第3話 とても愚かで時間の無駄

「なるほどな……」


 話した内容は自身の身の上話と、今の生活基盤だ。

 そしてこのおじさんはどうやら商人をやっているらしい。

 トラックじゃなくて馬車で売り物を運ぶということに、生きる世界の違いというものを感じる。

 

 私の説明会にエメアは話を挟んでこなかった。

 会話には全く加わるつもりは無いらしく、背後で大人しく立っている。


 そしてそれは馬車を引いていた男の人も同じで、その御者さんは今、私が会話しているおじさんのすぐ後ろに立っている。

 剣を持ってすぐ傍で立っているあたり、護衛なのだろう。


「よくその生い立ちで、その立ち振る舞いが出来たもんだ」

「理解しましたか? だからこのお金は受け取れません」


 その感想はごもっともだ。

 とはいえ一度死んだことについて、説明しても、信じて貰えるわけ無いだろうし、まず言語は自分で覚えたわけじゃないから、詳細を話すことなんて出来ない。


「俺は始め、あんたが空から降ってきたとき、どっかの――冒険者かと思ったんだ。その馬鹿げた容姿は置いといてな」


 冒険者とかそういうのが存在する世界だったのか、ここ。

 ……この世界、やっぱ私なんかより、あの子が来たほうが喜びそうだ……

 

「……私の服装を見て、よくそんなことを思えましたね」


 今の服装は森にあった人の死体から、服を剥ぎ取ってそれを少し小さくして着ている。

 やってることは山賊のソレに近いかもしれない。


「本当にその通りだな……だが、流石にその雰囲気は子供とかけ離れ過ぎだ」

「……はぁ」


 雰囲気か……言いたいことが理解できた。

 私は別に何か意識して、佇まいをしているわけではない。

 ただ客観的に見ると、この姿では見た目とのギャップが大きく出るのだろう。

 今更、矯正のしようもないしする気も無いが。


「しかもその若さで、そこまで落ち着いてる奴はいない。だから……」

「私を偉い人か何かと勘違いしたわけですね」

「ああ。空から飛んでくる人間なんて他に見たことがない、その上見た目はガキだ。正直、テッラボアに追いかけられた時より肝が冷えた」 


 テッラボア。

 あの猪の形をした魔物の名前のようだ。


「それにしてもなんで、あのまま金貨を盗まなかったんだ? 金の価値が分からないってわけじゃないだろ?」

「お金がどれだけ大事なのかは知っています、貨幣価値は知りませんが」

「なら、何故?」

「一瞬だけ考えましたよ?それでも私の善性が上回ったから助けたんです。別に貴方達が死んだ後、積荷を盗むのでも良かったですしね」


 積荷を盗む云々は私じゃなくて、エメアが提案した話だけど。


「ははは……本当に早熟度だな。親があんたを捨てるのも分かるぜ。俺でも気持ち悪くて捨てる」


 おじさんは笑いながら言う。


 中々に手厳しいブラックジョークだ。

 人が人なら首が飛んでいそうな発言である。


 まぁ、でも今の私には全く響かないので、余裕を持って受け流せる。

 

「そうですね。言い返す――」




 ---

 


 

 ――背後から魔力の昂りを感じ、私もそれに応じる形……というより反射で魔術を発動させた。


 刹那の出来事だ。

 時間にして1秒もない。

 エメアがその一瞬の間に、おじさんの顔面に向かって拳を突き出していた。

 何とか止めることに成功したが、拳と顔の間には、見せられた金貨一枚分の距離もない。


 私の領域の外だったら、絶対に反応出来ない速度。

 間一髪だ。


「――折角助けた相手を殺そうとするなんて、一体何を考えてるんですか!」


 私が怒りで声をあげると同時に、護衛が動き出すのが見えた。

 反応が遅い。

 今気づいたのか。

 

 今話に絡んでこられても、話がややこしくなるので、魔術で動かないようにした。

 口を開けることも出来ないはずだ。

 

 エメアのこの行動は、流石に私の理解を超えている。

 説明してもらわなければならない。


「だってコイツ、アイラの悪口を言ったんだよ! しかも『俺でも捨てる』まで言い切った!!生かしておいて良い人間じゃない!!!」


 ってっきり自分に言われた言葉と、勘違いしたのかと思ったけど、そんなことはなかった。

 ただ、これは言われた本人が怒るなら分かる。

 流石にラインを超えた発言だから、まだ分かる。


 だけど――


「貴女が言われた悪口じゃないのに! 何故、貴女が怒る必要があるんですか!!」

「それはアイラのために!……こんなこと言うやつ、絶対に許せない!!」

「許す許さないを決めるのは私です……貴女の決めることじゃない!」

「でも――」


 ここまで言ってまだ言い返してくるか……

 エメアはまだ引き下がるつもりが、無さそうに見える。

 ……流石にこちらも限界だ。

 私は大きく目を見開きながら言葉を返した。


「エメア!!……自分の怒りを正当化する理由に、私を使うのをやめろと言っているんです!!……折角助けた人を殺そうとするというのが、どれほど愚かで、時間の無駄か分からないのですか!!!」


 自分でも分かるほどに、怒りで魔力が煮え滾っている。

 これ以上、何か反抗する態度を取ってこようものなら、手が出てしまうかもしれない。

 それほどに私は今、イライラしている。


「……あ……えっ…………」


 突然、エメアの顔が青ざめ、狼狽出し、そして私に走って抱きついてきた。

 かなりキツめの抱擁されている。

 顔は見えない。


 どうやら話は終わりのようだ。


 私は深呼吸を繰り返し、怒りを鎮め、呼吸を整えることにした。

 

「……何か言うことは無いんですか」

「ごめん……なさい……」

「それをあの人達に向かって言ってください」

「…………」


 どうやら、謝りたくないらしい。

 気持ちは理解出来る、子供ならそんなものだろう。

 自分は悪くないと思っているのだ、私も似たようなことを経験しているから分かる。


 商人に謝罪するのは、大人の私がするべきことだ。

 ……前世の私は大人になる前に死んだ上、この世界で生きた年数を足しても、20歳にギリ届かないけれど。


 私はおじさんの方へ向き直り、言う。


「この不恰好な状態のまま、お話するのをお許しください……大変申し訳ありませんでした。この子に代わって非礼を――」

「いや、その必要はない」


 そう言っておじさんは手のひらを広げ、制止を促してきた。


「……?」

「ネタばらし……ってわけじゃないが、こうなる事を期待してやったからな、少し方向性は違ったが」


 え?

 全くこのおじさんの言うことが理解できない。

 もしかして自殺志願者なのだろうか?


「すみません。全く理解できないので、説明してください」

「ああ。あんた……アイラと言ったか? あんたの感情的な姿が見たかった」


 私がキレて何か生まれるのだろうか。

 絶対に何の益も無いと思うが。

 

「それは何故?」

「自分自身で変だと思わないか? 俺はあんた程おかしな人間は見たことねえ」


 おかしいのは百も承知だ。

 そしてそれを詳しく説明する義理もない。

 立場が逆で、命を救われた側が私ならまた別だろうが。

 

「……それで?」

「人間の判別で1番分かりやすいのは喜怒哀楽だ。そのうちの一つを再現させるのに1番簡単なのは何だ?」


 なるほど、それであの発言か。

 私がキレたのはブラックジョークに対してではなく、エメア相手だったが……それでも、この人の目的は達成されたのだろう。


 とはいえ全く褒められたものではない上に、無駄な体力を使わされた。

 これは絶対に、命の恩人に対してすることじゃ無いと思う……


「……貴方、相手が相手なら死んでますよ。廃嫡された貴族にでも、同じ言葉を言ってみたらどうですか?」

「人を選んで言ってるからな、死ななくて当然だ。それにあんたがガキの面を被った、ただの人間ってのはよく理解できた」

「そ、そうですか……」

「理由は他にもあるが、雄弁は銀、沈黙は金だ。覚えておくと良い」


 ガキの面を被った人間。

 流石に転生したのがバレたわけじゃない?……これは私の人間性を理解したという意味のはずだ。

 バレて何の問題があるのか、という話だけど。


 それにしてもコイツ、命を救ってもらった人にしては態度がデカすぎる。

 これが異世界人の標準なのだろうか?

 

 他の理由とやらも聞きたいけど、あんな事を言われた後だと聞きづらい。

 

「じゃあこの話は終わりってことで、別の話をしよう」




 ---




 時間はあっという間に夜。

 もうすぐ、周りが何も見えなくなる時間だ。

 

 学ぶことと覚えるべきことは色々あったので、おじさん……というかルルクという商人さんの話は、聞いてて退屈はしなかった。

 ちょっとした問題としては、話をしている最中、ずっとエメアに締めつけられていたことだけど……まあ仕方ない。

 

 ちなみに肉の回収作業をすぐ終わらせた。

 と言っても死体を私の空間に送り込んだだけだが……エメアが凍らせたので解体は後でも良いだろう。


 良かった事としては、ルルクさんからふざけた発言の謝罪と、命を救ったお礼として、色々と情報を教えてもらうことになった。


 話を聞いた中で1番役に立ちそうなものは、やっぱり貨幣価値だろうか。

 人と関わる上で、お金というものは切っても切り離せない物なので、かなり大事な話である。


「アイラさん達はどこで休むんだ? 別に荷馬車で寝てくれても構わないが……」

「いえ、私達は別で寝させて頂きます……そうですね。あの木に寄りかかって寝ているので、何かあればお呼びください」

「そうか、分かった」


 そして私達はこの先にある、王都の孤児院に荷馬車で送られることになった。


 限界サバイバル生活の終了。

 そろそろ人間的な生活をしたいと思っていたので、渡りに船である。

 私個人としては、そこら辺も少し期待して助けたのだから、上手く話が進んで良かった。

 命を救ったんだし、商人なら孤児院と言わず、家を買う金くらいサッと出して欲しいものだけど、それは望みすぎなのだろう。

 

 孤児院というものはあまり詳しく知らないけど、エメアの教育にも、丁度良いかもしれない。

 この子は私以外の人とも触れ合うべきだ。


 寝るための場所へ共に歩いて向かう。

 

 ……それにしても、流石にちょっと気まずいな。


 エメアが木に寄りかかった。

 もう寝る体勢だ。

 私を乗せるためのスペースがある。

 

 いつもならこの子のお腹の上で寝るのだが……あんなことがあった後だと、何食わぬ顔で乗っかれる精神はしていない。


 私は少しだけ離れて横たわろうとした……が、そうしようとした瞬間、背後から抱きしめられた。

 

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