、流石に昨日の今日というべきか。

 ……首元にある愚か者の証が、激しく自分の存在を主張している。

 これのせいで少し早起きになってしまった。

 

 今の体だったらすぐに治るんだろうけど、残念ながらこれは付け直しされるのだ。

 初回だからどんな頻度で行われるか分からない、だけどこの深さの傷なら、1〜2週間に1回といったところだろう。


 ……周りの人は誰も起きてないみたいだし、もう一度寝よ……




 ---




「アイラ起きて! あいつらが目を覚ましたよ!」

「…………はいはい」


 エメアが体を揺さぶってくる、二度寝してからまだ体感30分も経ってない……

 

 アイツら。

 ルルクさん達の事だ。

 起きてる姿なんてこの距離からは確認出来ないが、音を聞いて判断しているのだろう。


 他人の睡眠時間にペースを合わせるのは怠い。

 これがしばらく続くというのだから、全く……

 とはいえ多少眠くても、元は山で生活していた身ではあるので、こうやって一度でも揺さぶられると、パチっと目が覚めてしまう。

 寝込みを襲われないための習慣というやつだ。



 ---

 

 

 私達は朝食を取り、そして王都へ向かうため馬車へ飛び乗った。


「おはようございます」

「あぁ、おはようさん……なんだその傷、昨日は無かっただろ?」


 ……どうやらルルクさんは分かって言っている。

 ニマニマといやらしい顔だ。

 自分の株を下げていく発言をするのは、やめて欲しい。

 これ以上言われると、助けたことを後悔しそうだ。


 私は思っていることを隠す事なく、口にすることにした。

 

「……全部、貴方のせいですよ」


 だけどこれは間違いだった。

 突然、エメアが私の首に触れた。


「…………」

「ちょっと、なにやってるんですかエメア! 首を触るのはやめてください! まだ痛いんですから!」

 

 何も話さず、片手で私の首に、指で押すように傷口へ圧力をかけてくる。


 人のせいにするなと、

 その傷の原因となる発言をしたのはお前だと、暗に示しているのだ。


「い、痛いです!私が悪いのは理解してます。お願いですから! 離してください!」


 手が離れていく。

 

 はぁ……全く、なんであんな事になったんだろ。

 昨日の自分を殴りたい気分だ……


「アイラさんも苦労してるんだな」


 他人事のように言っている。

 自分が悪いとは微塵も思っていないのだろう。

 

「…………そのさん付け、自分で言ってて違和感を感じないんですか?」


 苦労してるという言葉に、反射で同意を返しそうになったが、そんな事をしてしまっては、また首を掴まれてしまう。

 昨日言われた『雄弁は銀、沈黙は金』に習い、一度黙って話題を変える事にした。

 割と気になっていた話でもある。


「そりゃあ、もちろん自分で言ってて恥ずかしい。ガキ相手に敬称なんて、周りの目に映ったら死にたくなりそうだ」

「でしょうね」

「だが、あんたは特別な人間だ。これからの期待を込めて、俺はあんたを子供扱いしない。だからこそのこの呼び方なんだ……理解したか?【アイラさん】」

「……そうですか」


 どこにどんな期待を置いてるのか、イマイチ理解できない。

 命を救った恩人に対する敬意と言われた方が、まだ理解できそうだ。

 

 ただ子供扱いされないのは、悪くない気分でもある。

 どうせ王都に行ったら、嫌になる程されるのだから。


 でも子供扱いしないというのに、私達に孤児院を勧めるのは、どういう了見なのかとも思う。




 ---




 道中、特筆するほどの事件は起こらなかった。

 到着するまでに、この世界初の地震に何度か遭遇したのと、王都へ着く直前に傷の付け直しが行われたくらい?

 いや、エメアがルルクさんに向かって『次、舐めたことを言ったら殺す』なんて口走ったのもあった。


 それを聞いた私は少し寒気を覚えたけど……流石にその発言を注意することなどできない。

 最悪、あの場で殺していたとしても、因果応報の一言で片付けていた気がする。


 それにしても馬車というものは移動速度が遅い。

 全力で走ったらあの猪と、速度でタメを張れるのだから地球の馬よりは絶対速いと思う。

 でもエメアに乗って移動した方が、遥かに速い。


「見えてきたな、ウルティアナ王国が首都――王都ウルナだ」


 私達が王都ウルナに到着したのは、10日ほど経ってからの事だった。


 もう数時間もすれば、中に入れると思うけど。

 ……あれ?


 パッと見、人の生活を守るための壁が見えない。

 何故?


 ルルクさんに聞いてみる事にした。

  

「ここに来るまでの間、かなりの数の魔物がいたというのに、都を囲う防壁が存在しないんですね」


 街道には、他の冒険者や国の兵士だと思われる人達がいたので、私達はたいして戦闘していない。

 でもアレだけの魔物がいて、中を守るための壁が無いなんてあり得るのだろうか?

 

 いや……私達みたいに、魔物が襲いかかってきても、すぐ反撃に移れるような人達の集まりなら……


「何でもとある宝具のおかげで、王都が襲われないらしい、その代わりに王都周辺が魔物だらけだが、掃除する人間が一定数いるから問題にもならない」


 流石に私の考えは馬鹿すぎたか。

 異世界の人達ならもしかすれば、なんて思ってしまったけど、そんなことは無いらしい。

 口にしなくて良かった。


 にしても宝具……あまり信用できない気がする。

 盗まれでもしたらどうするのだろう?

 そんな道具一つで、平和を維持してるような場所に、長いこと住みたいとは思わない。

 

 言い方的にルルクさんも深く知らないのだろう。

 結界が張ってあるようにも見えないので、私の魔術のソレとも違う。


「エメア、何かあるように見えますか?」


 五感が鋭い獣人なら何か分かるだろうか?


「う〜ん、多分あの大きな建物の、かなり下の方にあるんじゃないかな? 遠くて分かんないけど、変に目立つ物が置いてある……かな?」


 大きな建物。

 この国の王城のことだ。

 ここからでもはっきり見えるくらいには大きい。


 そんな場所の地下にあるというのだろう。

 大事な物を隠し厳重に保管するなら、定番な場所な気もするが、何かあるという気配をここからでも感じ取ることが出来るエメア……

 流石は獣人だ。


 というかエメアでその宝具の位置が分かるのだ……もちろん全然違う道具かもしれないけど。

 何も無いのに、魔物が寄り付かないなんて逆にどうなのかっていう話なので……まあ、存在感を放っている地下にあるものを、宝具だと仮定しよう。


 エメアで分かるのだから、他の人外にも場所が割れていて、盗まれる。もしくは破壊されるようなリスクがある。という意味に繋がる気がするのだ。

 大事な物の場所がバレバレなのは、如何なものなのだろうか?

 

「おぉ、怖い怖い。そんなことを口走る獣人族は初めてだ。頼むから他の人の前で、馬鹿な事を言うのだけはやめてくれよ」

「指図しないで。あなたにだけは言われたくない」


 どうやらこの子が特別なだけ?だったらしい。

 なら良かった。


 魔物がうろつく世界。

 長いこと住むなら安全な方が良い。

 少し心配になるような見た目の王都だけど、ここでしばらくお世話になるのだろう。



 ---


 

 私達は馬車や人が多く並ぶ列へと向かった。


 壁は無くても、人の出入りは管理されるらしい。

 しっかりと関所が置かれている。


 王都の中にはすんなりと入れた。

 通行料というものが必要だったらしいけど、それはルルクさんに払ってもらった。

 まぁ、私達は一文無しだし……


 今は馬車の中から、エメアと外の景色を見渡している。

 

 早速、孤児院へ向かうらしい。

 さっさと私達を下ろして、自分の用事を済ませたいそうだ。

 

「アイラは初めてこういう場所に来たんでしょ、何か思ったりはしないの?」


 こういう場所とは、人の生活圏を指しているのだろう。

 まぁ、前世ではしっかりと人がいる場所で暮らしていたし。

 別段、異世界の建造物を見ても、何か思う事はない。

 友達に無理やり連れてかれた、ディ◯ニーランドと同じ程度の感慨しか抱かない。


 とはいえしばらく山暮らしだったから……

 

「そこかしこに人がいるので、少し酔いそうというのが、正直な感想でしょうか」

「それだけ〜?」


 つまらない感想だったかもしれない。

 とはいえ他にあげるなら……


「あとは獣人以外の種族を見て、少し驚きましたね。魔物にしか見えないような種族もいますし」


 私はたまたま見えた、少し変わった人物を指して言った。

 

 おそらく鬼人族なのだろう、身長が高く肌が赤みが掛かっていて角が生えている。

 

「あの人は鬼人族だからね。魔物なんて人に向かって言ったら、かなり怒るんじゃないかなぁ」


 私の発言に苦笑いしながら、エメアが答えた。

 

 そういえば、この子もこの子で王都の景色を見て、驚いているようには見えない。

 しかも村育ちで何故か、他の種族について知っているように話している。

 もしかして王都、もしくは人が多く住む場所に行ったことがあるのだろうか?

 

「エメアは閉鎖的な村出身でしたよね? なんで鬼人のことなんか知っているんですか?」

「……どうしてだろ? 分かんないけど、なんか覚えてる感じ?」


 ???


 嘘をついているようには見えない

 本当に分からないみたいだ。


 ……怖いな、異世界。

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