第2話 助けるかどうかの悩みどころ

 それからは結構な時間が経った。

 大体、冬を3回くらいは経験してきたと思う。

 その数年間、私たちは人に会わず森の中で生活していた。

 今の自分を言葉で表すならば、野生児とでも言うのかもしれない。

 

 最初の2、3ヶ月はただ町を探して彷徨っていたけど、慣れとでも言うべきだろうか?

 山でのスローライフに、窮屈さをほとんど感じなくなっていた。

 これはもちろん隣にエメアがいるのも大きな要因の一つだ。

 赤子だった私だけで生活するなんて出来るわけもないので、当たり前といえば当たり前の話だが。

 今は二人で手分けして、食料集めをしているところだ。


「エメア、魚は捕れましたか?」

「うん、いっぱいだよ!そっちはどう?」

「肉はないですが、果実と香辛料になる植物が少々といった感じですね」


 やっと言語能力に肉体の成長が追い付いて、普通に話せるようになった。

 歯がなく、歩くこともできず、満足に食事もできない赤ちゃんの時代なんて、もう二度と経験したくない。

 

「そんなこと言って、狩りをするのがめんどくさかっただけでしょ」

「分かってるなら、文句を言わずに付いてきてもらって良いですか? 逃げ回る生き物を追いかけるのが、かなりめんどくさいので」

「アイラの魔術なら簡単に捕まえれるんだから、あんまりサボらないでね」


 私の魔術。

 最初は物を異空間に送るだけのものかと思ってたけど、ここ数年で色々と活用方法が増えた。

 一つは動き回る生き物を捕らえる能力だ。

 あんまり覚えてないけど、この力を使ってエメアを助けた気がする。


 そして普段はエメアが魔術で火を起こし、水を出してくれている。

 特に飲み水は助かっている、わざわざろ過をするという工程を挟まずに済むのだから。

 ……こんな便利な子を捨てる親や獣人族の考え方が私には理解できない。

 どう考えても損だ。


「……魚は結構な量が集まったみたいですし、一緒に肉集めをしながら山菜でも集めましょう」

「うん、そうしよっか」



 

 ---



 

 今は獣道を歩きながら、今日のお昼ご飯となる生き物を探している。

 だけど見つからない。


「いませんね。もしかしてここ周辺の生物を、私たちで食べつくしちゃいましたか?」

「そんなことないと思――遠くから人間さんの悲鳴が聞こえる」

「え?」


 悲鳴。

 私には全く聞こえてこない、やっぱりこういうのも種族差が出ているのだろうか?


「どうする?」

「う~ん」


 今までの生活では成り行きとはいえ、エメア以外の人とは距離を置いた生活を取っていた。

 ここで今更干渉するのかというのもそうだし、別に他人と関わるメリットが……

 

「声の先に肉の気配もするよ」

「……まぁ、メリットですね」


 助けへ行くことに決定した。




 ---




 足の遅い私は魔術を使ってエメアの背中に張り付いて、獣人族特有であろう足の速さにあやかっている。

 森をすごい速さで進み、そして開けた平原へと出た。

 

「アイラ、見える?」

「馬鹿にしないでください、流石に見えてますよ」

 

 悲鳴が聞こえなかった私への、無自覚な種族差煽りだろうか?

 五感が人間より優れているところは、まあ素直に羨ましいとは思う。

 

 まだ距離は離れているが、かなり大きい猪の形をした魔物が一直線に走っている。

 私の目では見えないけど、おそらく猪の先に悲鳴をあげた人間がいるはず。

 追い付かれてないということは馬車で移動しているか、もしくは戦うことはできないが、逃げ足が速い人の可能性も?

 

 ……というかアイツ。


「足音で分かってたけど、あれってたまに森を荒らし回ってる猪だよね?」

「そうですね。定期的に食べている美味しい肉塊です」


 デカ猪が出現すると、周りの動物たちが驚いて身を隠しだす。

 たまに現れるちょっと迷惑な存在だ。

 まあ図体が大きい上に美味いので、見つけ次第積極的に狩っている魔物の一匹でもある。

 

「ちなみに猪が人に追い付く前に、人間を助け出せると思いますか?」


 私では先の様子が判断できないから、エメアに状況を説明してもらうことにした。


「多分無理かな?……あの人間さんが死んだあとに猪も狩れば、馬車の積み荷も盗めると思うけど、どう?」

「…………」

 

 さて……

 なんか結構エグめの提案が飛んできたな。

 真顔で言ってそうで怖い。

 

 っていうかやっぱり馬車だったのか。

 

 ――私は物を盗むことに対して、それほど抵抗があるわけでは無い。

 自分でも最底辺な生活を送っている自覚はあるので、日本人としての感性がありきでも、そこは目を瞑れる。


 でも赤の他人とはいえ、一度助ける判断をしておきながら、無かったことにするのは、なんか違う気がする。


「何言ってるんですか、助けますよ……私を思いっきり馬車の方向に向かって投げてください。それですべて終わります」

「え…………そこまで本気でやるの? 下手したらアイラが死んじゃうよ」


 面白くない冗談だ。

 その程度で死ぬ体だったら、山で生活しているうちに死んでいる。

 

「はぁ……家族のことが信頼できませんか? 私はエメアのことを信じてますけどね」

「……あー言ったらこー言う。アイラっていつもわがままだよね」

「そう思うなら言葉で説き伏せてください、もしかしたら黙るかもしれませんよ」


 絶対に言い負けるつもりは無いが。


「……いくよ」


 エメアが私を持ち上げ、投げる態勢へと入った。

 

「はい」


 そして返事をすると同時に、強く地面を蹴り、驚異的な力で私の体を空高く放り投げた。


 


 ---




 空から見る地上の景色は絶景だ。

 生身でこういう経験は地球じゃあ絶対に出来ない、この世界だからこそ実現できるものなのだろう。

 やってることは紐なしバンジーと何も変わらないのだが……


 ここからなら馬車が走ってる様子も見て取れる。

 この速度なら猪がつぶす前にどうにか間に合いそうだ。

 エメアが飛ばしてくれた方向も一寸の狂いもなく正確で、自分がミスらなければ上手く積み荷の中に着地できるはず。

 

 私の魔術は周囲の空間をいじくる力。

 今回やるのは進む先に対して、かなり細く小さいクモの糸のようなものを連続で出し、私の飛ぶスピードを落とす。

 そうしないと馬車にぶつかると同時に、自分の体が肉塊になってしまう。


 着地まで残り数秒、間違えるな私

 しっかり集中――



 

 ---

 


「……ふぅ、なんとか上手くいきましたね」


 鮮やかすぎる着地。

 まあ、何度かこの手のことは試行しているから、あまり失敗する心配はしていなかったけど……

 エメアに烈火の如くキレられてからやってなかったので、ほんの少しだけ怖かった。

 反省はしていない。


「あ」


 後ろへ振り返ると御者さんがかなり驚いた顔、そして中で座ってるおじさんが笑ってこちらを見ている。

 よく考えずとも、今は思考に耽っている時間は無かった。

 獲物との距離は、うるさい鼻息が聞こえるくらいの近さ。

 

 さっさと終わらせよう。

 もう一度自身の体に魔力を循環させる。

 

 猪相手に使う魔術はさっきの応用……いや、私にやったものが応用かもしれない、どっちでもいいか。

 やることは単純。

 糸状にしたものを大きくして、猪の体全体に巻き付けるだけ。


 こんなことに深く集中する必要もない。

 私はすぐにやることを終わらせた。

 猪はゆっくりと動きを止める。

 暴れているようだけど、その程度で剥がすことは出来ない。


 そしてエメアへ合図を出すために大きく息を吸う。


「今!!」


 声を聴いて高速で接近するエメア。

 背中に張り付いていたときより、ずっと速い。

 私に遠慮する必要がないから、トップスピードを出せるのだろう。

 

 ――――グゥゥゥゥ!

 

 猪が唸りをあげると同時に、エメアは素早く体をひねり、すぐ前に跳び出した。


 巨体の隙を狙い、勢いよく足を振り上げ、鋭い蹴りを魔物の頭部へ叩き込む。

 骨が砕けるような鈍い音が響き渡り、その巨体はよろめいて数秒の静寂が訪れた後、猪は無力に崩れ落ち、地面に倒れ込んだ。



 

 ---

 



 人助けと猪狩りは両方とも上手くいったので、肉の回収作業を始めるため、私はすぐに馬車から飛び降りて獲物の元へ駆け寄った。

 近くにいたエメアが不思議そうにこちらを見ている。


「どうかしましたか?」

「えっと、なんでわざわざ合図なんか出したのかなって、いつもしないのに」

「う~ん、なんとなく?」

「……?」


 あんまり納得させることの出来る言い訳は、思いつかなかった。

 馬車に乗っている人達に対して、子供の私が一人で来たわけではないという事が分かるよう、アピールとして咄嗟に判断してやったような気もするけど、今思えば別にやる必要も無いし、自分でもなんでやったのかを理解できない。


 久しぶりに出会った人間に対する無意識の防衛反応?

 ……分からない。


「やるな、お嬢さん方」


 馬車に乗っていた男の人……というかおじさんが拍手しながらこちらに歩いてくる。

 それを見たエメアはコミュニケーションを取る気が無いのか、すぐ私の後ろへ立った。


 ここでおよそ3歳くらいの私がメインで人と話をし始めるのは、なかなかおかしな絵面になりそうだけど、助ける判断をしたのは自分だし仕方ない。


「そちらもご無事なようで何よりです」


 そう返すとそのおじさんはたじろいで、一瞬だまったかと思えば、何かを決心したのか、やや顔つきが変わった。


「…………お忍びのところを、お手を煩わせたようで申し訳ない」

「え?」


 お忍び……?

 なんか本当におかしな方向へ話が進み出しそうな気がする。

 

「拙い金銭かもしれないが、これを……」


 そう言っておじさんが出したのは、何か物が入った小袋。

 中身を確認すると入っていたのは、金色に輝く硬貨。

 刷り込まれた知識の中には無いが、これはおそらく金貨と呼ばれるものだろう。


 ……これはアレだ。

 間違いなく誰かと勘違いされてるやつだ。


 このまま話の流れを合わせてこれをぶんどってしまってもいいけど、せっかく助けておいてそれをするのも後味が悪い。

 

 一度、変な方向に逸れ出している話を止めることにした。

 

「これを受け取ることはできません」

「金が足りないなら、もう少し出せるが……」

「……はぁ、一回黙ってください。事情を話すので……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る